『パンチとジュディ』カーター・ディクスン/白須清美訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)★★★☆☆

 結婚式前日、かつての職場、英国情報部の上司であるH・M卿に呼び出されたケンは、元ドイツ・スパイの老人の屋敷に潜入を命じられた。その老人が国際指名手配中の怪人物Lの正体を明かすと情報部に接触してきたので、真贋を確かめろというのだ。だが、屋敷でケンが目にしたのは老人の死体。事態の急変にめげず、ケンは任務を遂行し、式を挙げることができるのか?奇想天外な大犯罪を暴くH・M卿の名推理が新訳で登場。

 駄作・バカ作との評判ゆえ、いったいどんな珍作なのかと怖いもの見たさに期待していたのだけれど、なかなかどうして巻き込まれ型サスペンス(・コメディ)の佳作ではありませんか。

 H・Mからの謎めいた呼び出しを受けたケンは、なぜか犯人に間違われると、何が起こっているのか読者にもわからぬままに、あれよあれよと盗難事件や殺人事件に巻き込まれ、婚約者をも巻き込んだ逃亡劇・探偵劇の果てに、おしゃれなラスト。

 そのままヒッチコックの映画にもなりそうな展開・恋愛・ラストシーンです。〈カー〉という作家性を期待すると、なんだこりゃ、と腰砕けかもしれませんが、話自体はけっこう面白いものでした。カーだから本格ミステリ的なひねりもあるんだけど、むしろそんなのはなくしてもっとスリラーでもよかったくらい。

 創元推理文庫から出ている『仮面劇場の殺人』を読んだとき、フェル博士が地味でしょうがなかったのだが、二階堂黎人氏の解説を読んで事情がわかった。こういうことらしい。「フェル博士の方は、学究肌で、ややおとなしく、丁寧な物腰で他人に接するイギリス紳士の見本のような人物だ。それは、特に彼のしゃべり方に顕著であり、英語の原文における会話部分を読むと明確に解る(と言っても、私は英語は読めないので、翻訳者の森英俊氏や田口俊樹氏から教えてもらったことである)。/一方、H・Mの方は、それよりもっと大胆で自由奔放な性格である。要するに、大物で、不平家で、猥談を好み、背筋がゾクゾクするような小説を読み、子供じみた遊びに興じることもへっちゃらだ。しかし、頭は誰よりも切れて、名推理で事件を解決する好漢である――というのがH・Mの人物像なのだ。」
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