『S-Fマガジン』2009年04月号No.636【「ベストSF2008」上位作家競作】

「My Favorite SF(第40回)」上田早夕里
 ティプトリー・ジュニア『愛はさだめ、さだめは死』。

「人類の“加速”する進化を描く大作『アッチェレランド』の世界」

「日本SFの傑作、世界へ羽ばたく」
 現代日本SF専門の米出版社レーベル〈HAIKASORU〉から第一弾四作が発売されたそうです。なるほどアニメや漫画は人気あるのだからSF/ファンタジイに特化する、というのは正しいような気もします。小川一水桜坂洋乙一野尻抱介の四作品。
 

「夜の記憶」岸祐介(貴志祐介★★★★☆
 ――a-1 強い違和感の中で彼は目覚めた。彼は腹腔の中で内臓をぐるりと取り巻いている嚢を膨らませて、海底から浮き上がっていった。……b-1「どうして泳がないの。気持がいいわよ」オリメに声をかけられて、彼は飛び上がりそうになった。「こんな素晴らしい景色も、もう見納めね」「まだ機会はあるかもしれない」「ええ。私たちにはね。でも私たちの思い出には……」

 ハヤカワ・SFコンテスト受賞第一作の再録。海底生物の世界と、終末らしき世界の男女が交互に描かれています。ふつうであれば甘酸っぱい思い出でしかないかもしれない男女のやりとりを、人類の記憶にまで広げてしまうスケール感。これはSFでなくてはいけません。いやむしろ壮大すぎてよくわからないスケールを、誰にでもわかる経験に落とし込んだというべきでしょうか。いずれにしても、読み終えてからタイトルを改めて目にしただけでぐっときてしまいます。
 

「無限分割」ロバート・チャールズ・ウィルスン/金子浩訳(Divided by Infinity,Robert Charles Wilson,1998)★★★★☆
 ――ロレインの死の翌年、わたしは自殺を六度考えた。六回の死。いや無限回だ。その六倍だ。しかし当時、わたしはそれを知らなかった。ロレインが働いていた古書店ジーグラー老人は、葬儀に参列してくれたので、礼を述べておきたいこともあってわたしは古本屋を訪れた。「わたしたちはいま毎日、若かったころのSFのなかで生きていると思いませんか?」

 昔『時に架ける橋』を読んだときには、甘々なファンタジーだと感じたような記憶があるのですが、そういうファンタジックな味を残しつつも、もっと硬質な作品でした。SFを系統的網羅的に読んできたとは決していえないので、こういうタイプの「不死」の発想がありふれたものなのかどうなのかがよくわかりませんが、わたしにはこの発想だけでも面白かった。世界の秘密(?)を知るきっかけが、古書店で見つけた「存在するはずのない本」だったというのが、本好きの心をくすぐります。終盤になってからの一人称の現在形というのがめちゃくちゃ緊張感を高めてます。
 

「ひな菊」高野史緒★★★☆☆
 ――チェロ奏者の旅は狂った母親の旅そのものだという。曰く、何処へ行くにも子供の棺をかついで歩く。ニーナはどうにかレニングラードに到着した。高名な作曲家から、『才能ある市民音楽家のためのキャンプ』に招かれたのだ。特別なことを期待していたわけではないが、作曲家の夫人が有名な研究所の物理学者だと聞くと、失望に似た感情を覚えた。

 ソ連・ロシアといえば(?)リアルにトンデモ科学が跋扈していたという印象があります。そこにもうひとつのトンデモをぶつけておいて現実のウィルス学で補強しているのですが、補強としてはちょっと弱い。でもその学説が作品世界で事実だと断言されているわけではないので(というかむしろ否定されてる?)、もうひとりのトンデモ学者が空想したただの仮説だと思えば、ロシアネタをうまく活かした作品といえるでしょうか。遺伝の話であるだけに、大女という設定が意味ありげなのですが、よくわかりませんでした。「私に夫がいるなんて……」というせりふのあたりがなんだかロシア文学っぽい。
 

「よろこびの飛行」×イ・ブラ×ドベ×(ジョン・スラデック)/柳下毅一郎(Joy Ride,R*y Br*db*ry(John Sladek),1972)★★★☆☆
 ――少年は祖父の話を聞こうと座った。「よいか、古きときは善きときだった。お金も本物だった。銀貨一枚でアイスクリームが買えた」「『あいすくりーむ』って?」「そりゃ旨かったとも! あれに負けないのは切手の味くらいだな。せっかちだ。せっかちのせいで、政府は郵便局を閉めて、図書館に鍵をかけた……」

 熱心なブラッドベリファンではないわたしにはよくわかりませんが、最後の文章はあるいはブラッドベリ作品からの引用なのでしょうか? そうではないとしても、いかにもブラッドベリが書きそうなフレーズではありますが。てゆうか、そんな場面でそんなフレーズ使っちゃいけません(^_^。叙情的になってる場合じゃないだろ!
 

「おまかせ!レスキュー Vol.130」横山えいじ

「精を放つ樹木」平山瑞穂★★★★☆
 ――デザイナーだった夫は、結婚して一年も経たないうちに、交通事故で全身麻痺の身となった。自分の境遇を、香住はとりたててつらいとは思わなかった。宇賀茂夫人とは、フィットネスクラブで知り合った。「あなたはきっと、今住んでいるところからあまり離れたことがないのね」

 二章目の最後がなにげにちょっと怖かったり、全体的にホラー・テイストの強い作品です。精神的なストレスにさらされた主婦が、どこか何かがズレた夫婦との出会いをきっかけに、異界を垣間見始めるような、〈はっきりしない不安〉のようなものが終始つきまとっている(ある意味)いや〜な(でもそれが心地よい)作品でした。
 

「SFまで100000光年 67 地球の長いアレ」水玉螢之丞
 いつにもまして、わかる人にしかわかんない。感じの文章でした。
 

「MEDIA SHOWCASE」柳下毅一郎・添野知生他
◆『サスペリア』完結編だそうです。サスペリア・テルザ』。スチールだけ見るとふつうの映画っぽくて、名前だけ借りた別人の映画みたいでちょっと驚きます。

とある魔術の禁書目録には、「右手に触れた途端、異能の力は全て打ち消される」という能力だけを持った主人公が魔術師たちと戦うという設定が面白そう。「かっこいい」という戦闘シーンだけでも見てみたいものです。もうひとつのアニメRIDEBACKでは、オートバイの魅力が紹介されているのですが、文章だけではさっぱりわかりません! というわけで実際に観てみたら、直立しているところだけ見るといったい何考えてこんな不安定な乗物作ったんだという感じなのですが、なるほど動き出すと人型ゆえのしなやかさが存分に発揮されてました。「腕」の部分がコーナリングで微妙にバランス取ってたりとか。

◆DVDからは26世紀青年『地球が凍りつく日』『地球が静止した日』といった便乗ものが目白押し(とはいえ『静止した日』以外、原題は無関係みたいですが)。こういう流れで並べられると、リメイクのアンドロメダストレインすら便乗ものに見えてしまいます。ほかには、『きまぐれロボット』が実写化!? 音楽がコーネリアスなのはともかく、主演が浅野忠信というのがひっかかります(浅野忠信自体は悪くないのですが、このひとミニシアター系や小作品の映画に出過ぎの感じなんですよね。。。何を見ても浅野忠信

『ヴァイスの空』の著者のことばが引用されていて、曰く(特撮ドラマなどが)「子供目線でやってないところに腹が立つ」。こういう発言をしてくれると読みたくなりますね、うん。ただし「想定していた層(=子供?)よりも『同年代の人間やネット上』の反応が良かった」んだそうです。。。
 

「SF BOOK SCOPE」林哲矢・千街晶之牧眞司長山靖生・他
◆今月いちばん気になるのはこれ、丸楠早逸『怒矮夫風雲録 闇の覇者』でしょうか。マルクス・ハイツ『ドワーフ風雲録』に三国志魂を感じた訳者が三国志風に訳した怪著です。評者によれば三国志というより正統なファンタジイだそうですが。こういう試み自体はたまにありますが、表紙や奥付まで統一したのは珍しいと思います。しかも趣味的なジャンル本ならともかく、映画化決定作品をこんな個性的な訳で出してしまうとは蛮勇?快挙? いや時期を考えれば便乗本?

◆ほかにはチャールズ・ストロス『アッチェレランド』、キアラン・カーソン『シャムロック・ティー』、フィッツジェラルド『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』、ノーマン・ロック『雪男たちの国』あたりがチェックです。
 

「地球移動作戦 第10回」山本弘
 ――「セカンド・アース」VS「アース・シフト」の討論は、AIDOLと少女の対決となった!(袖惹句より)

 ノックスの十戒アシモフの三原則を破るというのも一つのパターンですが、ミステリ的にとかシチュエーション的にではなく、科学的(?)なところが著者らしいと思います。結果的に、割り切れているはずなのにすごいもやもや感が残ることになりました。
 

「透明人間が瞬間移動するとどうなるか」椎名誠《復活!椎名誠ニュートラル・コーナー13》
 確かバックナンバーの「SF BOOK SCOPE」でも取り上げられていた『サイエンス・インポッシブル』をシーナさんも愛読のご様子。

「《霊峰の門》第17話 乱風楓葉 伍」谷甲州

戦闘妖精・雪風 第三部 アンブロークン・アロー(第5回)」神林長平

大森望の新SF観光局」4 当節オリジナル・アンソロジー事情
 テッド・チャンの新作が、すでに『SFマガジン』訳載決定だそうです(^^)。

「デッド・フューチャーRemix」(第79回)永瀬唯【第13章 ハイ・フロンティア】

「(They Call Me)TREKDADDY(Log.24)」丸屋九兵衛

「MAGAZINE REVIEW」〈インター・ゾーン〉誌《2008.9/10〜2008.11/12》東茅子

「SF挿絵画家の系譜(37)深井国(後篇)」大橋博之

「サはサイエンスのサ 169(ドリーム・マシンが実現するかも その2)」鹿野司
 

「センス・オブ・リアリティ」

◆「動物界最強のバリア」金子隆一……何の話かと思ったらカメの話でした。先ごろ見つかった原始的なカメの化石は、腹側の甲羅は完成していたのに背側は未完成だったのだそうです。面白いなあ。いったいどういう進化をたどったのだろう。

◆「崩壊する労働現場と心の病」香山リカ……「投資うつ」「解雇うつ」「背負い込みうつ」。。。なんだか世界中の人が鬱病みたいに思えて来ます。
 

「READER'S STORY」齋藤想「何かの間違い」

「朝暮三文インタビュウ」

イリュミナシオン(18)」山田正紀
 

「都市彗星《バラマンディ》のサエ」小川一水★★★☆☆
 ――「うわあああ!」悲鳴をあげながらサエは長い長いトンネルを落下し、ドサリと柔らかいものにぶつかった。ふざけてダクトを覗き、冗談で踏み込んだだけなのに。一瞬、夢を見ているのかと思った。通廊都市とも言うべきバラマンディに、地球の針葉樹林のような森があるはずはない。「出口、どこだろ……」「そっちは危ない」振り返ると、金髪の少年がいた。「ここは緩衝林だ。公園ではない」「きみは、なんでこんなところに?」

 ちょっとライトノベルよりの作品です。そういえばジュール・ヴェルヌの時代には、フィクションのなかで月へ行くのも国家的規模のプロジェクトでした。本篇の舞台は宇宙未来世界(?)とはいえ、ほかに野尻抱介作品なんかを読むにつけても、等身大(?)の高校生・大学生が青春小説ノリでハードSF的に宇宙に飛び出したりや科学に取り組んだりしても、もうまったく違和感がないんですよねえ。。。(等身大ではないか、キャラ立ちですもんね)
 

◆あとがきで林氏がクウガの変身のことを「正気か」と書いていたので、いったいどんなものかと思って見たら、つっこみどころが多すぎてどれのことを言っているのかはわからなかったけれど、うむむ、足をクワガタの鋏に見立てた時点で勝負あったような。。。仮面ライダースケキヨだ。蟹ばさみ状態で攻撃するヒーローって。。。可動式フィギュアとテレビの変身姿の妥協点だったんだろうけど。首もねえ、ロボットの変身なら違和感ないんだけど。背中から何かをむにむに引っ張り出してたし。でも玩具的にはがちゃがちゃできて面白いのかも。
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