『ZOO1』乙一(集英社文庫)★★★★☆

 単行本『ZOO』より、映画化された五篇をセレクトした文庫新編集版。映画は見たことがあったけれど、原作を読むのは初めて。比較的原作に忠実に映画化されていたようで、原作も映画通りだったという感想です。

「カザリとヨーコ」★★★☆☆
 ――わたしとカザリは一卵性の双子だ。カザリは美しくて活発で、みんなから愛されていた。時々わたしに食べ残したごはんをくれるのでわたしもカザリのことが大好きだった。ママは故意にわたしにごはんを作らなかった。

 一人称である以上、三人称視点にならざるを得ない映画よりは、圧倒的に語り手の内面描写が有利なはずなのだけれど、乙一は(おそらくは敢えて?)あまり描かない。それも映画とあまり印象の違わなかった原因の一つだと思う。シノプシスみたい。

 感情がないわけではないのに、嫌な気持になっても怒りが湧いても語り口調に起伏がないヨーコに、違和感を感じさせない。カザリが好きだ、というのと、からかわれて息苦しくなった、というのを、まったく同じ調子で口にする。積もっていたものが爆発した、というのではなくて、「好き」のシフトが「殺す」にチェンジされただけ。こういう子がそこらへんをごろごろ歩いてそうでこわい。

 ときどき出てくる話し言葉口調の地の文にどうしても違和感がありました。口語にするなら口語で統一してほしかった。しっかりした文章のところどころで力が抜ける。
 

「SEVEN ROOMS」★★★★☆
 ――目が覚めると窓のない四角形の部屋にいた。姉がそばに倒れている。体の小さなぼくは、排水溝を通ることができた。水から顔を上げると悲鳴が聞こえた。隣にも同じような部屋があって、そこにも女の人が閉じ込められていた。

 原作では順番に殺されるというのを理詰めで推理してます。こういうのは映像版の方が強い。現実では人はこういうのはぱっと感覚的にわかっちゃうもんで、数学の証明みたいに理詰めで説明することはあまりないですから。絵だと一発ですもんね。

 映像と違い文章だと殺人者の姿が見えないので、殺人者に襲われるホラーではなくて、語り手と姉たちが懸命にもがくサスペンスだという印象がよりいっそう強い。カフカのような不条理小説。身に覚えがないのに独房に閉じ込められて刑を待つ死刑囚の話だと思ってもいい。理由はどうあれ人がそういう状況に置かれてしまったら。ちゃんと向き合える登場人物たちは偉い。
 

「SO-far そ・ふぁー」★★★☆☆
 ――幼稚園のころだ。ぼくと父がソファーに座っていたときだ。父はどことなく暗い顔をしてテレビを見ていた。母が扉を開けて居間に入ってきた。父と同じ浮かない顔だった。「あら、一人でテレビを見ているの?」母は確かに「一人で」と言った。母と遊んでいるときにやってきた父も言った。「一人でトランプなんかやって……」

 これは映画版の俳優陣が豪華だったし、このアイデアを絵で見せられるというのは強みですね。とかいいつつ、原作を先に読んでいたら、このアイデアを映像化されたらしらけるだろうなーと思ってたかも(^^;。

 ジェントル・ゴースト・ストーリーを、怪談ではなくミステリの形で書いたらこうなるのかもしれないような、アクロバティックも静謐な家族の物語。
 

「陽だまりの詩」★★★★★
 ――私は目を開けた。椅子に座った男がいた。「あなたはだれですか?」「きみを作った人間だ」彼はそう言いながら近づいてきた。「誕生おめでとう」病原菌に感染してほとんどの人間はすでに息絶えていた。「ぼくが死んだら丘に埋葬してほしい。きみを作ったのはそのためなんだ」

 映画版の古屋兎丸の印象があまりにも強く焼き付いている。原作を読んでもあの絵と声が思い浮かぶほど、古屋作品はぴったりだった。というか、乙一原作じゃなくて古屋兎丸原作じゃないの、と思ったほどだったからな。

 原作を読んでみると、ちゃんと伏線があるんですね。古屋版のインパクトが強すぎて、原作単体で評価するのはもはやわたしには不可能。
 

「ZOO」★★★☆☆
 ――今朝もまた郵便受けに写真が入っていた。写真には俺の恋人だった女の死体が写っている。昨日のものより、少し腐敗が進行している。「犯人はだれなんだ……」俺の言葉はすべて台詞だ。演技なのだ。犯人を捜し出すふりをしている。俺が殺したのだ。

 原作はわりとストレートでわかりやすい。自分の内部で自己完結している男の一人称。映画版は女の存在をクローズアップしたために、まるっきり違う作品になっていた。

 『GOTH』の犯人パートだけを取り出したような作品。饒舌な語り手がえんえんと理屈をこねて犯人探しを繰り返す。なぜ殺したのかはどうでもいい。殺した事実も罪の意識も罪の救済もすべて自己完結する語り手の饒舌は、ほとんどノリがいいといってもいいくらい。そのため、陰惨なサイコ譚という感じはしない。
 

「対談 古屋兎丸×乙一★★★★★
 ――映画のロボットのあの動きはなるほどそういうふうに作られていたのか、とか、「少女とロボット」という内容を聞いてやることはすぐに決まったという古屋兎丸の言葉とか、原作と映画がらみの話のほかに、伊集院光のラジオの話とかで盛り上がってました。
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