『分かれ道ノストラダムス』深緑野分(双葉文庫)★★★☆☆

『分かれ道ノストラダムス』深緑野分(双葉文庫

 2016年初刊。

 二年前に死んでしまった同級生・基の三回忌。基の祖母から渡された日記には、事故死した両親が死なずに済んだかもしれない可能性をシミュレートした記録が残されていました。お互い好きだったのに基と喧嘩別れしたままだったことを後悔していた日高あさぎ(ネギ)は、クラスメイトの八女君の協力を得て、基が死なずに済んだかもしれなかった可能性を考え、調べ始めます。

 ――という冒頭100ページほどのあらすじからは、自分探しだったり、死んだ同級生の肖像が浮かび上がったりする青春ものだろうと思っていました。

 確かに早い段階から怪しいホームレスは登場するし、夜中に川原でホームレスから追いかけられたりもしますが、まだまだ日常の範疇からはみ出してはいませんでした。

 それが中盤、怪しいカウンセラーから声をかけられたあたりから、きな臭くなってきます。声をかけてきた状況も内容も明らかに不審なのですが、ほいほい訪問してしまうのは、高校一年生という年齢を考えれば致し方のないことなのかもしれません。折り重なるように、知り合いの失踪、新興宗教信者の死……といった状況が続き、とうとう命を狙われ始めるあたりで緊迫感は一気に高まります。

 そういう状況になってからもネギが底抜けにお人好しだし、ほかの人たちも命を狙われている女の子を一人で出かけさせちゃうし、犯人の残虐性のわりに主人公たちが暢気に思えてしまう場面もありますが。

 転校して離ればなれになって喧嘩してからもお互いに好きだったのに、周囲からは「捨てたくせに」と思われていたり、出来事の経緯が単純・省略化されて基が殺されたことになってしまっていたり、教団の教義がマスコミや噂によって一人歩きしていたり、この世の中は誤解と思い込みに満ちており、犯人からしてみれば思う壺だったことでしょう。でも人心を手玉に取るそんな犯人も、悪魔のような人間というわけでもなく、八女君の言うようにかなりの小物なんですけどね。

 そんな小物に騙された人たちがバカみたいです……。

 中学時代に好きだった基の三回忌で、高一のあさぎは彼の日記を譲り受ける。ある記述をきっかけに、基が死なずに済んだ可能性を探り始めるあさぎ。だが、協力してくれた級友の男子・八女とともに、宗教団体を巡る陰謀に巻きこまれてゆく。度重なる窮地に立たされた二人が下す決断と、その先に待つ未来――。十代のまっすぐな想いをのせて描くノンストップ青春ミステリー!(カバーあらすじ)

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『世界を売った男』陳浩基/玉田誠訳(文春文庫)★★★★☆

『世界を売った男』陳浩基/玉田誠訳(文春文庫)

 『遺忘・刑警』陳浩基,2011年。

 今や『13・67』『ディオゲネス変奏曲』ですっかり著名となった香港出身の作家による、長篇デビュー作であり、第2回島田荘司推理小説賞受賞作でもあります。

 原題は『記憶喪失の刑事』くらいの意味でしょうか。邦題はデヴィッド・ボウイの曲のタイトルであり、エピグラフにも引用されています。主人公の一人がデヴィッド・ボウイのファンであり、ドッペルゲンガーを題材にしたと言われる歌詞の内容が記憶喪失と本書の仕掛けに関わっているくらいで、実際に世界を売る話というわけではありません。

 妊婦の腹を刺すという残虐な夫婦殺しを担当した許友一《ホイ・ヤウヤツ》巡査部長は、一週間後に奇妙な感覚に襲われる。雑誌記者・廬沁宜《ロー・サムイー》(阿沁《アッサム》)から取材を申し込まれたことで違和感の正体に気づいた。事件は一週間前ではなく六年前に起こったことだという。許は六年間の記憶を失っていた。六年前の許の直感とは裏腹に、犯人は第一容疑者の林建笙《ラム・ケンサン》であり、事件は既に解決していた。事件を題材にした映画が作られるため、阿沁は関係者に取材しているのだという。被害者の姉・呂慧梅《ルイ・ワイムイ》、林の妻・李静如《リー・チンユー》らに会って話を聞くうち、許は六年前の直感を改めて信じたくなった。やはり林は犯人ではないのでは――。

 単純に事件の謎を追う警察小説(というか、許と阿沁による探偵小説)として面白いのですが、そこに許が記憶を失った理由や、章ごとに挿入される関係者の過去パートの意味が、最後になって明らかになるに至って、これが堂々たる本格ミステリであることに気づきます。

 記憶喪失に関する真相は島田荘司のある長篇を連想しますし、ジャプリゾ『シンデレラの罠』のあの有名な趣向(探偵であり犯人であり被害者であり……)が響いているようにも思えますし、真犯人に気づくきっかけもホームズの「犬はあの夜なにもしませんでした」に通ずるものが感じられます。犬ではなくこの作品に通底するデヴィッド・ボウイをチョイスするあたりが心憎い。

 撮影所のロッカーに潜入捜査するハラハラの場面や、パブの意味深な数字の意味が、真相がわかってみると笑えるものだったりするあたりの力の抜き加減も絶妙です。

 ただの妄想だと思えたものがきっちり記憶として回収されるラストシーンも非常にお洒落で、解説が恩田陸というのもわかる気がします。

 メイントリックが島田荘司氏の唱えるところの二十一世紀本格なので、そこらへんで評価が別れると思います。

 六年間の記憶が一夜にして消えた。刑事である自分に一体何が起こったのか? 昨日まで追っていた事件は解決済み。納得できず香港の喧騒の中を駆ける男の前に、驚愕の真相が。第二回島田荘司推理小説賞受賞作。「13・67」でミステリ界を席巻した著者の、これが衝撃の長編デビュー作。アジアの鬼才、ここに現る!(カバーあらすじ)

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 世界を売った男 

『現代詩人探偵』紅玉いづき(創元推理文庫)★☆☆☆☆

『現代詩人探偵』紅玉いづき創元推理文庫

 『Rhyme for Crime』2016年。

 英題が韻を踏んでいてお洒落です。

 15歳のころ一度だけ参加した『現代詩人卵の会』。10年後に再会したときには9人からなる詩人の会のメンバーのうち4人が自殺していました。当時「探偵」という詩を書いたことから「探偵くん」と呼ばれた語り手は、その呼び名にふさわしく4人の死の背景を探ろうとします。

 詩人に対する世間のイメージ通り、動機はどれも観念的なものです。けれど悲しいかな、『虚無への供物』『哲学者の密室』『時計館の殺人』『生ける屍の死』……幾多の名作には遙かに及ばない、浅いものでした。【※ネタバレ*1】それが短篇程度の短さゆえなのか、作者の実力不足ゆえなのかはわかりませんが。

 東京創元社から出版されている以上はミステリ作品で、親子の絆に焦点が当てられ自殺の動機は明らかにされなかった第二章が、第四章で回収されるという仕掛けには、手練れの腕を感じさせます。【※ネタバレ*2

 そして東京創元社ですっかりお馴染みとなった、連作最後のどんでん返しも健在でした。この仕掛けは第四章とも密接に関わっていますし、語り手が自殺の背景にこだわるのにも説得力がありました。【※ネタバレ*3

 とある地方都市でSNSコミュニティ、『現代詩人卵の会』のオフ会が開かれた。九人の参加者は別れ際に、今後も創作を続け、十年後に再会する約束を交わした。しかし当日集まったのは五人で、残りが自殺などの不審死を遂げていた。生きることと詩作の両立に悩む僕は、彼らの死にまつわる謎を探り始める。創作に取り憑かれた人々の生きた軌跡を辿り、孤独な探偵が見た光景とは?(カバーあらすじ)

  




 

 

 

*1 痛みを詩にしたくてわざわざ苦しむ毒を服んだ。性同一障害の女が男になりたくて「女はいつも生き残る。男の詩人は早く死ぬ」という言葉通りに死んで男になろうとした。

*2 四人目は自殺ではなく殺人であり、盗作された二人目がはずみで殺し、それを悔いて自殺した。

*3 語り手は10年前の「探偵くん」とは別人だった。10年前の「探偵くん」は詩「探偵」を盗作し、友人である作者に指摘され自殺。本当の「探偵」である友人が10年後の会に参加した。

『パリのアパルトマン』ギヨーム・ミュッソ/吉田恒雄訳(集英社文庫)★★★☆☆

『パリのアパルトマン』ギヨーム・ミュッソ/吉田恒雄訳(集英社文庫

 『Un appartement à Paris』Guillaume Musso,2017年。

 フランスで一番売れている作家だそうで、確かに面白さは一級品です。

 劇作家の男性と元刑事の女性が手違いから同じ家を借りてしまうという出来すぎた偶然には辟易しました。けれどその家が死んだ画家のものであり、その画家ショーン・ローレンツが壮絶な最期を遂げていたことに興味を覚えた二人が、遺されているはずの遺作を探し始めるとそんなことも忘れてしまいます。

 嫉妬と復讐から我が子を誘拐され、母親の目の前で殺されてしまうという壮絶な過去が明らかになるにつれ、絶望に陥って絵筆を絶った画家がふたたび筆を取ろうと思った理由は何かという、単なる遺作探しに留まらない謎にこそ興味を惹かれました。

 ところが遺作探しはあっけなく終わってしまいます。

 そこで明らかになる、ショーンが訴えたかったこと――。

 探偵なんてそんなものですが、前半はマデリンが、後半はガスパールが、どうしてそんなに他人の人生に熱心なのかと思うほど首を突っ込みたがります。

 二人の人生に影を落とす過去というマンネリな設定が、ショーンの身に起こった事件と重ねられるというのはあるにせよ。

 後半になってからはご都合主義の偶然のオンパレードで、緻密な構成よりも飽きさせないスピード感を優先させた作風は、なるほどベストセラーも納得のストーリーテリングでした。

 作中でマデリンが『ダ・ヴィンチ・コード』じゃないんだからみたいな台詞をつぶやきますが、まあ『ダ・ヴィンチ・コード』です。

 そんなエンタメ感と裏腹に、事件そのものはかなり重くエグイものであり、そんな復讐法を選んだ犯人の残虐性には目を背けたくなります。【※ネタバレ*1

 もう少し偶然を廃してくれて、いかにも最近のサスペンス映画みたいなノリもやめてくれたら、歴史に残る名作にはなっていたかもしれないけれど、ここまで一気読みさせるほどの疾走感のある面白さも消えてしまうだろうし、難しいところですね。

 クリスマス間近のパリ。急死した天才画家の家で偶然出会った一組の男女、元刑事のマデリンと人気劇作家のガスパールは、画家が死の直前に描いたとされる未発見の遺作三点を一緒に探しはじめる。その捜索はやがて、画家を襲った悲劇の謎を探る旅へと変わり――。絵に隠された秘密に導かれて突き進む二人を待ち受けていた、予想外の真相とは!? フランスNo.1作家が放つ話題の傑作ミステリー。(カバーあらすじ)

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*1 母親自身に我が子の指を切り落とさせる。誘拐児を母親に世話させて愛着を湧かせてから殺す。

*2 

*3 

『終りなき夜に生れつく』アガサ・クリスティー/乾信一郎訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)★★★☆☆

『終りなき夜に生れつく』アガサ・クリスティー乾信一郎訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 『Endless Night』Agatha Christie,1967年。

 ノン・シリーズものです。

 ジプシーの呪いの伝説が残る土地に魅せられた主人公の青年が、富豪令嬢と恋に落ちてその土地に家を建てて幸せに暮らすものの、妻が依存しているコンパニオンとは険悪になり、土地の住人やジプシーの老婆からは脅迫を受けることに……というゴシック・ロマン。

 クリスティのロマンスというと、底抜けに明るいトミーとタペンスや『ゴルフ場殺人事件』しか知らなかったので、ごく普通の男女の話に、クリスティらしくないなあと思いながら読んでいました。

 クリスティー文庫の新訳で読めば良かったと後悔しています。

 逐語調の訳がやたら軽くて、せっかくの雰囲気が台無しでした。不穏さなんて感じるべくもありません。

 クリスティ自身の旧作と同じトリックが明かされてからの怒濤の迫力もいまいち伝わって来ません。いきなり饒舌になられても、置いてけぼりを喰らってぽかんとしてしまいました。本来であればあそこは狂気が一気に爆発するという場面なのでしょうけれど。

 犯人像からはカトリーヌ・アルレーわらの女』などを連想しました。旧来の謎解きミステリではエピローグ的な位置づけにならざるを得ない犯人の告白を、クライマックスにするという野心作です。少なくとも他のクリスティー作品のイメージがあればあるほど衝撃は強いです。ノン・シリーズだからこそでしょう。

 ところで、ずっと「おわりなき『よ』にうまれつく」だと思っていたのですが、『よる』だったことに初めて気づきました。

 昔からの伝説によって、呪われの地と恐れられている〈ジプシーが丘〉――しかし、海を望むその素晴らしい眺望は人々の心を魅了せずにはおかなかった。マイクはここで一人の女性と出会い、二人は激しい恋におちた。が、周囲の反対を押し切り結婚した彼の前には妻の死という大きな破局が待ち受けていた……果たしてこの土地に伝わる呪いのせいなのか? 呪われの地を舞台に繰り広げられる愛憎と犯罪を斬新な手法で描き出す(カバーあらすじ)

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