『キラー・イン・ザ・レイン チャンドラー短篇全集1』レイモンド・チャンドラー/小鷹信光他訳(ハヤカワ文庫)

 傑作選じゃなくて短篇全集なんですね、と、ちょっとびっくり。本書は六篇中四篇が『ミステリマガジン』掲載新訳だから、本誌を読んでいる人間にはあんまりお得感はない。

 忙しくて本誌で読めなかった「スマートアレック・キル」と、本誌未掲載の「キラー・イン・ザ・レイン」「ネヴァダ・ガス」だけ読みました。ほんとは年代順に読み返した方がいいんだろうけどね。
 

「スマートアレック・キル」(Smart-Aleck Kill,1934)三川基好訳 ★★★☆☆
 ――呼鈴が鳴った。ジョニー・ダルマスはドアを開けにいった。ふたりの男が銃を手に入ってきた。「一時間待ってやるから一万ドル用意しろ、ウォルデン。この探偵は連れて行く」……戻ってみるとウォルデンは死んでいた。銃の製造番号は削り取られていたが、内側の番号は削り取られていなかった。

 『ロング・グッドバイ』を読んだあとだとよくわかった。わたしはチャンドラーの饒舌なへらず口が好きだ。だから三人称の本篇だと文章にあんまり面白味が感じられません。それと、ことさらに「利口ぶった殺人」というタイトルをつけていますが、逆効果なのでは。古畑とかコロンボとか本格ミステリではお馴染みの、真相を導く犯人の致命的なミス――が扱われているのだけれど、タイトルになっているわりにはたいしたギミックでもないというか。利口ぶった殺人よりも、激情に駆られた奥さんの方が効果的だった、というのが皮肉です。
 

「キラー・イン・ザ・レイン」(Killer in the Rain,1935)村上博基訳 ★★★★☆
 ――「おれの可愛い娘だ、カーメンてのは。スタイナーというやつにひっかかって、ばかをやってる。手を引かせてほしい」翌日の午後おそく、わたしは車をスタイナーの店の向かいにとめて待った。稲妻に似た白色光が洩れた。鈴をころがすような叫びがこだました。家のなかに死があることは確実だった。

 アイリッシュ短篇集でお馴染みの翻訳家さんです。一人称の主人公が警官に向かって「あのなあ、」なんて語りかけているのが独特でした。いやでも既に出来上がっちゃってる日本語による〈マーロウ〉というイメージを頭に思い浮かべずに、日本で初めて原文を翻訳するような気持で翻訳してみたとすれば、「いいか」などではなく「あのなあ」であってもまったく不思議はないのだと思う。いきなり依頼人に向かって一席ぶつのがもうアレである(^^)。物語自体は『大いなる眠り』の前身だけど、やはり短篇版の方がすっきりまとまっている。
 

ネヴァダ・ガス」Nevada Gas,1935)★★★★☆
 ――キャンドレスが車に乗り込むと、ドアマンは運転手に行き先を告げた。車のなかは暑かった。彼は窓を開けようとした。レバーが動かない。不意に、シューシューという音がしはじめ、アーモンドのような匂いが感じ取れた。座席ではキャンドレスが動かなくなっていた。

 これは通俗ハードボイルドというか、アクションハードボイルドというか、普通に刑事ドラマとかアクション映画みたいに楽しめた。三人称で、マーロウとは性格も違う探偵が、ぶいぶいカッコつけて殺し屋ギャングとまみえる。とにかくカッチョイイの一言である。クールじゃなくておセンチな女関係も古き良きハードボイルドしてる。
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