『刑事失格』太田忠司(創元推理文庫)★★★★☆

 1992年講談社、1996年講談社文庫、2011年創元推理文庫

 刑事失格。面白いタイトルです。読んでみればわかるとおり、なにせ主人公の阿南は刑事ではないのですから。間違いではないけれど、四人なのに『三銃士』のようなすかしたタイトル。

 タイトルからして主人公が心に何らかの傷を抱えていることはわかりますし、プロローグの段階で主人公が「人殺し」だと告げられますが、本篇に登場する若き日の主人公は、二つの傷を抱えてはいるものの、まだ理想を追い求める青臭い警察官です。「人間は間違ってはいけない」――戯画的とも思えるほどに杓子定規な正義漢でした。

 だから、阿南が事件にかかわるのも、当初は警察官の職務としての域を出るものではありません。

 それが大きく変わるのは、物語のなかのハードボイルド探偵ならば必ずといっていいほど陥る落とし穴に出くわしてからです。――女。

 阿南は、刑事になりたいという動機とともに、二つの負い目を背負っています。強盗事件に巻き込まれて学生時代の友人を失ったことと、婚約者には別れ話の直後に死なれていること。そこから生まれた屈折した正義感には、しかし人を惹きつける魅力があるようで、関係者の妻だけではなく、コロッケ屋のおやじや、自転車置場にたむろする中学生も、いつしか阿南に親しみを持っていました。

 何より、本書を読み終えてから顧みてみれば、プロローグで阿南が女子高生に対して取った行動が、どれだけ優しさに満ちているものなのかがわかります。

 思えばハードボイルドの主人公たちは、誰もが自分の「正義」にしたがって、相手を受け入れ、相手を拒んで来ました。けれどいまだかつて、これほど真っ直ぐな理由で「一緒に……」という言葉を拒んだ探偵がいたでしょうか。最後の最後まで――いえ、それを最後として、「行動を正す」ことにこだわったのでした。

 その後、主要な登場人物たちが――わけても佳苗がどうなったのかが気になるところですが、ロス・マクドナルドを経た現代の探偵小説には、恐らくはそうした事情を語る余地は残されてはいないのでしょう。

 音楽がたくさん出てくるのが読んでいて楽しい。創元おなじみの英題も、ハート「ALONE」より。

 巻末に創元推理文庫の広告が載っています。ハードボイルドと警察小説が選ばれているようで、写真&略歴入りのチャンドラー、ヒラリー・ウォーに続いて、ドン・ウィンズロウ、ヘニング・マンケル……と来て、最後にロス・マクドナルドがありました。ロス・マクで一項目ではないんです、「その他」扱いなんです。これが時代の流れかとびっくりしました。

 いなくなった飼犬捜し、蛇の捕獲、自転車置場にたむろする少年たちに対する苦情の対応──刑事を目指す青年巡査・阿南は、日常業務に忙殺されながら、やがて管内で起きた興信所員殺害事件の謎に直面する。「人間は間違ってはいけない」を規範とする青年がたどりついた悲しい真相とは? ひとりの青年の不器用な足跡を描く太田忠司渾身のライフワーク・シリーズ、鮮烈なる第一弾。(カバーあらすじより)

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