『悪魔黙示録 「新青年」一九三八 探偵小説暗黒の時代へ』ミステリー文学資料館編(光文社文庫)

 大阪圭吉目当てで購入。

「猟奇商人」城昌幸 ★★★☆☆
 ――「今晩は……お見受けしたところ、大変、御退屈そうですね……それで居乍ら、スリル、刺戟と云ったものを求めていらっしゃる……そこで、どうです? 一つ、面白い事を経験なさる気はありませんか?」

 いかにもショート・ショートというべき趣向の作品。久しぶりに読むとこういうのも新鮮に感じられます。未経験&罪悪感こそ刺戟に必要なものであり、なおかつ危険はともなわない、という作中人物の主張を満たす頓知比べのような楽しさがありました。

 

「薔薇悪魔の話」渡辺啓助 ★★☆☆☆
 ――盗まれた妻の帯は、私が見立てて買って来た品である。あんなにも美しく露出させたその銀灰色の薔薇の刺が、女人の柔肌に突き刺って、滴々としたたる血汐が紅暈に花びらへ浸み込んでいったのではあるまいかと思わせるものがあった。喫茶店で、その帯をした女客を見かけたのである。

 記号のように「取りあえず耽美」というのが、「探偵小説」の悪いところです。淫靡な想像を掻き立てる柄が似合う女だから本人も変人であるに違いないという先入観(?)を逆手に取ったような反転構図ですが、そもそもの前提がおかしいような。蓋を開ければ変態男二人とまともな女二人しかいない話だったのです。

 

「唄わぬ時計」大阪圭吉 ★★★★☆
 ――或る晩、道具屋から拾いあげて来た一箇の目醒時計であるが、どうしたわけか時刻が来ても唄わなかったりするのであった。そこで第三流の骨董類がむしょうに好きな、牧という男に時計の話を持ちかけて見た。すると今日になって、予期しなかった妙な手紙を受取ったのであった。「あなたの贈物は、まことに大変な、それは恐ろしいと云い得るような、秘密のいとくちを与えて呉れました……」

 手品師の右手。読者の目を真実からそらすための仕掛けが、作品そのものと作中の事件のいずれにも同じようにほどこされているという構成の点で、作品としての完成度が高い短篇です。ただし作品に仕掛けられた方の目くらましがマクガフィンに近いのがもったいない。戦意高揚的な動機ながらそれをミステリに織り込んでいるところも巧みでした。

 

オースチンを襲う」妹尾アキ夫 ★★★★☆
 ――英国文壇の著名な小説家ブリットン・オースチン氏が、日本へやって来たという新聞記事を見たのは、十一月のことであった。オースチンが! 私は彼の作品のうち六篇を飜訳している。私はどうしても彼に会わねばならぬと思った。

 エッセイ。オースチンって誰だ?という感じなのですが、好きな原作者に会えるというので訳者がかなり舞い上がってはしゃいでいるのが伝わって来て、思わず親しみを感じるエッセイでした。

 

「懐しい人々」井上良夫 ★★☆☆☆
 ――私は元来厳粛な探偵小説が好きであるから、やはり人物に就いてもそういう色合いの人が好きであるらしい。そんな好みであるから、「月長石」に現れたカッフ探偵やグリーンの作に出たエベネザー・グライス、ポーストのアンクル・アブナーなど大いに好きな人々である。

 エッセイ。文中に出てくる作品が古すぎてわからないものばかりなのですが、それがすごくつまらなそうなものばかりに感じられてしまいました。

 

「「悪魔黙示録」について」大下宇陀児

 

「悪魔黙示録」赤沼三郎

 本書のメインとなっている長篇ですが、埋もれた傑作というわけではなく、『幻影城』にも再録されたことがあるそうです。どうしても長篇だと古くさい謎解きものになってしまいますね。

 

「一週間」横溝正史 ★★★☆☆
 ――特種という奴は道端に転がってやしないぜ。事件は作るもんだ……部長に発破をかけられた宇佐美は、かつて売名目的で心中をした史郎というやさぐれ者に再会した。すっかり落ちぶれていた史郎は、ふたたび心中をしたがっていた。

 新聞記者が紙不足を嘆くところから始まるという、いかにも世相を反映した場面が印象的でした。特ダネをでっちあげるために殺人を擬装したはずだったのだが、当の本人が実際に殺されて……という謎の真相には何も妙味はありませんが、ユーモア・サラリーマン小説のような結末には物悲しいものがありました。

 

「永遠の女囚」木々高太郎 ★★★☆☆
 ――「あなた、又桂が変なことをしたのよ」繁之は自分のことのようにギョッとして、妻の顔を見た。正子の異母妹の桂が、或る青年と駈落ちしたらしい。大地主であった父の久右衛門が、桂には何の相談もしないで、後妻である桂の母親を離縁したことがあった。「お母様が離縁になって、悲しくないのかね」「いいえ、悲しいわ」ちっとも悲しくなさそうに、そう言った。これが十八歳の桂であった。

 作品のポイントは、一つには「なぜ自分が殺したと嘘をつくのか」という謎の動機を二重に張りめぐらせているところです。一つ目の“平凡な”動機が明らかになったところで、「犯行に居合わせた目撃者がなぜ真犯人を誤認したのか」という新たな謎を立ち上げて来る展開が巧みでした。しかしながらその謎も、「無理にトリックを取り入れなくても。。。」という出来でがっかりさせたところに、二つ目の真の動機が明らかになるという、二度がっかりさせて二度びっくりさせるといった面白い構成でした。でも肝心の観念の動機が、いかにも頭で考えましたという感じで。。。

 

「蝶と処方箋」蘭郁二郎 ★★★☆☆
 ――見晴台あたりで逢う少女は、コバルト色の色眼鏡に、その美貌の焦点をかくしていた。「しかも――だよ」古川が言った。「彼女はたえず何ものかに脅かされている――らしい」成るほど、それは牧野も気づいていた。色眼鏡の少女は、時々何かを探し求めているように、あたりを見廻すのがくせである。

 時局を反映させた内容の、ユーモア作品。あらかじめ当事者間でルールを決めておかれた暗号なら、任意にどう読もうとも勝手なようなものですが、真の読み方に説得力のあるルールが用いられているため、誤読をひっくり返す場面にも膝を打ちました。

  [honto] 


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