『ミステリマガジン』2009年12月号No.646【特集 メディカル・ミステリ処方箋】

 「メディカル・ミステリ」というと、社会悪を糾弾するサスペンスか、ウィルスなんかのパニック・サスペンスを連想しますが、広く医者や病院が登場する作品が扱われています。今月号は収録短篇が多い。アンソロジー『Diagnosis: Terminal』の抄録。ミステリで人が死ぬのは当たり前なのに、医療ミステリは続けて読むとなぜか気が滅入りました。

「迷宮解体新書24 飴村行」

「大乱歩展レポート」

ロビン・クック来日インタヴュー」

「兼業作家同盟・海堂尊氏、医療小説について語る」海堂尊
 ――現役医師の超人気作家が医療小説と文壇を縦横無尽に切る!?(袖コピーより)

 小説という一応の形とインタビューの内枠を使って、言いたいことをごった煮に詰め込んだ作品。ほぼ医療ミステリ論と内輪のゴシップが占める。
 

「慈悲の天使」ビル・プロンジーニ山本やよい(Angel of Mercy,Bill Pronzini,1996)★★★☆☆
 ――流れ者の医者ミス・マーシーの与える慈悲とは――(袖コピーより)

 流しの医者の出てくるミステリー・ホラー。お約束のよさ。
 

「ドクター・ジョー」チェト・ウィリアムスン/羽田志津子訳(Dr. Joe,Chet Williamson,1996)★★★☆☆
 ――死の間際、町医者は自らの過ちを告白する。(袖コピーより)

 評判のよかった医者の意外な素顔。医者の倫理。
 

「最後の一刀」カール・エドワード・ワグナー/中村融(Final Cut,Karl Edward Wagner,1996)★★★★☆
 ――ドクター・メレディスの病院に、いとこのボブが入院した。(袖コピーより)

 病院の匂いが漂って来そうなやりきれなさ。病院では読みたくない徒労感と喪失感。
 

「ムジナ診療所」腹肉ツヤ子
 なぜ狢!?
 

「プロスパー・ベイン、〇五四〇九〇二一号」ビリー・スー・モジマン/高山真由美訳(Prosper Bane, 05409021,Billy Sue Mosiman,1996)★★★☆☆
 ――ハムラビは、スリーポインツ刑務所を支配する医師だった。(袖コピーより)

 病院の次は刑務所。体力の落ちたところに精神的苦痛を与えられたようなもので、どんどんげんなりしてくる。
 

「取り出してくれ」トマス・T・モンテレオーニ/操上恭子訳(Get It Out,Thomas T. Monteleone,1996)★★★☆☆
 ――開業医のサムに電話をかけてきた恐ろしい男の要求は?(袖コピーより)

 誘拐事件。ミステリらしくなってきてほっとする。なのに結局は気持ち悪い。サムも変。
 

「伝染病における海外ノンフィクション」東えりか/「入院時に読みたい「海外メディカル・ミステリ」ガイド」小山正
 メディカル・ミステリ・ガイド。
 

「オフショア」F・ポール・ウィルスン/猪俣美江子訳(Offshore,F. Paul Wilson,1996)★★★★☆
 ――テリーは手術を待つ老夫婦を乗せ、嵐の海に漕ぎ出す。(袖コピーより)

 最後にこういう希望のある作品を持って来てくれて、救われた気分。法律の網の目をくぐって船上病院に医療器具を届ける運び屋の話。
 

「翻訳ミステリ応援団!」(6)
 今回のゲストは出版社営業。要するに「現場」の人たちなわけで、これまででいちばん危機感を持っているんじゃないでしょうか。
 

 今月はエッセイはほぼパス。
 

書評など
◆スウェーディッシュ・ミステリ『催眠術師(Hypnotisören)』ラーシュ・ケプレルは、発売前から翻訳権が売れたという話題作。一家殺傷事件で生き残った長女を守るため、意識のはっきりしない長男に催眠術をかけて証言を引き出そうとする警部。医師はある事情のせいで二度と催眠術は使わないと誓っていたのだが……。という話です。北欧ブームだし、内容的にもこれはきっと翻訳されそうな感じなので楽しみ。

◆DVDはポルトガル『忘れ得ぬ女』はサスペンス。「両方の事件をエイヤッと結びつける方法が、「ひゃー、この手があったか!」という意表をついたもの」だそうで、過度に期待せずに見ると面白そう。

◆一旦「これは買うのはやめよう」と思っていたものでも、やっぱり紹介されているのを読むと面白そうだなあ。ジム・ケリー水時計なんて、「『ナイン・テイラーズ』からインスピレーションを得た」と書かれてしまっては。創元ではD・M・ディヴァイン『災厄の紳士』も、「本格ミステリは死んだ、と思っていたあの時代に、こんな作品をバリバリ発表していたなんて」という心惹かれる紹介文でした。

レックス・スタウト『黒い山』は、「バカミス」「こんなに笑える〈ウルフ〉シリーズ」とあって、ナルホドそういう読み方をするべきなのかと膝を打つ。アーチーのへらず口が少なくて、ちょっと途中で読むのをやめていたのだけれど、再チャレンジしてみよう。アリアナ・フランクリン『エルサレムから来た悪魔』は中世イングランドの時代ミステリ。

詠坂雄二『電氣人間の虞』は、「海野十三」だの「好事家には必読」だの胸躍る文字が。

マット・ラフ『バッド・モンキーズは、「必殺仕置き人」タイプの組織のメンバーがヒロインの、「ポップでマジカルな作風」の作家たちの一人による作品。「ユージュアル・サスペクツ」とか「シックス・センス」だそうで、これは楽しみ。

◆今月は周辺書が充実している。小林信彦黒澤明という時代』、山田宏一和田誠ヒッチコックに進路を取れ』、住田忠久編著『明智小五郎読本』。黒澤の闇市のセットについての小林の言葉や、『疑惑の影』の煙についての和田誠の言葉など、この人たちだからこその物の見方に感動すら覚えます。明智本は昨今のお手軽読本ではなく、全973ページ8,190円という大ボリューム。

池上冬樹氏が「翻訳ミステリー大賞シンジケート」に一言。この欄で苦言を聞くのも久しぶりな気がする。
 

『トッカン 特別国税徴収官』(2)高殿円

「郭公の盤(14)」牧野修田中啓文
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