『ZOO2』乙一(集英社文庫)★★★☆☆

「血液を探せ!」★★☆☆☆
 ――目覚時計がなってワシは目が覚めた。自分の手を見てぎょっとした。真っ赤だった。背中を怪我してるらしい。しかも体から生えてるのは……包丁のように見える。ところが主治医のヤブが輸血用の血液をなくしたとほざいておる。

 津原泰三『血の十二幻想』にでも収録されていそうな血をめぐるコメディ。これはトリックを先に思いついて、これはギャグでしか使えないな……と思ってこういう作風にしたのだろうか。乙一は小説とテレビやゲームや漫画との垣根がニュートラルだ。たとえば筒井康隆あたりなら「先がないのはオレの方だと思いながら云々〜」というように、地の文でツッコむところを、乙一はテレビの芸人のように「ワシの方が先がないんじゃ!」とセリフでツッコむ。乙一のようにニュートラルな感性を持っている人ならともかくも、活字人間にはこのツッコミがしらけるのだ。
 

「冷たい森の白い家」★★★★☆
 ――馬小屋で暮らしていた。やがて森に入って生活するようになった。家を造ろうと石をさがしていると人に出会った。恐ろしいので殺してしまった。家の材料が見つかった。死体を使って家をたてよう。

 昏いものばかり集めて作られたファンタジー。ちょっとミステリっぽいオチが余計に感じるほど、無機質な生々しさに満ちた、何ともいいようのない幻想的な作品。「桜の森の満開の下」でも『阿修羅ガール』の第二部の森でもいいけど、ああいうグロテスクなのに深々としているような、目を背けたいのに魅入ってしまうような不可思議な吸引力を持っている。乱歩が描く死体? そういう艶っぽい猟奇。
 

「closet」★★☆☆☆
 ――イチロウの家にたどり着いたミキを、リュウジが部屋に呼んだ。「ねえさんは轢き逃げしたことがあるんだってね」ミキは棚に飾られていた石の灰皿を手に取った……。

 ミステリとして単純だけど効果的な手法をうまく使ってるんだけれど、どうもノリが「血液を探せ!」みたいで(あれほどではないが)、サスペンスというよりは右往左往するシチュエーション・コメディな感じ。ヘタすると「ZOO」の文体もこれに近い。

 語りに意識的な人なら、これまでの作品とどこか違うぞということに気づくかもしれない。でもそれも驚きというよりギャグなんだろうと思う。どっちつかずでちょっと中途半端。アブナイ家族だらけのギャグ・ホラー。
 

「神の言葉」★★☆☆☆
 ――僕がその声を使うと、本当にそのとおりになった。初めて意識したのは、クラスメイトのアサガオがきれいに咲いているのを嫉妬して「枯れろオオ」と念じたときだった。それ以来、母は猫とサボテンの区別がつかなくなり、父は指を失くした。

 神の言葉の表記法は、楳図かずお藤子不二雄へのオマージュなのでしょうか、そこだけちょっとずっこける。そういえば『ドラえもん』にも似たような話があった。独裁者ボタンだっけか。乙一は孤独とグロテスクを描くのがうまい。本篇もそこだけ特に際立っている。
 

「落ちる飛行機の中で」★★★☆☆
 ――飛行機がハイジャックされたのは離陸直後だった。髪には寝癖がつき冴えない格好をした男の子が、乗務員を拳銃で撃った。「今から一時間後に東大校舎にぶつけます。五回も東大受験に失敗した僕はもう死ぬしかないんです」わたしたちはそうして彼の自殺につきあわされることになった。わたしはこんなところで死ねないのだ。でも死ぬなら安らかに死にたい。

 緊迫感と脱力感が同居するところが、いかにも本書収録作らしい。これはそのバランスがちょうどいいところで保たれている。「決断の時」も「女か虎か」も笑い飛ばしちゃうような究極の選択。いくつもの究極の選択が、少しずつシリアスになりながら語り手に襲いかかる。一生分の疲れが溜ったろうな……。ほんとうならとても読むのがしんどくなるような話なのに、さくさく読めるようになっている。これはほんとうにそのバランスがいい。
 

「むかし夕日の公園で」★★★★☆
 ――小学生のときだ。公園の砂場で遊んでいるとき、地中のどこまでが砂なのか確かめたくて、腕を垂直に差し込むと、ずるずると肩まで入ってしまった。何回目のことだっただろう。指先に何かの当たる感触がした。

 久生十蘭内田百けんのショート・ショートを連想したよ。すばらしいの一言に尽きる。
 

 『ZOO』すべてを読み終えたけれど、出来不出来の差が激しかった。意図した(であろう)投げ遣り・脱力が必ずしも成功していない。
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