『5枚のカード』レイ・ゴールデン/横山啓明訳(ポケミス1777)★★★★☆

 ポケミス名画座の一冊。ウェスタンなんて、映画はともかく小説は初めて読んだ。『明日に向って撃て!』とか『夕陽のガンマン』は好きなんだけれど、これはニューシネマとマカロニ・ウェスタンだし、ジョン・ウェインとかは大っ嫌いだからどうなのだろうと不安になりながら読み始める。

 心配は無用でした。ポケミスに収録されるくらいだからハードボイルドっぽくて楽しめた。ゴールドラッシュで町が突然にぎわうだとか、女がみんな絵に描いたような都合のいい女だとか、犯人は始めっから読者に明かされているだとか、できすぎのハッピーエンドだとか、これはやっぱりミステリじゃなく西部劇なんだなと思わせる場面もないではなかったけれど、全体としてよい出来。

 そりゃあ確かに牛泥棒が私刑にされるなんてことは現代ではありえないだろうけれど、私刑とその復讐自体は現代小説でもありだろうし。現代日本を舞台に日本刀を振り回す小説があったとしたらずっこけるに決まっているけれど、アメリカは今も昔も銃社会だし。ヘンに主人公にコンプレックスとかを負わせてない分、しらけないで済む。

 対立とか闘争とか恋愛とか復讐とか、いつの時代にも通じるテーマを、ごてごてとシリアスに飾り立てずに娯楽に徹して描いてくれている作品です。要はことさらウェスタンだと身構えたり期待したりせずとも、ごく普通のエンタメ・ハードボイルドとして楽しめる作品なわけです。

 なによりもまずキャラが立ってる。主人公は流れ者のギャンブラー、ヴァン・ナイトヒート。ギャンブラーという設定には特に意味はなくて(ニックとの確執の原因にはなるけれど)、1.読みが鋭いという点、2.定職を持つのが性に合わない根っからの流れ者が生業にするとしたらギャンブラーあたりが妥当という点くらいの意味しかないと思われます。解説で触れられている映画版がカード仕立ての構成にしているのは、だからなかなか凝ったうまい演出だと思います。主人公がギャンブラーなのをうまく活かしてるんですね。原作である小説版の本書では、『5枚のカード』という邦題に必然性はありません。流れ者で、一匹狼で、でも女っ気はあって、で、けっこう熱い人です、この人。どちらかというと自分からトラブルを起こすのではなく、なぜかトラブルが降ってくるタイプなのですが、といってトラブルを避けようというほどでもなく、やっぱりトラブルメーカーなんでしょうか。私刑を止めようとして殴られたり、ノーラに未練たらたらで(尻の下に敷かれてる?)二人で会ったり、ニックとの喧嘩は日常茶飯事だったり、流れに身を任せてるといえばいえるのですが、流れから逃げようとはしないんです。そこらへんがいかにもハードボイルド。おれは人のことに干渉しない、でも来るものは拒まずだぜ、みたいな。

▼アラード・リンチ、保安官。真面目を絵に描いたような一徹者。ナイトヒートのような自由人がいるのであれば、やはり対極にこういう堅実な人がいなくては話になりません。トラブルメーカーのナイトヒートとは犬猿の仲ではありますが、ことこの作品に限っては、連続殺人犯を捕まえるという一つの目的に向かって協力する相棒のような存在でもあります。これがかっこいいんですよねー。ポール・ニューマンロバート・レッドフォードとか、クリント・イーストウッドリー・ヴァン・クリーフとか。目立った活躍はしないのですが、渋くてカッコイイ!

▼リンチ保安官の妹でナイトヒートのかつての恋人、ノーラ・リンチ。この子はあんまり魅力的じゃありません。西部劇の女なんてみんなこんななのかもしれませんけど、スカーレット・オハラ・タイプのアホ女です。恋に生きるといえば聞こえはいいけれど。

▼ライル・ベイカー、ノーラの婚約者。ノーラの兄リンチ保安官に気に入られるくらいですから、この人もまた真面目一徹な人物です。ただし一途でカッコイイ保安官と比べると、同じ真面目でも、真面目で面白味のない男です。ライルとノーラってお似合いでしょうと思っちゃうほど、二人とも本書の中では浮いています。ハードボイルドじゃなくて日常なんです。二人とも普通の人たち。

▼ニック・エヴァーズ。かつて牛泥棒を私刑にした牧場主シグ・エヴァーズの息子です。これまた絵に描いたようなどら息子なのですが、嫌味じゃない。やんちゃとか腕白という印象。なぜかヴァン・ナイトヒートを目の敵にしていて、ことあるごとに突っかかります。若い頃の水谷豊みたいな感じかな。生意気な若造、って感じで。

▼リリィ・ラングフォード、旅芸人一座の歌手。故郷に帰るナイトヒートを一座の馬車が拾ったのが縁で、多少親しくなります。この人も絵に描いたような(そればっかりですが(^^;))流れバンドの歌手。この人が登場すると物語が落ち着く。酸いも甘いもかみ分けた大人の女。かっこよく且ついい女。イングリッド・バーグマンとか『マーヴェリック』のジョディ・フォスターとか。

▼犯人。本書中ですぐ明かされるとはいえ名前は伏せておきましょう。いや〜不気味ですねえ。この裏表の使い分け方。犯人がわかっている読者からすると、むしろ表の顔の方が不気味でした。これは訳のせいも大きいと思う。無論こう訳すしかないのだけれど、やっぱ犯人に敬語で話されると不気味です。大柄で柔和な感じは山本耕史。彼が年を取ったらこんな役も似合うんじゃないでしょうか。裏表といえばアンソニー・パーキンスだけど、犯人は明るい好青年というイメージではないからなー。小日向文世が適役かな。

 ほかにも酒場の経営者ママ・マローンや、バーテンダーのリトル・ジョージなど、魅力的な登場人物がたくさん登場します。

 イメージに浮かぶ俳優をあげたりしましたけれど、すぐにイメージ通りの俳優が思い浮かぶというのがキャラが立っている証拠ですね。

 連続殺人というところがいかにもミステリだけれど、そうしたサスペンスよりもやはりハードボイルドな雰囲気を楽しむべき作品だと思います。ウェスタン小説を読んだことはないので、これがウェスタンとして「異色」なのかどうかは判断できません。西部劇映画のイメージからすると、それほど異色とも思えないのですが。

 西部の鉱山町グローリー・ガルシュは、時ならぬ好景気に沸き立っていた。金鉱が発見されたのだ。小さく平和だった町には一攫千金を狙う多くのよそ者が入り込み、その様相を一変させていた。そんななか、町外れの大牧場の牧童が相次いで惨殺される事件が起きた。殺されたのは、いずれも数ヶ月前に起きた私刑事件の関係者だった。私刑事件のあと町を離れていた賭博師のナイトヒートは、自らも狙われることを察し、姿なき犯人と対決すべくグローリー・ガルシュへ戻るが、その眼前に新たな死体が……サスペンスフルに展開する異色のウェスタン小説。(裏表紙あらすじより)
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5枚のカード
『5枚のカード』 レイ・ゴールデン著 / 横山啓明
早川書房 (2005.10)
ISBN : 4150017778
価格 : ¥1,050
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