『ミステリマガジン』2008年6月号No.628【ミステリ史を覆す! 世界バカミス宣言】★★★★☆

 バカミス特集である。極端な話、ディクスン・カー特集のことをバカミス特集と称することだって可能なわけで、特集のノリはおバカだけれど掲載作品は真面目なものも多い。『このミス』でお馴染みの嘘んこ広告ページもあり。

「ミステリ氏を覆すためのバカミス再入門」小山正
 一言でいうと、どんな意味でも過剰に突き抜けているところのある作品ってことかな。カミの『Krik-robot(機械仕掛けの探偵)』とA・D・G『病める巨犬たちの夜』が紹介されてます。どちらも古本で一万円近くするので、是非とも翻訳・復刊してほしいところ。
 

「ミステリ小説を愛した男」ビル・プロンジーニ&バリー・N・マルツバーグ/山本俊子訳(The Man Who Loved Mystery Stories,Bill Pronzini & Barry N. Malzberg,2000)★★★☆☆
 ――私はあらゆる型の、あるいは型外れの、とにかくミステリと名のつくものすべてに魅せられてきた。妻によれば、これが私の欠点の最たるものだという。

 狙ってるのかマジなのかがよくわからないのがプロンジーニの不思議なところ。タイトルから言ってもネタなんだろうけれど、文章がシリアスタッチなんだよなあ。
 

「廃品置き場の裏面史」R・A・ラファティ浅倉久志(Junkyard Thoughts,R. A. Lafferty,1986)★★★★☆
 ――厳格きわまりない警察官、ドラムヘッド・ジョーがたずねた。「いとこはどこだ?」ジャック・キャスは質屋だ。「J・パーマーになんて一度も会ったことがないんだぜ。おや、ジャンクヤード」ジャンクヤードは大きな茶色の犬だ。

 なんと『ミステリマガジン』にラファティ登場。翻訳も浅倉久志。きっちり辻褄の合っているような、よくわからないような、ヘンテコな独特の味は健在。始まりこそ犯罪小説風だが、すぐにジャンル無用の世界に突入します。青いコンタクト・レンズ越しの目力がかっこいい。
 

「三つのコント(悲劇のカーニバル/ホラホラ男爵の冒険――リリパット王国篇/インドのドラマ)」カミ/高野優訳(Carnaval Tragique/Le Baron de Crac PlusFort Que Gulliver!/Les Drames de L'Inde,Cami)★★★★☆
 ――嬉しいこと。夫は旅行に出かけてしまった。もうすぐ恋人がやってくる。(闘牛士の仮装をした恋人やってくる)おお、いとしの恋人よ。約束どおり、ぼくは闘牛士の格好をしてきた。♪黒い瞳のスペイン娘 オレッ! 闘牛士に恋をした モエッ!

 カミの、それもよっぽどのことがないと訳されそうにない戯曲を訳載してくれたのは嬉しいけど、1mmもミステリじゃないよっ! 『Krik-robot』を訳載しなかったのは、翻訳出版の当てがあるからだと信じたい。
 

「世界バカミス宣言/エッセイ」
「妄想版・東西奇想派探偵の頂上対決」芦辺拓

「イギリスのバカミスたち」宮脇孝雄
 う〜む。関西文化に馴染みのない人間としては、「いちびり」とか言われても余計にピンと来ないのだが、カー作品を「無意味なくすぐり」と言われると、ああ納得。ほかにピクウィック・クラブ、レオ・ブルース、そしてグラディス・ミッチェルのおバカ具合について。カーやディケンズはともかく、グラディス・ミッチェルまで行くとついてけないんだよなあ。。。

「おバカな、おーバカ・ミステリ映画よ!」渡辺祥子
 『氷の微笑』がバカミス映画か。なるほど。映画の適当な作りやぼうっとしている観客を、否定的にではなく、そこがミステリ映画ならではと好意的に捉えるのも面白い。『ユージュアル・サスペクツ』なんてミステリサイドなら「叙述(?)トリック」の一言でまとめちゃうものな。
 

バカミス基本ベスト10」小山正
 『オルメス』『魔女が笑う夜』『妖異金瓶梅』といった定番から、著者にかかれば泡坂妻夫『湖底のまつり』までもがバカミスになってしまう。雰囲気にすっかり騙されて幻想ミステリの傑作だ!なんて思っていたけど、言われてみれば確かにバカかも……。いや幻想ミステリの傑作には変わりないんだけど。
 

「第1回世界バカミス・アワード イベント・リポート」杉江松恋
 小山正・杉江松恋霞流一トーク+ノミネート十一作品紹介。エドマンド・クリスピンやグラディス・ミッチェルは当然として、「エドワード・リア『ナンセンスの絵本』=サザエさん」説も飛び出しました。バカミス・アワードは『狂犬は眠らない』に決定、作者のコメントも届くという凄いことに。
 

「コンドル・ネット」ジェイムズ・グレイディ/池央耿訳(Condor.net,James Grady,2005)★★★★☆
 ――コンドルはインターホンに口を寄せた。「コーヒー・マシンが故障した。ひとっ走り行ってくる」「ずるいぞ!」同僚がいっせいに仕切りから顔を出した。やがて秘密諜報員の六人はスターバックスに繰り込んだ。コンドルは洗面所に急ぎ、携帯で上司を呼び出す。売り場では禿の男が機関銃を抜き放っていた……。

 原題が既にバカなんですが……。『狂犬は眠らない』の紹介文に「あの『コンドルの六日間』の」みたいなことが書かれていて、「どの」だよって思ってたんだけど、ロバート・レッドフォード『コンドル』の原作なのか。なーる。ていうか、コードネームだけじゃなくて、展開から何からほとんど同じところが……。作品自体は真面目なスパイ小説なのだが、ところどころにバカが滲み出てます。
 

「死ダルマ墓場 夕陽はかえる・外伝其の二」霞流一

「泣く子」飯野文彦
 

「痛がる《ソア》橋の問題――その他いろいろ」ハリー・マンダース(P・J・ファーマー)/日暮雅通(The Problem of the Sore Bridge --Among Others,Harry Manders(Philip José Farmer),1975)★★★★☆
 ――ドアを開けると、そこに立っていたのはラフルズだった。「退屈しているようだね、バニー? 今夜ぼくらは、宝石を盗みに行くんだ!」目指す建物に続く小道を歩きはじめたとき、茂みのなかで何かが動いた。ラフルズが見知らぬ相手のあごに一発くらわせた。「こいつは名高いジャーナリストイザドーラ・ペルサノだよ!」

 ラッフルズ(訳者はラフルズと表記)とホームズのパロディ。パロディやパスティーシュ、特に二重のパスティーシュの場合、オリジナルに忠実であろうとするあまり、設定に縛られて窮屈な作品になりがちなのだけれど、この作品の場合それに加えて語られざる事件ものでありながら、実にのびのびとしています。

 バカミス特集はここまで。
 

「映画『ミスト』」風間賢二
ランボー 最後の戦場」
「『譜めくりの女』監督インタビュー」
 『ミスト』はキング「霧」の映画化。人間の怖さ云々というのも何だか食傷気味。とはいえ『譜めくりの女』はもの凄くエグイ復讐綺譚っぽくて気になる。
 

「迷宮解体新書 第6回」澤見彰
 『燃えるサバンナ』がミステリYAの一冊として刊行されているようです。でも基本はファンタジーなのかな……?
 

「私の本棚 第6回」山野辺進
 すげえ(^^;。こういう仕事場を見ると、職人さんって感じがしていいなあ。

「私もミステリの味方です 第6回」テンプル大学教授ジェフ・キングストン
 

「独楽日記」佐藤亜紀(第6回 とことん糞のような『マイスタージンガー』を見ちまったぜ、ちっ)

「ミステリ・ヴォイスUK 第6回 ポーの魅力」松下祥子

『藤村巴里日記』第14回 池井戸潤

「夜の放浪者たち 第42回 平林たい子「投げすてよ!」後編」野崎六助

「新・ペイパーバックの旅 第27回=シグネットの初期PBO」小鷹信光
 秋頃に『新・パパライスの舟』復刻増補版が刊行予定とのこと。楽しみだ。
 

「書評など」
◆河出ミステリーからはジェイムズ・パウエル『道化の町』ジェニファー・イーガン『古城ホテルは、囚人の書いている、古城が舞台の作中作という設定だけでも奇妙な魅力がある。

レジナルド・ヒル『ダルジールの死』。初めて読むダルジールものが本書だったという、あまりよい読者ではないわたしなのだが、かえって妙な期待や不安を持たずに読めてよかったんじゃないかとも思う。

◆アブナー伯父はけっこう好きなんだけど、メルヴィル・デイヴィスン・ポースト『ランドルフ・メイスンと7つの罪』は買うのを躊躇していた。弁護士が法律の抜け穴を入れ知恵する(しかも当時の実際の判例を引き合いにして)という、なかなか面白そうな作品のようです。そのうえ、長崎出版のGem Collectionの装幀がいつのまにかお洒落になってるみたいです。前の渦渦よりもこっちの方がいいな(あれはあれでいかにもクラシック・ミステリっぽいけれど)。

◆短めの書評のなかでいかに独自色を出すかが評者の腕の見せ所。とするなら、今月号では福井健太氏の石持浅海評が面白かった。「その最大のキャラクター性は倫理観の欠如にある」「石持作品にはユニークな倫理観が頻出する」。おお、なるほど、これまでは欠点のように言われていた部分を、個性と捉えたのですね。個人的には、物は言いようというか詭弁のような気もしますが、自分では思いも寄らないこういう視点はやっぱり読んで面白い。

「文芸とミステリの狭間」風間賢二
 エイミー・ベンダー『わがままなやつら』

「SFレビュウ」大森望
 森岡浩之『騒がしい死者の街』

ポルトガルの四月』第09回 朝暮三文
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