『ミステリマガジン』2020年1月号No.738【ミステリが読みたい!2020年版】

 海外編一位は昨年『カササギ』で高い評価を得たアンソニーホロヴィッツ『メインテーマは殺人』。国内編一位は意外にも謎解きものの短篇集伊吹亜門『刀と傘 明治京洛推理帖』

 ジャンル別総括のなかでは、「復刊・新刊」欄で紹介されていた頭木弘樹編訳『ミステリーズ・カット版 カラマーゾフの兄弟が気になります。編者は絶望シリーズの人ですね。そしてリンドグレーン名探偵カッレくん』が『名探偵カッレ 城跡の謎』として新訳されていたんですね。裏表紙には映画『リンドグレーン』の広告も。
 

「映画と原作で楽しむ北欧ミステリ ボーダー 二つの世界」杉江松恋×柳下毅一郎
 

「迷宮解体新書(113)阿津川辰海」村上貴史
 

「書評など」
◆『ジェリーフィッシュは凍らない』シリーズの著者によるノン・シリーズもの市川憂人『神とさざなみの密室』は、「『パヨク』と『ネトウヨ』がもし同じ場所に閉じ込められたら」とだけ書かれるとコメディみたいですが、「実験的で刺激的な本格ミステリ」とのこと。

◆周辺書からは、紀田順一郎荒俣宏監修『幻想と怪奇 傑作選』、小森収『短編ミステリの二百年 1』、森村たまきジーヴスの世界』、佳多山大地『トラベル・ミステリー聖地巡礼など盛り沢山。佳多山大地氏は国内編アンケートにも回答がありました。ジャック・ドゥルワール『いやいやながらルパンを生み出した作家 モーリス・ルブラン伝』も刊行されていますが、ルパンものは偏愛しているもののモーリス・ルブランという小説家には魅力を感じていない身としては食指が動きません。

◆コミックではオノ・ナツメ『レディ&オールドマン』が全8桿で完結しました。「ハードボイルド漫画の優れた書き手」という評価は意外でした。そうか、オノ・ナツメはハードボイルドなのか……(?)
 

「おやじの細腕新訳まくり(16)」

「目撃者」ヘンリイ・スレッサー田口俊樹訳(The Witness,Henry Slesar,1980)★★★☆☆
 ――殺し屋のドクター・ブルは五十肩になって、今では重いオートマティックとは別の銃器を携行するようになっていた。今度の標的は宇宙物理学者の夫婦だった。ふたりとも早熟で、夫は三歳にしてコンサートピアニストを務め、五歳にして新たな微積法を考案した。妻は六歳のときには三カ国語をマスターしていた。

 大抵のホラー映画の恐怖のタイプはショックかグロテスクだと思います。予期していないところに何かが出て来るからショッキングなわけですが、この作品の目撃者などはまさしくショッキングな恐怖以外の何ものでもありませんでした。伏線らしきものもあるとはいえ、普通はそれを伏線だと思ったりはしないでしょう。
 

「ファンダーハーフェン老人の遺言状」メアリー・E・ペン/小林晋訳(Old Vanderhaven's WillMary E. Penn,1880)★★☆☆☆
 ――絵描きを目指していたベルンハルトは祖父の遺産を選ぶか芸術の夢を選ぶかの岐路に立たされていた。恋人の助言もあり、芸術の道を選んでローマに留学したベルンハルトは、祖父から勘当されたはずだった。だが孫の絵の実力を目の当たりにし、恋人の誠実さにも触れ、病で先が長くなくなると、老人の心境にも変化が訪れ、全財産を孫に残すという遺言状を改めて作成した。だが遺言状を公証人に届ける前に急死してしまい、遺言状の在処はわからなくなってしまった。

 知る人ぞ知る怪奇作家によるクリスマス・ストーリーだそうですが、どうせなら怪奇作品を訳出してほしかったところです。古い時代の作品にあれこれ言うのは酷ですが、ただただ心清き者が幸せになるというだけの作品でした。
 

  

『楽しい夜』岸本佐知子編訳(講談社)★★★★☆

 『変愛小説集』1&2、『居心地の悪い部屋』『コドモノセカイ』に続く、岸本佐知子による編訳集。

「ノース・オブ」マリー=ヘレン・ベルティー(North Of,Marie-Helene Bertino,2007)★★★☆☆
 ――その年の感謝祭、わたしは実家にボブ・ディランを連れて帰る。母はぜんぜん気づかない。「うっそだろ!」兄はすぐにそれが誰か気づく。兄は二週間後イラクに発つ。友だちはいないし、父は死んだ。兄が唯一の男だった。

 兄以外の男――が、なぜかボブ・ディランである。しかもヴィンセント・プライスに間違われる。けれど他人から間違われたってかまわないのでしょう。兄との接点でありさえすれば。
 

「火事」ルシア・ベルリン(Fire,Lucia Berlin,1993)★★★★☆
 ――わたしの妹が癌で死にかけている。サリー。飛行機でメキシコシティに向かう。みなさん、向かって右側の夕日をごらんください。わたしは動かない。飛行機が傾くといけないから。

 語り手と妹は「それぞれべつべつに孤独だった」ということは唯一の肉親、いえ唯一の身近な人間なのでしょう。飛行機、飛行場の火事、墜落したパイロット、リムジンの棺桶、周りの何もかもに死が連想されます。
 

「ロイ・スパイヴィ」ミランダ・ジュライ(Roy Spivey,Miranda July,2007)★★★★☆
 ――飛行機で有名人の隣になったことがある。名前は教えられない。Vがつくイケメン俳優。ヒント:スパイ。仮に「ロイ・スパイヴィ」と呼ぶことにする。わたしたちはぶっ続けてしゃべり通した。わきのスプレーを乾かしている間に腕を噛まれた。「いまの何?」「きみが好きだって意味だよ」

 逃してしまったもの、あるいは救ってあげられなかったもの。派手な状況を取り払えば、だれにだって何度か訪れているはずの機会があらわになり、ふっとさびしい感覚を覚えます。
 

「赤いリボン」ジョージ・ソーンダーズ(The Red Bow,George Saunders,2003)★★★★☆
 ――事件現場に行くと、あの子の赤いリボンが落ちていた。マット叔父は犬たちを探し出し、撃ち殺して焼くことにした。病気の死体をほかの動物が食べないようにだ。司祭館のテリアは病気の犬に噛まれているかもしれない。マット叔父は司祭館を訪れた。

 狂犬病なのか未知の病なのか、とにかく幼い少女が犬に殺され、マット叔父が復讐と感染拡大を防ぐために感染が疑われる村中の犬を殺してまわっている――という状況だけが伝わってきます。疑わしきは罰せ。殺戮に燃える狂信者なのか、蔓延を防ごうとする救世主なのか、それはだれにもわかりません。
 

「アリの巣」アリッサ・ナッティング(Ant Colony,Alissa Nutting,2010)★★★★☆
 ――地球上のスペースが手狭になったので、人類は全員、他の生物を体表もしくは体内に寄生させなければならなくなった。わたしは人一倍見た目にこだわる質だったから、骨にドリルで穴をあけ、中にアリの巣をつくってもらった。

 冒頭からとんでもない奇想が炸裂しています。それが最終的には歪んだ愛の話になるのだからわけがわかりません。「ぜんぜん魅力を感じない男の人と、こんなにも身も心も一つになれるだなんて」という文章には笑いました(^_^)。
 

「亡骸スモーカー」アリッサ・ナッティング(Corpse Smoker,Alissa Nutting,2010)★★★★☆
 ――葬儀場で働いている友人のギズモは、ときどき遺体の髪をタバコのように吸う。遺体の生前の記憶が頭の中に映しだされるのだそうだ。「生きてる人の髪だとどうなるの?」「ただ髪が燃えるだけかな? それともその人の記憶を俺が盗んじゃうのかも」。前の彼氏とひどい別れ方をしたわたしには、素敵な話だ。

 これも同じく奇想の炸裂する変な話だと思っていたら、まさかの殺し文句! これは普通にくらっとくるような……と感じてしまうわたしは、変愛に毒されてしまっているのでしょうか。。。
 

「家族」ブレット・ロット(Family,Bret Lott,2005)★★★★☆
 ――言い争いに熱中して子供たちのことを忘れていた。「どこいったんだ?」妻は二階を探し、夫は外を探した。「見つけたぞ!」クーラーボックスを開けると、ジェニファーのバービーやスコットのG.I.ジョーより小さな子供たちがいた。だが二人は子供ではなく、大人になっていた。

 子どもはいつの間にか大人になり、家族の思い出はばらばらに食い違っています。それ自体はよくあること。それを数ページに凝縮してしまうと、こんなにも恐ろしくも哀しい話になってしまうのでしょうか。
 

「楽しい夜」ジェームズ・ソルター(Such Fun,James Salter,2005)★★★★☆
 ――三人はレスリーの家で飲み直した。「ずっとここにいるわけにはいかないの」とキャスリンがたずねた。「とても無理」「バニングからいくらか取れないの」「なにも要求しないつもり」。「あなたはいいわね、アンディがいて」とレスリーはジェーンにいった。「そうでもないわよ」「たとえば?」とっさの作り話だった。

 女性三人の友人たちによる、他愛のない世間話、腹の探り合い、牽制のし合い、etc……。何の変哲もない一夜だけに、そんな「普通のこと」が「普通でないこと」にならざるを得ない状況がいっそう胸に迫り、ジェーンの言動一つ一つに注意しながら読み返したくなります。
 

「テオ」デイヴ・エガーズ(Theo,Dave Eggers,2007)★★★★☆
 ――古来、詩人たちは丘を指しては、いかに眠っている男女にそっくりであるかを、歌や物語で言いつづけてきた。大地は揺れた。そんな大混乱のさなか、最初の巨人が姿をあらわした。男の巨人はソレン、女の巨人はマグダレーナ、三人目の背の低い巨人はテオといった。

 譬喩や修辞をそのまんま――手法としてはよくありますが、人間そっちのけで神話や民話のようなおおらかな巨人譚が繰り広げられるので、最初の設定を忘れかけていたころ、ふたたび山の話で終わります。あるいは太古の詩人も山々を見て、こうした物語を空想していたのでしょうか。
 

「三角形」エレン・クレイジャズ(Triangle,Ellen Klages,2007)★★★★☆
 ――マイケル・コノリーは演壇に原稿を置くと、客席を見渡した。今回の学会に緊張していたマイケルは、論文についてアドバイスするウィリーと飛行機のなかで喧嘩していた。学会は無事に終わった。ウィリーへの謝罪を兼ねて、何かプレゼントを買うことにした。骨董。ウィリーにおあつらえ向きだ。

 ナチスによるユダヤ人虐殺は誰もが覚えていても、同性愛者のことは今では同性愛者自身すら知らないということのようです。けれど実際にあったことをなかったことにはできない……悪夢は風化することなく現代に甦ります。
 

「安全航海」ラモーナ・オースベル(Safe Passage,Ramona Ausubel,2013)★★★☆☆
 ――祖母たちが気づくと、そこは海の上だ。なぜそんなところにいるのか、何十人もの彼女らにはわからない。あたしたち、死んだの? それともこれから死ぬの? すべて金属でできた船だ。

 待ち受けているのが(おそらく)死とはいえ、悲愴感はなく、のんびりとした空気が漂っているのは、年の功とでも言うべきでしょうか。
 

  

『シャーロッキアン!』1~4 池田邦彦(双葉社ACTION COMICS)

 家の整理をしていたら出てきたので久しぶりに読み返しました。

 シャーロッキアンの大学教授・車路久と女子大生・原田愛里がホームズにまつわる事件を通して、人の心の機微に触れ、ホームズ物語の謎や周りの人たちの悩みを解決してゆくストーリー。

 以前に読んだときには、第1巻の切り裂きジャックを別にすれば、クサい人情ものが多く、第3巻では教授と学生の恋愛ものになってしまってげんなりしたのですが、読み返してみるとそこまで悪くありませんでした。

 白眉は何と言っても第1巻第3話切り裂きジャックの正体」でしょう。作中人物の言葉を借りれば、ベアリング=グールドによる「単なる憶測」に「きわめて有力な傍証を与えた」とあるように、シャーロッキアン的ペダントリーとミステリ的な切れ味が見事に融合した作品でした。

 ただよく読むとジャック最後の事件が1888年11月で『四つの署名』刊行が1990年2月なので、一年の開きがあるんですよね。「犯行が途絶えた理由」=「ジャックの逮捕」だと思わなければ別に矛盾でも何でもないのですが。

 2巻あたりからはミステリ的にもたいしたことのないクサい話ばかりになってしまうのですが、このクサさこそが本書の特徴でもありました。

 クサさ――人情とも人の心の綾とも言い換えてよいのですが、そういった観点からシャーロッキアン的な謎に光を当てるのが、著者の作風と言えそうです。

 第1巻第7話「大空白時代の真実」では、復活したホームズの人が変わったようになってしまった理由を、4年の歳月を要する重みのせいだと解釈して、愛里は或る仮説を唱えます。

 第2巻第10話ハドスン夫人ターナー夫人」では、ワトスンが下宿のおかみさんの名前を間違えたわけを、作中時間と書誌学的日時をすりあわせて解き明かします。これは「切り裂きジャックの正体」でも用いられた手段でした。

 第3巻第22~24話アイリーン・アドラーの光と影」では、アイリーンが国王の写真を手放さなかったのはなぜか?――が事件の重要なカギとなります。教授自ら「証明する術はない」と言ってはいるものの、説得力では「金目当て」に劣っていません。

 第4巻第34~36話アガサ・クリスティの失踪」。「チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートン」に出てくる女中アガサとは、アガサ・クリスティのことだったのではないか?というのは昔からあるシャーロキアンネタですが、著者はそこからさらに一歩踏み出し、失踪事件の理由と関連付けて見せました。

 英語に関するネタもいくつかあるのですが、どこまで信用していいんでしょうね? 第3巻第27話「さらば忘れえぬ女性」では、「late Irine Adler」の「late」には「旧姓」の意味もあると書かれていましたが、OEDを見てもそういう用例は見つかりませんでした。

 同じく第3巻第19話「ベイカー街の子犬」では、『緋色の研究』でワトスンが「ブルドッグの子犬を飼っている」はずなのにその後は犬が出てこない謎に言及されています。「keep a bull pup」には当時のインド英語で別の意味があったことが説明されていますが、これ自体はそういう研究があるようです。そういう使用の実態があったのか、そうだったのではないかという推測なのかまでは、わかりませんが。

     

『無花果とムーン』桜庭一樹(角川文庫)★★☆☆☆

 もしかすると角川書店から出版されるものは意図して少女小説のカラーを強めに出しているのでしょうか、深刻な悩みも体当たりな反応も思春期くさすぎて今のわたしにはまぶしすぎました。

 作中にもちらっと顔を見せていましたし、あとがきに書かれているところによれば、能と春樹とサリンジャー&フィツジェラルド&チャンドラーの構造を下敷きにしたそうですが、型に肉付けする能力がこのひとはすごいです。

 しかし年齢のわりには子どもじみているのは気後れの現れであり、その子どもじみているという設定を活かすため……とはいえ、作品全体にただよう中二病臭がキツすぎて読むのがつらかったです。

 お兄ちゃん、なんで死んじゃったの……!? あたし、月夜は18歳のパープル・アイで「もらわれっ子」。誰よりも大好きなお兄ちゃんの奈落に目の前で死なれてから、あたしの存在は宙に浮いてしまった。そんな中、町で年に一度開かれる「無花果UFOフェスティバル」にやってきたのは、不思議な2人連れ男子の密と約。あたしにはどうしても、密がお兄ちゃんに見えて……。少女のかなしみと妄想が世界を塗り替える傑作長篇!(カバーあらすじ)
 

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『図書館の魔女』1・2 高田大介(講談社文庫)★★★★☆

 鍛冶屋の少年キリヒトのところに、王城からの使いが現れ、「図書館の魔女」マツリカの許に仕えるようになる……これだけ聞けば、何も知らない無垢な少年が、広い世界を知り人と出会いかけがえのない経験をする、サクセスストーリーであり成長物語である――ように見えます。

 そして少なくとも第一巻(第一部)の段階ではそれは間違いではありませんでした。

 口のきけない少女、図書や言葉についての議論、老獪な政治家たち。鍛冶の里から来た少年の存在はまるで場違いなようにも思えますし、実際、図書館付きになった少年が文字を知らないと知り、魔女も司書たちも唖然としていました。

 そんな少年が、手話や指話を通して魔女と交流し、失われた地下水道を調べておしのびで「探検」に繰り出す……絵に描いたような貴賤の交流譚であり少年少女の成長譚ですね。

 そんな様子に変化が見えたのが、第二巻(第二部)の中盤ほどでした。いつものように町に繰り出していた二人は、二人組の御者のおかしな言葉を耳にします。

 そこから先は一気呵成。そうして第二巻終章、キリヒトはマツリカのお願いにより大事なものを手放すことになりますが……。

 二人にどのような運命が待ち受けているのか、周辺諸国との緊迫関係はどうなってゆくのか、第三巻・第四巻に期待です。

 章のタイトルはわずかの例外を除いて、章の冒頭の文章がそのままタイトルになっていました。

 メフィスト賞受賞作。

 鍛冶の里に生まれ育った少年キリヒトは、王宮の命により、史上最古の図書館に暮らす「高い塔の魔女《ソルシエール》」マツリカに仕えることになる。古今の書物を繙き、数多の言語を操って策を巡らせるがゆえ、「魔女」と恐れられる彼女は、自分の声を持たないうら若き少女だった。超弩級異世界ファンタジー全四巻、ここに始まる!(第一巻カバーあらすじ)
 

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