『グラックの卵』浅倉久志編訳(国書刊行会〈未来の文学〉)★★★★☆

「見よ、かの巨鳥を!」ネルスン・ボンド(And Lo! The Bird,Nelson Bond)★★★★☆
 ――アブラムスン博士の観測結果は驚くべきものだった。鳥。一羽の鳥が、宇宙の遙か彼方で羽ばたいているのだ。しかも、飛行方向は、太陽を目ざしているのだ。

 奇しくも「天王星海王星、それに、もうひとつ、えーと」だなんてセリフで幕を開けます。しゃれになんないスよぉ。「ホラ話」とか「バカな小説」とか書かれているから、どんなふざけた作品なのだろうと思っていたら、意外とシリアスというか、見るからにギャグという作風ではありませんでした。確かにスケールはでかいし奇想天外なんだけどさ。

 ネルスン・ボンドというと、『幻想文学』第66号に掲載されていた「街角の書店」(四篇だけじゃなくて、もう一篇訳されているんですよ、浅倉さん!)という幻想小説がとてもいい作品だったので、楽しみにしていました。

 形がそういう形だから、という単純な発想ゆえにバカバカしさも伴うものの、そのスケールがあまりにもでかいために、むしろ壮大さや荘厳さすら感じてしまう。ごまかし感のない突き抜けたところが愛くるしい終末パニックもの。
 

ギャラハー・プラス」ヘンリー・カットナー(Gallegher Plus,Henry Kutner)★★★★★
 ――「ありゃなんだ?」窓の外にあるのは、ある種の機械らしい。潜在意識が彼の心を乗っ取ると、なにが起こるかは予断を許さない。いま会話中のロボットを作ったのも、泥酔のさなかだった。「またやっちまったか……」

 自分が何を発明したのか探し続けるという、およそとんでもない設定の謎解きもの。なんで自分が何を発明したのかを探らなくてはならないのか? 酔いつぶれて記憶がないからである。酔いつぶれたときに現れる潜在意識こそがギャラハー・プラス。ギャラハー’(ギャラハーダッシュ)とかギャラハーその2とかくらいの意味ですね。

 アルファベット順に酒を飲む飲みっぷりがいい。作中の議員じゃなくともほれぼれしてしまう。「バーボン湖」よりもむしろ本篇の方が酒の印象は強かった。

 のっけから笑わせてくれる設定にもかかわらず(?)、真相はけっこうSFっぽい(科学っぽい)。それを何の予備知識も与えずに解説しだすから、読者にしてみればほとんど何も言われていないのと同じことなんだけれど、そういう無意味な説明を聞いて登場人物たちは納得(どころか賛嘆)しているのがおかしい(^^。

 本書中で一番ストレートに笑った作品でした。
 

「スーパーマンはつらい」シオドア・コグスウェル(Limiting Factor,Theodore R. Cogswell)★★★★☆
 ――超能力者たちはアルファ・ケンタウリ系に旅立った。新しい居住地を求めて。

 超能力にも限界がある、という、言われてみればしごくもっともな指摘をさらりと描いた好篇。いわゆるハードSFでこそないものの、超能力者も人間である以上は制限因子(Limiting Factor)にぶち当たるという姿勢は、もっとも科学的だとも言えます。
 

「モーニエル・マサウェイの発見」ウィリアム・テン(The Discovery of Morniel Mathaway,Williaml Tenn)★★★☆☆
 ――彼が“発見”された当日、ぼくはその場に居合わせたのだ。モーニエルはヘボ絵描きだった。ぼくが彼とつきあっているのは、彼の万引きの才能ゆえのことだった。モーニエルと部屋でしゃべっているときのことだ。部屋の壁に紫色の輪郭が浮かび上がった。

 タイム・パラドックスを扱った作品、というよりも、ユーモアSFとしては、未来人とモーニエルのやりとりにおかしみがあって、そこが読みどころ。モーニエルの絵がどれだけヘボな絵なのか、なかなか文章だけではわかりづらいものですが、未来人の反応を見るだけで、ヘボさ加減が目の前に浮かんでくる。
 

「ガムドロップ・キング」ウィル・スタントン(The Gumdrop King,Will Stanton)★★★★☆
 ――空飛ぶ円盤かな、と思ったそれは、林の中へ消えてしまった。パイロットは切り株に座っていた。背丈はレイモンドとどっこいどっこいだ。「ぼくの名前はコルコ。燃料補給中さ」

 いわゆる〈子どもの空想〉ものの変形でした。レイモンドにとっては、ガムドロップこそがスレドニ・ヴァシュタールの呪文。一冊の『デス博士の島』。ただ本篇の場合、単純に無邪気な子どもの空想とも言えかったりもするわけで。(少なくともトンデモ系の世界では)空飛ぶ円盤そのものがソ連の軍事兵器なんじゃないかという愚にもつかない噂がささやかれていた時代というのがかつてあったわけで、当時の現実に対する作者のものすごい敵意とレジスタンスを感じます。
 

「ただいま追跡中」ロン・グーラート(To the Rescue,Ron Goulart)★★★☆☆
 ――ふたりは駆け落ちする気らしい。高速クルーザーならすぐに追いつけるだろう。探偵事務所のビルは出発した。同じ頃、誘拐団の首領もふたりを追っていた。

 以前に一作読んだかぎりでは、ロン・グーラートはあまり好きではない。なんというか、笑いのタイプがこてこて系なんですよね。ただ単によくあるタイプというだけではなく、くどい感じ。本篇はそんなこともなく、クライマックスになればなるほど盛り上がりをおさえて簡潔に済ましてしまうひねくれた構成が面白い。最初のどうでもいいようなシーンの方がぐだぐだと長いんだもの。
 

「マスタースンと社員たち」ジョン・スラデック(Masterson and the Clerks,John Sladek)★★★☆☆
 ――「コツコツ働けば、会社はその努力に報いる」ヘンリーはその言葉を決して忘れなかった。マスタースン・エンジニアリングはそのビルの三階と四階を占めていた。三階では事務員が用紙をチェックする仕事をえんえんと繰り返していた。

 正常とのズレが笑いにも恐怖にも向かわず、なんだかわけのわからない世界ができあがっています。奇天烈としかいいようがない。シュールレアリスムだ。ジョン・スラデックというと、邦訳ミステリを読んだかぎりでは、愛すべきバカちんというイメージだったのに、こんなにヘンな人だったとは。

 閉じられた世界で閉じたことを繰り返すという、無意味な無限反復の悪夢こそ、実は現実のサラリーマン生活そのものなんじゃないかという黒い笑いを誘います。おかしな会社世界の中で描かれる話題が日常的なものであればあるほど、引き攣るようなおかしみに襲われました。
 

「バーボン湖」ジョン・ノヴォトニイ(The Boubon Lake,John Novotny)★★★★☆
 ――マイケルとジェイムズはあんぐり口を開けた。この土地には酒場がないらしい。妻に言われて森に散歩に出かけると、どこからか酒の匂いがしてきた。どうかしてしまったようだ。

 ユーモアSFといってもギャグからシリアスまでいろいろあるのだけれど、気楽さでは本書中でもいちばん。なーんも考えてない。酔っぱらいの見た理想の夢。
 

「グラックの卵」ハーヴェイ・ジェイコブズ(The Egg of the Glak,Harvey Jacobs)★★★★★
 ――ヒーコフ博士に託されて、ぼくは絶滅種であるグラック鳥の最後の卵をかえすことになった。手紙には「その筋の権威であるネイグルも、グラックの卵を狙っている。早急の行動を勧める」と書かれてあった。

 はじめのうちこそ何ともいいようのない不条理系ぐだぐだ話だと思ったけれど、グラックの卵を追いかけるあたりから楽しいスラップスティックになってきて、気がつけば引き込まれている。そして後半は、卵を持っていることから引き起こされるさまざまな困った出来事を、部屋の中だけで描くシチュエーション・コメディ。そしてやってくれましたラスト。いや〜バカですねえ。巨鳥よりも、酒の湖よりも、この作品が一番バカ。
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グラックの卵
ハーヴェイ・ジェイコブズ〔ほか〕著 / 浅倉久志編訳
国書刊行会 (2006.8)
ISBN : 4336047383
価格 : ¥2,520
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