『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ トム・ストッパードIII』トム・ストッパード/小川絵梨子訳(ハヤカワ演劇文庫42)★★★☆☆

『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ トム・ストッパードIII』トム・ストッパード/小川絵梨子訳(ハヤカワ演劇文庫42)

 『Rosencrantz and Guildenstern are dead』Tom Stoppard,1966年。

 シェイクスピアの本篇ではハムレットの陰謀(?)の犠牲になる二人を主役にした不条理劇。もともとが事情もわからぬまま叔父王に呼ばれてハムレットの狂気の原因を探るものの、ハムレットに勝手に裏切者扱いされて殺されるという散々な役どころです。

 ローゼンクランツ自身が自分の名前を把握していなかったり、叔父が王位を継ぐという不自然な事実にツッコミを入れたりといった、デコボココンビによるボケとツッコミ(というかボケでツッコミ)によって進んでゆくのですが、間や抑揚のない文字だけでは、残念ながら面白くも何ともありませんでした。

 ことあるごとに登場する芝居一座も、舞台で見たならば、「またおまえか!」という笑いを引き起こすのでしょうけれど。

 芝居に現実を持ち込み、死を演じる芝居一座は、「人生は歩きまわる影法師、あわれな役者」「この世は一つの世界、誰もが役を演じなくてはならない舞台」そのものでもあり、佯狂ハムレットの裏返しでもあるのでしょう。

 コインの裏表ですら偶然ではなく予め演者によってコントロールされていたように、誰もが誰か(何か)に転がされているようです。コインのトリックをおこなうのが登場人物一おバカなローゼンクランツだからこそ皮肉が際立ちます。

 「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」。シェークスピアの『ハムレット』の終幕、こんな一言で片付けられてしまう憐れな脇役の二人。本作は、ハムレットの学友であるが故に、玉座争いに巻き込まれ、死すべき運命に流される彼らの運命を描く。果たして「筋書き」通りの行く末なのか……。イギリス最高峰と称される劇作家、トム・ストッパードの出世作が気鋭の演出家・小川絵梨子の新訳で甦る。(カバーあらすじ)

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 ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ トム・ストッパードⅢ 

『猟犬』ヨルン・リーエル・ホルスト/猪股和夫訳(早川書房 ポケミス1892)★★★☆☆

『猟犬』ヨルン・リーエル・ホルスト猪股和夫訳(早川書房 ポケミス1892)

 『Jakthundene』Jørn Lier Horst,2012年。

 ポケミスでは2作目となるノルウェーの作品で、ドイツ語からの重訳です。スウェーデンと違ってノルウェー語翻訳者って育っていないのかな。

 17年前の誘拐殺人事件の容疑者が釈放され、証拠の捏造で訴えられる――とだけ聞くと、主人公が何かの陰謀に巻き込まれて罠に嵌められたのかとも思えますが、そうではなく、捏造は実際におこなわれており、当時捜査の責任者だった主人公が代表して訴えられたということでした。

 捏造の動機は明らかなので、いきおい捏造したのは誰なのかを見つけるのが、主人公であるヴェスティングの目的になります。改めて考えてみても真犯人はやはり逮捕された男に間違いないという直感には変わりありません。

 一方、新聞社に勤めるヴェスティングの娘リーネは、発生したばかりの撲殺事件の被害者宅を警察に先んじていち早く見つけ、犯人らしき男に襲われるという事件に遭います。

 小説ですから当然のこと、このあと二つの事件は一つにつながってゆくのですが、停職中の警官が過去の事件を洗い直し、新聞記者が独自に現在の事件を調査するという構成なので、警察小説というよりは私立探偵もののようです。どちらも警察とは距離を置いているからこそ、事件に新たな光を当てられるということでしょうか。もっともヴェスティングは停職中とはいえ警察のコネを使いまくってはいるのですが。

 親子ともども真実のために他人を踏みにじるゲスな職業という点では共通しているのも面白いし、互いに情報を共有しあってコンプライアンスがガバガバなのもご愛敬です。

 ヴェスティングには身の覚えがないとはいえ、思うところはあります。

 当時の捜査官に別の誘拐事件の被害者の親族がいて、そのせいで精神的に参っていたためその捜査官のことを信頼しきれないという不信感があります。

 煙草に付着したDNAという証拠の出現によって、その他の可能性や事実関係の検証がなおざりになってしまったという反省もあります。

 要するに何一つ信用できないというていたらくなわけですが、結局のところどちらの事件も犯人の方から動いてくれたのが解決の近道になるように、意外と構成は雑です。不審な捜査官の神出鬼没ぶりや尾行した容疑者の行動などのレッドヘリングにしても、取って付けたような感や投げっぱなしの感は否めません。

 けれど元監察官のようなカッコイイじいさんのキャラクターや、次々と先へ進む読みやすい展開など、重苦しいはずの内容のわりには読んでいて楽しい作品でした。

 17年前の誘拐殺人事件で容疑者有罪の決め手となった証拠は偽造されていた。捜査を指揮した刑事ヴィスティングは責任を問われて停職処分を受ける。自分の知らないところで何が行なわれたのか? そして真犯人は誰なのか? 世間から白眼視されるなか、新聞記者の娘リーネに助けられながら、ヴィスティングはひとり真相を追う。しかしそのとき、新たな事件が起きていた……。北欧ミステリの最高峰「ガラスの鍵」賞をはじめ、マルティン・ベック賞、ゴールデン・リボルバー賞の三冠に輝いたノルウェーの傑作警察小説(裏表紙あらすじ)

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 猟犬 

『パリ警視庁迷宮捜査班』ソフィー・エナフ/山本知子・川口明百美訳(早川書房ポケミス1943)★★★★☆

『パリ警視庁迷宮捜査班』ソフィー・エナフ/山本知子・川口明百美訳(早川書房ポケミス1943)

 『Poulets grillés』Sophie HÉNAFF,2015年。

 裏表紙のあらすじには「「フランスの『特捜部Q』」と評される」と書かれていますが、どこでそう評されているのか、本当にそう評されているのかは不明です。

 個人的には本書の方が何倍も面白く読めました。『特捜部Q』は二作目三作目で既にワンパターンでマンネリに陥っていましたし、お洒落な(つもりの)会話がうざったく感じていたので。

 原題『Poulets grillés』は直訳すれば「焼き鶏」ですが、恐らく俗語で「駄目デカたち」「信用を失った警官たち」だと思われます。

 その名の通り、過剰防衛で処分されたアンヌ・カペスタン警視正が担当を任されたのは、馘首には出来ない問題児たちばかりを集めた部署でした。

 相棒が死傷してばかりなため死神と呼ばれる、不吉な13を名に持つトレズ警部補。小説家として成功したために警察にはネタ探しと話相手を求めに復職したロジエール警部。偏見から更迭された、カペスタンの発砲事件を調査した元監察官室のルブルトン警視。酒飲みのメルロ警部。賭博好きのエヴラール警部補。マスコミや噂に独自のつてを持つオルシーニ警部。パトカーですっ飛ばすために警察に入ったレヴィッツ巡査部長。コンピュータの天才、けれどそれ以外は無能なダクス警部補。

 正直なところ、本当に役に立つのか、ただの無能なんじゃないのか、と読んでいる最中には思ってしまうような連中もいます。それでも事件が解決するまでには一人一箇所は必ず見せ場が用意され、全員が協力してみごと迷宮入り事件を解決に導きます。『特攻野郎Aチーム』や『七人の侍』やバトル漫画の世界ですね。単純にわくわくしてしまいます、こういうの。いや、レヴィッツは役に立ってるのかな(^^? 笑ったのは、死神トレズ警部補の活躍です。死神という噂を最大限に利用して犯人にプレッシャーを掛けるのには、クライマックスの真剣な場面なのにもかかわらず思わず笑みがこぼれてしまいました。

 特別班の面々が迷宮入りの資料のなかから選び出したのは、麻薬密売と二件の殺人事件でした。一件の殺人は、殺害後に身だしなみを整えられた老婆の事件で、強盗にしては不可解な点が多すぎます。もう一件は船員射殺事件で、犯人はプロの殺し屋と思われるような手際のよいものでした。

 何年も前の事件をほじくり返すわけですから、当然ながら関係者も非協力的で、手がかりらしきものも本当に手がかりなのかどうかもわかりません。

 密売事件の件で警察局長に疑いの目を向けるカペスタンでしたが、やがてすべてに説明のつく形で真相が明らかになりまあす。ちょっと出来すぎという気もしますが、部下をうまく使うという意味では上司の鑑だと言えないこともないでしょう。

 特別班のメンバーが魅力的なのはもちろんですが、身勝手な犯人にすら同情の念を起こさせるあたり、著者の人間に向ける眼差しは優しいものなのでしょう。現地では三作目まで出版されているそうなので、続きの邦訳にも期待したいところです。

 ところで訳者の名前は「あゆみ」と読むんですね。恐らく百合の「ゆ」なんでしょうが、DQNネームだなあ。。。

 六カ月の停職から復帰したパリ警視庁警視正のアンヌ・カペスタンは、新結成された特別捜査班を率いることを命じられる。しかし、あてがわれたオフィスは古いビルの一角。集められたメンバーは、売れっ子警察小説家(兼警部)、大酒飲み、組んだ相手が次々事故に遭う不運の持ち主など、警視庁の厄介者ばかり。アンヌは彼らとともに、二十年前と八年前に起きたふたつの未解決殺人事件の捜査を始めるが、落ちこぼれ刑事たちの仕事ぶりはいかに……「フランスの『特捜部Q』」と評されるコミカル・サスペンス、開幕!(裏表紙あらすじ)

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 パリ警視庁迷宮捜査班 

『名探偵の密室』クリス・マクジョージ/不二淑子訳(早川書房ポケミス1946)★★☆☆☆

『名探偵の密室』クリス・マクジョージ/不二淑子訳(早川書房ポケミス1946)

 『Guess Who』Chris McGeorge,2018年。

 テレビの探偵番組で人気の探偵と五人が死体とともにホテルの一室に閉じ込められ、三時間以内に五人のなかから犯人を見つけ出さないとホテルごと爆破される――という、かなり安っぽい設定で、新本格というよりはホラー映画みたいな状況でした。

 主人公のモーガン・シェパードは探偵といっても少年のころに遭遇した殺人事件をたまたま解決したあとテレビ番組の探偵に祭り上げられただけのアルコールと薬物の依存症患者なので、取りあえず捜査の真似事を始めるしかありません。

 けれど幸い――というべきか、探偵と五人の全員が何らかの形で被害者の知り合いだったことがすぐに明らかになります。犯人は誰か、閉じ込めた黒幕の真意はどこにあるのか……疑心暗鬼の密室劇がスタートします。

 ところがびっくりするくらいシェパードは推理しないんですよね。推理どころか考えることすらしない。五人の同室者たちも、弁護士のアランがことあるごとに突っかかるくらいで、ほかは普通のカフェ店員、清掃係、カウンセリング患者……神を信じる電波な女優ですらたいして癖のない人間で、パニックも議論も起こらずあっさりと終わりを迎えてしまいます。

 それからシェパードの過去が明らかになるのですが、驚いたことにテレビ用に作られた探偵どころではありませんでした。そりゃあ推理もしないわけです。そのうえ共感とか場を読む能力が欠如していて、完全にサイコパスでした。

 そもそもがサイコパスですから、真相や真犯人が明らかになってからも、恐ろしいことに反省も後悔もしません。自分の地位がどうなるかなあ、とズレたことを考えるだけです。さらには、自分のことしか考えないだけならまだしも、最後にはあろうことか真犯人を弾劾し出すのです。

 真相はシェパードに恨みのある人間が復讐を計画したというひねりも何もないものでしたが、復讐の成否はともかくとして、ハッピーエンドのような終わりを迎えるのには愕然としました。始めから終わりまでシェパードを徹底してサイコパスとして描くという意味では筋は通っているのですが……。

 前半がサスペンスとしてもホラーとしても推理劇としても中途半端なうえに、後半の復讐を成立させるために前半が存在する必然性があまりなく、主人公も魅力的とは言いがたいので、良いところと言えばサクサク読めるところぐらいでした。

 かつて少年探偵として名を馳せたモーガン・シェパードは、いまやリアリティ番組で活躍する“名探偵”として数々の事件を解決している。だがある日、目覚めると何故かホテルのベッドに手錠で繋がれていた。周囲には見知らぬ5人の男女が。外へ出る手段がない中、バスルームで謎の死体が発見される。すると突然、備え付けのTVに男が映り、5人の中から3時間以内に殺人犯を見つけなければホテルごと爆破すると告げた。狂気の殺人ゲームが始まる……驚愕の真相が待つ、ミステリの本場英国から新本格派への挑戦状!(裏表紙あらすじ)

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 名探偵の密室 

『じゅんびはいいかい? 名もなきこざるとエシカルな冒険』末吉里花・文/中川学・絵(山川出版社)★★☆☆☆

『じゅんびはいいかい? 名もなきこざるとエシカルな冒険』末吉里花・文/中川学・絵(山川出版社

 泉鏡花の絵本でお馴染みの中川学が絵を担当している絵本です。

 地球の危機に対しこざるが或る兄妹を世界各国の合理産業の現場に連れ出して見せて、エシカルという環境保護を啓発する内容でした。

 なので絵本としての面白さは皆無です。

 肝心のエシカルについても、環境問題なのか労働問題なのか焦点がぼやけていて(というか意図的に同一視している?)、絵本を読んだだけではいまいちよくわかりませんでした。

 中川学の絵はやはり良いです。緑の農場、青い海原、紫色の夕景色、桃色の織物工場と、それぞれの場面ごとに異なる色が基調になっていて、ページをめくる楽しみがありました。絵のなかでは、なかでもやはり動物の絵に魅力があります。けれど宇宙から見た絶滅危惧種のうち魚が何なのかわかりませんでした。鮭なのかな。

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