『パリの異邦人』鹿島茂(中央公論新社)★★★★☆

 鹿島茂のエッセイの魅力は、第一に日本人にはわかりづらい文化や時代背景を指摘して、その文学作品や描かれた場面の意味をがらりと変えてしまうところにあります。

 19世紀パリにおける病院や産院の意味、パリのアメリカ人にとってのカフェとモンパルナス、オーウェルが暮らした現実のポ=ド=フェール街と架空のコック・ドール街の違い、パリにおけるホームレスの意味……これだけでも存分に面白い。下手な人が書いたならただの註釈になりかねない話なのに。

 冒頭で著者は試みに、パリを「陰パリ」「陽パリ」と分けています。日本人のパリへの憧れを、明るく陽気で自由気ままな青春を謳歌できる「生都」としてのパリと、青春の暗いパトスを仮託するための陰鬱な「死都」としてのパリ、の二種類に分類します。すごく乱暴なように見えて、なかなかどうしてものすごい説得力です。読んだ瞬間「ああ、なるほど」「いやわかる」と納得してしまいました。

 そうしておいて「陰パリ」憧憬の本尊たる『マルテの手記』へと話題は移ってゆくのですが……。

 現実のパリと文学作品の、双方に精通しているからこその手さばき。ものごとが立体的に見えているというか、複眼の持ち主というか、著者の持っている厖大な情報量をコンパクトに読めちゃうわたしたちは幸せです。
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