『神様は勝たせない』白河三兎(ハヤカワ文庫JA)★★★☆☆

 中学最後の公式戦。PK戦を0-2で負けている状況――。

 この絶体絶命の状況から、主立ったサッカー部員たちに6人よる回想によって、物語は進んでゆきます。

 「全国大会初出場」を目標に掲げていたはずでした。「神様は勝ちたくない者を勝たせない」のだから、貪欲に勝ちたがっているはずでした。なのに試合開始前からチームはバラバラ。前半開始早々2失点。

 どうしてチームがバラバラになってしまったのか。いかにしてPK戦までもつれこませることができたのか。

 そうした状況が、チームメイト一人一人の視点を通して、少しずつ明らかになってゆきます。

 仲間のミスで負けるくらいなら、自分のミスで負けるほうがいい。そうした優しい気持を監督に見出だされ、負けないチーム作りのために熱血キーパーになった潮崎。

 小学生の女子チームで熱血を貫いたがために孤立してしまい、中学では選手ではなく女子マネージャーになった広瀬。

 やる気のなさと器用さを見抜かれ、「よほどのことがない限り使わない。でも『よほど』の時に備えてベンチに置いておきたい」と正直に話してくれた監督に、敬意を抱く宇田川。

 監督の息子という色眼鏡で見られがちな立場に、父親の夢を叶えたい父親と一緒にいたい、という願いのために、みずから飛び込んだ隼人。

 動きのある試合の経過を描くのではなく、PKという心理戦を軸にして、六人の中学生および監督の心理状況を描いてゆく、というのは、スポーツ小説として上手い選択だと感じました。

 実際、自己分析や駆け引きのいくつかは、中学生とは思えないほどです。

 問題の試合前にチームがバラバラになってしまった理由は、途中である程度わかってしまいます。真相についてはミステリ的な驚きに終始していて、試合前までの心理描写が豊富なわりには、真相後の登場人物のフォローはわりとあっさりしているところに不満を持ちました。

 中学サッカーの首都圏大会、県予選の準々決勝。2点ビハインドから追いついて迎えたPK戦。各チーム二人ずつ蹴り終え、0‐2でリードされた状況に、キャプテンでゴールキーパーの潮崎隆弘は試合を諦めかけていた。そんな絶望的な状況下で、点取り屋の阪堂隼人、司令塔の鈴木望、マネージャーの広瀬はるならは、自らの弱さ、葛藤と向き合っていく―繊細な中学生たちの揺れ動く心情とともに運命の試合が、いま決着する。(カバーあらすじ)
 

 kindle ・  楽天kobo 

『日時計』シャーリイ・ジャクスン/渡辺庸子訳(文遊社)★★★★☆

 『The Sundial』Shirley Jackson,1958年。

 ハロラン家の長男ライオネルが死んだ。これで一家の実権は現当主の妻オリアナが握ることになった。当主のリチャード・ハロランは足も萎え痴呆が始まっている。オリアナが殺したのだ、とライオネルの妻メリージェーンは言う。娘のファンシーも無邪気にそう繰り返す。オリアナは夫リチャードと、血の繋がっている孫のファンシーを除いて、義妹のファニーおばさん、嫁のメリージェーン、浮気相手(図書室係)のエセックス、ファンシーの家庭教師ミス・オグルビーを屋敷から追い出そうとする。

 そんなとき、ファニーおばさんが奇怪な体験をする。朝の散歩中、ファンシーを追って行くと怪しい庭師を見かけ、自宅の庭で迷子になってしまったのだ。光の差さない暗がりのなか、死んだはずの父親の声が予言する。「危険が迫っている。屋敷にいれば安全だ」と。それを聞いたオリアナは追い出しを保留にし、友人ウィロー親娘ともども屋敷で過ごすことになる。

 短篇集『くじ』(1949)で地位を不動のものにしたシャーリイ・ジャクスンが、『丘の屋敷(たたり)』(1959)、『ずっとお城で暮らしてる』(1962)の少し前に刊行した長篇作品に当たります。

 のっけから登場人物たちが悪意を隠そうともせず応酬を繰り広げ、そのあまりにも迷いのない攻撃に、読んでいるこちらは少々たじろいでしまいます。ある意味では潔いので、いっそ清々しいとも言えますが。

 そんなギスギスした雰囲気のなか、ファニーおばさんが迷い込んでしまった世界で、大理石の彫像がどれも温かかった、という描写によって、一気に作品の空気が冷え込みます。お家騒動のドタバタから、一瞬にして世界の終わりに……。

 けれどそれも束の間、舞台はふたたびお家騒動に移り、それどころか金目当ての新しい火種(オーガスタ・ウィロー夫人、アラベラ&ジュリア・ウィロー姉妹)さえ舞い込んでくるのです。

 これだけでは終わりません。さらに本書が見せる顔は変わります。104ページ第5章からは、“予言”を信じ込んだファニーおばさんとミス・オグルビーが、来たるべき終末に向けて買い込みをするだけに飽きたらず、役立つ人材のスカウトまで始めてしまうのだから、途端にコメディ色が強くなります。このあとどういった内容に転ぶのか、まったく予想がつきません。

 実際、ドタバタになるかと思われたあとも、針だらけの人形や濃霧のなかでの迷子など、随所で不気味な要素が顔を覗かせ、読者を安心させてはくれませんでした。

 自分たちが“選ばれる”のは当然――とでも思っているからなのか、終末ものだというのに悲愴感はありません。いえ、終末が本当に訪れるのかどうかもわからないのですが……。ここに描かれているのは、終末を前にしてパニックに陥る人々の姿ではなく、冷静いえ貪欲に、来たるべき世界を待ち構えているふてぶてしい人々の姿でした。こうした“世界の終わり”と“マイペース”とのギャップが笑いを生み出しているのでしょう。身勝手な登場人物ばかりが生み出すシニカルな笑いに満ちた作品でした。

 協力して生き抜こうという姿勢の見られないまま、銘々が勝手なことばかり口にしている場面で小説は終わります。その瞬間から、誰もが主人公になったようです。
 

  

『ハコヅメ』9、『インハンド』2、『バードン』1、『大奥』17

『ハコヅメ~交番女子の逆襲~』(9)泰三子(講談社モーニングKC)
 桃木部長の仕事姿って初めてかも。この代はやっぱりお肉が報酬のようです。初めのころは真面目でボケボケの川合でしたが、数巻前からだんだん調子に乗ってきていて、この巻でも「実は今 少女マンガすごく読んでて 私の恋愛偏差値上昇中なんですよ」という迷言が。
 

『インハンド』(2)朱戸アオ(講談社イブニングKC)
 マラソンランナードーピングの続き。「強い心です」。これ自体は名言なのにそう思うに至った経緯が間違っているせいで、いっそう心に響きます。後半は連続自殺事件の途中まで。
 

バードン』(1)オノ・ナツメスクウェア・エニックス ビッグガンガンコミックス)
 『ACCA』の首都バードンが舞台です。賭け事が盛んな地区ヤッカラの前科者4人が再出発のためバードンでタバコ屋を始めるという話。『さらい屋五葉』も犯罪者の話だったし、かっこいい悪人を描くのが上手です。
 

『大奥』(17)よしながふみ白泉社ヤングアニマルコミックス)
 十四代将軍家茂のつづき。将軍と大奥が主人公だから当たり前ですが、朝廷側のバカっぷりゴミっぷりと慶喜の悪人ぶりが際立ちます。
 

     

『だれも知らない小さな国 コロボックル物語1』佐藤さとる(講談社文庫)★★★★☆

 言わずと知れた児童文学の名作です。村上勉の絵は子供のころは可愛くなくて好きではありませんでしたが、大人になってみるとこの作品にはこの絵でないと、と思ってしまいます。

 子どものころの秘密基地――自分で山を買って小屋を造って住む、だなんて、そんな男の子の夢みたいな話なんです、実は。そこにコロボックルを守るという大義名分(?)を発生させることで、きっちりファンタジーになっていました。

 びっくりするほど綺麗なつばきが咲き、美しい泉が湧き出る「ぼくの小山」。ここは、コロボックルと呼ばれる小人の伝説がある山だった。ある日小川を流れる靴の中で、小指ほどしかない小さな人たちがぼくに向かって手を振った。うわあ、この山を守らなきゃ! 日本初・本格的ファンタジーの傑作(あらすじより)
 

  ・ 楽天 

『ミステリマガジン』2019年11月号No.737【ハヤカワ時代ミステリ文庫創刊】

「ハヤカワ時代ミステリ文庫創刊」

「戯作屋伴内捕物ばなし――天火の怨念」稲葉一広 ★☆☆☆☆
 ――化け損ないの狸みたいな外見の小男こそ、戯作屋の広塚伴内だ。女絵師のお駒が幽霊を見たと言って、伴内が書いた「天火」の瓦版を見せた。その火事で死んだはずのおもんちゃんが、巡礼姿で旅支度の若い侍と連れ立って歩いていた。

 こういうキャラクター小説というか水戸黄門型ミステリというか、テンプレートに乗っけてるだけの作品は、よほどキャラや型に魅力がなければ面白くありません。
 

「『影がゆく』刊行記念エッセイ」稲葉博一

「『よろず屋お市 深川事件帖』刊行記念 誉田龍一メールインタビュー」
 どちらも創刊ラインナップの一冊。『影がゆく』は忍者小説。『よろず屋お市』は、『女には向かない職業』だそうです。
 

「翻訳ミステリジャンル別 お勧め時代小説ガイド」細谷正充
 「翻訳ミステリジャンル別」というのはつまり、「サイコもの」「ノワール」「倒叙もの」といった区分けのことです。『よろず屋お市』で『女には向かない職業』にチャレンジした誉田龍一氏には、『刑事コロンボ』に挑んだ『見破り同心 天霧三之助』という作品もあるそうです。
 

「脱兎」大塚卓嗣 ★★★★☆
 ――〈こうなったからには手段は選ばぬ〉京からの早馬により凶報を聞いた森長可は心に誓った。織田信長、本能寺にて横死。長可の目標は、いかにして本領・濃州金山へ戻るかということになった。〈まったく油断した〉と、木曽の嫡男・岩松丸は思う。城が奇襲を受けたとき、少年は真っ先に父・義昌の心配をした。だがすでに父は本丸へと逃げ出しており、少年は長可に捕まってしまった。長可は岩松丸を人質にして、「情を測る」と言い出した。木曽家が人質の命を鑑みるか、無視するか。

 10月刊行の第二陣ラインナップ『天魔乱丸』の著者による書き下ろし。『天魔乱丸』はあらすじを読む限りでは時代小説というよりは森蘭丸を主人公にした伝奇小説っぽいのですが、本作品はその蘭丸の兄・長可を主人公にした歴史小説です。どこからどう見ても無茶苦茶な人物なのになぜか魅力があるという点は、主君の織田信長に相通ずるものがあります。
 

「このヒーローがすごい!」大矢博子・末國善己

『陰仕え 石川紋四郎』冬月剣太郎 ★★★★☆
 ――針之介は父の急死により、同心見習いから定町廻りの本勤に抜擢された。その針之介は紋四郎を便りにして、さまざまな相談事を持ちこんでくる。このひと月の間に、霧が出る晩に限って三人もの読売が殺されていた。紋四郎は妻のさくらの目を盗んで、読売殺しを待ち伏せしようとする針之介につきあうことになった。果たして霧の中、読売殺しが現れた。

 10月刊行の長篇より冒頭部分の抜粋です。刊行予告欄に「トミー&タペンス」とあるように、紋四郎の心配をよそに好奇心と冒険心から事件に首を突っ込むさくら
 

「読み本屋のワラシさま」霜月りさ
 ――読み本屋を営む余市は、伝奇物や怪談噺を集めお客を増やそうとしていた。が、まさか本物の幽霊に居座られるとは……その子供の幽霊は、やってきた客と余市の会話を耳にしてぴったりの本をひそかに教える。余市は困惑しながらも、その本好きの幽霊に読み聞かせをするが、はたしてなぜこの子はこのような存在になってしまったのか……?(解説あらすじより)

 『本屋のワラシさま』のスピンオフ過去篇。明らかにファンタジーライトノベルっぽいので読んでません。
 

「おやじの細腕新訳まくり(15)」田口俊

「ふたりが寄れば……」シリル・ヘアー/田口俊樹訳(It Takes Twoo...,Cyril Hare,1949)★★★☆☆
 ――人をひとり子反るには人がふたり要る。十二月の薄暗い夕暮れにテッド・ブラックリーはデリク・ウォルトンを殺した。マラード宝石店の店員で、死亡したときにはポケットにダイヤをいくつか持っていた。ブラックリーは数ヵ月に及ぶ調査によって、ウォルトンの外見的な特徴を調べつくしていた。ウォルトンのように伸ばしはじめた口ひげを撫で、ブラックリーはいつもウォルトンが乗っている列車に乗った。

 内容自体はよくある皮肉な結末を迎えるのですが、この作品がよくあるものとは一線を画すのは、訳者あとがきにあるような二づくしなのでしょう。
 

「書評など」
ポケミスカルカッタの殺人』アビール・ムカジーは、英領インドが舞台のミステリ。英国推理作家協会賞を受賞しているということは、インドミステリではなく英国ミステリの模様。著者名からするとインド系っぽいけれど。同じくポケミス『名探偵の密室』クリス・マクジョージは、タイトルから連想されるような本格系ではありません。

道尾秀介『いけない』は、ホラーもののようなタイトルですがそうではなく、リドル・ストーリーばかりの短篇集。書き下ろしアンソロジー『蝦蟇倉市事件』に収録されていた「弓投げの崖を見てはいけない」などが収められています。

逢坂剛『百舌落とし』は、なんと百舌シリーズの完結篇。第一作『百舌の叫ぶ夜』から数えて三十三年だそうです。

クリステン・ルーベニアン『キャット・ウーマン』は、風間賢二氏によれば「新タイプのシャーリイ・ジャクスン」。シャーリイ・ジャクスンの名前を出されると気になります。

ジャック・フットレル『思考機械【完全版】』全2巻は、本国でも実現していない全作品集。復刊・新訳欄ではクレイトン・ロースン『首のない女』についても、カーター・ディクスン『白い僧院の殺人』と比較するような形で言及されています。

押見修造惡の華が実写映画化されたようです。原作漫画は思春期の中学生の大真面目が客観的に見るとギャグになっているという超絶的な作品でした。舞台では三谷幸喜『愛と哀しみのシャーロック・ホームズ。また、篠原健太『彼方のアストラ』がアニメ化されていました。
 

「第9回アガサ・クリスティー賞選評」

「『古典』への憧憬」ポール・アルテ×芦辺拓トークショー
 

「ミステリ・ディスク道を往く(9)シンガーソングライター「シマダソウジ」」糸田屯
 

「特集 シャーロック・ホームズ 最終講座」

「迷える少年たち」コルネーリア・フンケ/日暮雅通(Lost Boys,Cornelia Funke,2014)★★★★☆
 ――ニコラス・ホーキンズと名乗ったその少年を初めて見た瞬間、私は不吉な予感がした。ベイカー街不正規隊の面々とは違っていた。君に問い詰められた少年は「戻らなくちゃ。家を出たのは間違いでした」と口にした。「それにはイエスともノーとも言える」と君は言った。「シャツを開けて、君の胸と背中にある傷跡を、医者であるワトスン君に見せてあげてくれないかな」

 ベイカー街不正規隊に紛れた少年の身に起きている現代的なテーマ、それをホームズの少年時代と重ねる手法。この二つによって、ホームズが単に事件を解決するだけではなく、真に救っていました。著者はドイツ人ですが初出はホームズ・テーマのアメリカのオリジナル・アンソロジー
 

シャーロック・ホームズとの夕べ」ジェイムズ・M・バリー/日暮雅通(My Evening with Sherlock Holmes,James M. Barrie,1891)★★★☆☆
 ――私はあらゆることを誰よりもうまくやるのが愉しみ、という性格の男だ。哀れなホームズにとって波乱の夕べとなった。彼が「ミスター・アナン、あなたのシガーカッターの状態からするに、音楽がお好きではないようですね」と言ったときも、つまらなそうな顔で「明白なことです」と答えた。ホームズはぎくりとして憤慨したような顔になった。「最近田舎へいらしたんですね、ホームズさん?」「見たんですか?」「いえ。でも帽子をひと目見ただけでわかりました」

 『ピーター・パン』の著者による、最古のホームズ・パロディ。今まで未訳だったことに驚きです。ホームズ流の推理をデタラメだと断じて、それを上回るデマカセでホームズをやり込めるという、パロディの常道のようにも見えます。ただしこの作品、ナンセンスなものではなくて、ホームズをやり込めるアナン氏の推理もそれなりの手続きを踏んでいます。
 

「迷宮解体新書(112)深水黎一郎」村上貴史

  


防犯カメラ