『パイは小さな秘密を運ぶ』アラン・ブラッドリー/古賀弥生訳(創元推理文庫)★★★☆☆

 『The Sweetness at the Bottom of the Pie』Alan Bradley,2009年。

 ミステリマガジン2012年2月号で紹介されていた『水晶玉は嘘をつく?』が面白そうだったので購入。

 化学が趣味(の域を越えています!)の11歳の少女フレーヴィアが、当初は知的好奇心から(?)、後には父の疑いを晴らすために、みずから殺人事件の謎に挑みます。

 くちばしに切手の差された小鳥が玄関に置かれているのを見て、父親のド・ルースは激しく怯えた。やがて父親が「人を殺した」ことで脅迫されているのを立ち聞きしてしまったフレーヴィアは、翌朝、脅迫していた男が庭に倒れているのを発見した。男は「ワーレ!」と言い残して息絶えた。犯人は父親なのか? かつて「殺した」人間とは何者で、どのような事件だったのか? 調べてゆくうちに、父親の学生時代の教師が、校長が大事にしていた切手紛失に責任を感じて自殺したらしきことがわかってきた。その教師は死ぬ前に「ワーレ!」と叫んだという……。

 そもそもどうして事件に首を突っ込もうと思ったのかもよくわからないのですが、とにかく気づいたら行動していたといった調子なので、警察よりもフットワークが軽くて先回りできるのがフレーヴィアの強みです。そして警察には知らせていない手がかりをもとに、独自に推理や捜査を始めるのです。

 美味しくないのがわかっているから家族の誰も食べないのに、家政婦のマレットさんが作ったパイが一切れ減っていたのは、それを食べたのが、美味しくないことを知らない人物だったからだ! もちろん警察は警察で被害者の胃のなかを調べてそんなことはとっくにわかっているのですが、そこはやっぱりさり気ない手がかりをもとに推理した方が楽しいじゃありませんか――ね?

 被害者がノルウェーから来たばかりだと即断する警部補に、「あの偉大なホームズに匹敵するような推理」だと感銘を受け、フレーヴィアが自分でも独自に被害者の足取りを追う場面があるのですが、これも実は警察は推理でも何でもない方法で事実を知ったのだということがあとでわかります。警察ではないからこそ、の、素人探偵の楽しさですね。

 フレーヴィアは三人姉妹で、お姉ちゃんとは仲が悪いのですが、長女の名前がオフィーリア・ガートルード(P.303)というとんでもない名前で笑ってしまいました――が、その後シェイクスピアのオフィーリアのことを「ヒステリー娘」と評されたフレーヴィアが、「シェイクスピアはオフィーリアを何かのシンボルにするつもりだったんでしょう――彼女が集めた薬草や花のように。(中略)オフィーリアは罪もないのに残忍な家族の犠牲になっちゃったんです。家族はみんな自分のことしか考えていません」(P.325)といった鋭い指摘をしたりもします。

 シェイクスピアについてはほかにも「小説や映画のなかでは、殺人犯と鉢合わせすると、まっ先に言われるのはかならず脅し文句で、シェイクスピアの引用であることも少なくない。」(P.354)だなんて、そんなユーモアのあること言ってる場面じゃないだろうという場面で、だけど言ってることが的確なので思わず笑ってしまいました。

  


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