『ミステリマガジン700 国内篇』日下三蔵編(ハヤカワ・ミステリ文庫)★★☆☆☆

 700号記念のアンソロジー国内篇。海外篇とは違い、単行本未収録のみで構成されているわけではありません。――が、縛りがゆるいにもかかわらず、日本作家の方が作風の幅が狭いと感じました。
 

「寒中水泳」結城昌治(1959)★★★☆☆
 ――溺れ死んだミノルは自殺ではない。妹のユキはそう言い張った。ユキに思いを寄せていた私と二郎と伍平は、独自に調査を開始する。伍平が貸した北斎の真筆がミノルとともに消えていたのが、鍵のようだが……。

 ミノルとユキという兄妹に縛られて生きているダメンズ三人。ミノルが死んで、一人が消えて、残された二人とユキからはしょーもない先行きしか見えませんでしたが、語り手はこうして「探偵する=自分から行動する」ことが出来たのだから、ちょっとは変われるのかも、と思えることだけが救いです。
 

「ピーや」眉村卓(1963)★★★★☆
 ――いつでも男は気恥ずかしげに薄笑いを浮かべるだけだ。だから誰も男のアパートにやって来ない。猫は随分長い間、男と一緒に暮らしてきた。ある夕方、男は車にはねられて、死んだ。猫は啼いた。男は帰ってこなかった。猫は男の腕のことを考えた。いつも撫でるあの手。

 怪談掌篇。猫の名を呼ぶタイトルから、猫に対する愛情の物語だと思っていたら、猫が主体であることがわかって驚きましたが、だからこその結末でもあって、怪談であってもきっちり理屈の筋道を立てるあたりはSF作家なのだなあと思いました。
 

「幻の女」田中小実昌(1964)★★★☆☆
 ――おシズが東京にかえってきてる。じつは、おシズにあったんだよ。渋谷でさ。美大を出たからってエカキになれるわけでもない。それが青田の野郎、ニューヨークで評判がいいらしい。その青田に、なんでおシズが惚れなきゃいけねえんだ。最後に顔をあわせたのは、青田といっしょにニューヨークに発ったときだ。

 描かれている生き方自体が「昭和」という感じで遠い出来事なのですが、それより何より三篇続けて駄目男の話というのはどうなんだと思います。
 

「離れて遠き」福島正実(1969)★★★☆☆
 ――此処は御国を何百里、離れて遠きバンコック。よくここまで逃げ了せて来たものだ。なにも、殺すまでのことはなかった。些細な痴話喧嘩がきっかけとなって、両手で美子の首をしめた。それからどうしたのか、思い出すことができない。酒場で喧嘩をふっかけたアメ公からかくまってくれたのは、ダオンという娘だった。

 SFマガジン編集長による創作。駄目男その四。
 

「ドノヴァン、早く帰ってきて」片岡義男(1969)★★★☆☆
 ――その青年は熱い陽光のなかに、立ったままでいた。警官が声をかけた。「いとこにキミと同じように陽焼けしている男がいてね。ベトナムから帰ったばかりなんだ」「帰ってきたばかりです、ボクも」

 ミステリマガジン2010年10月号()の片岡義男特集の再録で既読。
 

「温泉宿」都筑道夫(1969)★★★☆☆
 ――温泉宿をさがす男と女。だが番頭は二人を見るなりおびえた表情をして泊めるのを断った……。

 ミステリマガジン2013年5月号()の都筑道夫特集の再録で既読。
 

「暗いクラブで逢おう」小泉喜美子(1974)★★★★☆
 ――推理小説作家になるのをあきらめて、ジョーンジイは深夜クラブのマスターにおさまっていた。隅の席に友だちがいた。「このあいだ一つ書いたんだ」「それで?」「〈あいつ〉に見せた。でもだめだった」「なぜ〈あいつ〉の評価を当てにするんだ? たしかに仲間でいちばん成功したよ。だが推理小説を書いて成功したわけじゃない」

 片岡義男とはまた違ったタイプではありますが、日本の小説なんてどこ吹く風、という作風を持ち味とする著者です。作家になりたくてなれなかった作家志望の落ちこぼれ話なんて、ほかの作家が書けば、しょんべん臭い話になりそうなものですが、飽くまでお洒落で気取っている作品でした。
 

「死体にだって見おぼえがあるぞ」田村隆一(1978)★☆☆☆☆
 ――セント・メアリ・ミードは変な村/小さな駅の商店街/魚屋 肉屋 薬屋 八百屋 雑貨屋/退役陸軍大佐のさびくさい書斎には/ブロンド美人の死体があって/……

 たしかに著者はミステリマガジンにゆかりの深い人物ではありますが、著者の詩のなかでも出来がいいとは言えない部類の作品を収録するのはいかがなものかと思います。
 

「クイーンの色紙」鮎川哲也(1986)★★☆☆☆
 ――ダネイ夫妻が来日した際、益子田さんが色紙に署名をもらったのだが、私が武井さんに連れられて益子田さんの家に行った時、その色紙が消えてなくなるという事件が起こった。

 もっともな人間心理が動機になっているとはいえ、とんちクイズみたいな真相を明らかにされても……。
 

「閉じ箱」竹本健治(1986)★★☆☆☆
 ――霧のなかから神父の目の前に人影があらわれた。「僕はこの閉じ箱のなかで迷っているのですよ」「何ですって?」「不確定性原理というのをご存じですか

 チェスタトン特集に掲載された「神父」のパロディ。チェスタトンの逆説と神学を「裏返し」と「不確定性原理」でパロってみせました。
 

「聖い夜の中で」仁木悦子(1987)★★★☆☆
 ――死んだおばあちゃんは、サンタクロースがきてくれると言っていた。ママはお勤めに出かけていて、夜中過ぎにならないと帰ってこない。……服役中の岩野は、看守を殴って脱走した。あの女に復讐してやる……。

 竹本健治よりも仁木悦子の方が掲載年が新しいことに驚きましたが、解説によればこれが著者の絶筆とのこと。最後の「絵」がずるいぐらいに決まっています。ひらがなの「ひろむ」の繰り返しが、読むうちに気持ち悪くなってきました。
 

「少年の見た男」原リョウ(1988)★★★☆☆
 ――少年は慎重な声で言った。「ボディガードを引き受けてくれますか。お金は持っています――」「黙れ」と私は言った。「ガキに雇われるつもりはない。これは、子供が大人に助けを求め、私にできることなら手を貸そうという話だ」「男二人が『西田サチ子を始末してもらいたい』と話しているのを聞いてしまったんです」

 マーロウのチェスの代わりに、沢崎が囲碁の本を読んでいる――というのは、ギャグなんですよ……ね? 子どもにはどうにもならないことをどうにかしようとした子どもの愛情が、かえって悲劇を生んでしまうのですが、強盗を撃ち殺すという武藤支店長の「計画」は、どっちみち無茶苦茶なものですから、どのみち悲劇だったような気はします。つまりは沢崎がいてもいなくても変わらなかった、という無力感が哀しい作品です。
 

「『私が犯人だ』」山口雅也(1990)★★★☆☆
 ――「私が犯人だ」とグッドマンは言った。しかし、痩せた青年も初老の警部も、彼の存在が目に入らないかのように部屋の中を調べている。「これだけの血痕があるのだから、死体もどこかにあるはずなんだ――」そこの暖炉の中の死体が見えないのか?

 本来であればギャグにしかならないネタが、「他人には見えない死者」というパターンのどんでん返しに用いられることで、活かされていました。
 

「城館」皆川博子(1991)★★★★★
 ――兄と母が渡欧した今年の夏、少年は祖母と叔父の家に預けられることになった。蝉をとる網を忘れてきてしまったことに気づき、お父さんに電話をかけた。もしもし、と応じたのは、女の声であった。目をあげると、板戸が開き、おねえさんが立っていた。叔父は帰ってこない。火事の後、おねえさんはそう言っていた。

 幼かったからなのか、忌まわしい記憶だったからなのか、封印された記憶を通して語られる、謎めいた人間関係に惹き込まれます。燃え上がる紙の城や、押しつぶされて殺される蝶など、数々の残酷な光景の挿話が美しい作品でした。
 

「鳩」日影丈吉(1991)★★★★☆
 ――そんなに大きな病院に入院したのははじめてだった。看護婦の養成所の卒業者が、同系の病院に配属される仕組になっているらしく、春になると若い看護婦が急にどっと増えた。新旧の看護婦の対立は日に日に激しくなっていた。病院の奥にある聖堂の十字架に、黒いTシャツが着せられているのを見て、私は底知れぬ恐怖に捕われた。

 入院患者が垣間見た、世代間の軋轢と、若者の悪戯。そこに黒弥撒を見出してしまったのは、語り手の不安な精神に相違なく、不穏な空気が語り手の視点で上手く表現されています。……というだけの話では終わらず、何の前触れもなく、幻想が訪れてしまうのが怖いです。
 

「船上にて」若竹七海(1996)★★★☆☆
 ――O・ヘンリーという作家の短篇集を読んでいると、ハッター氏という老紳士に声をかけられた。「すばらしい本をお読みですね」ハッター氏が友人からその本をもらったのは、横領の罪に問われたことがきっかけだった。ダイヤモンドの原石が、ハッター氏しか盗めない状況のもとで消え失せたのだ。

 お洒落なミステリを小泉喜美子から受け継いだ著者によるお洒落でスマートなミステリです。若いトマスが騙されたナポレオン三歳の頭蓋骨というインチキは、「見た目が似ているもの」という手がかりであるうえに、女に騙されたという事実からハッター氏の伴侶の美談というもう一つのネタの手がかりが導き出されているという、二重の意味を持っていました。
 

「川越にやってください」米澤穂信(2007)★★☆☆☆
 ――夢の話をエッセイ代わりに書くことにしました。タクシーに乗り込んだ私はこう言いました。「川越にやってください」と言っても私は川越のことは何も知らないのです。私が知らないことを、私が夢見ている運転手さんが知る道理もありません。

 ミステリマガジン2008年1月号()で既読。
 

「怪奇写真作家」三津田信三(2008)★★★☆☆
 ――ふと目についた画廊に入ったとき、開かれていたのが沐野好の写真展だった。被写体はどれも、いわゆる心霊スポットと呼ばれる場所ばかりのようだった。水木が編集者だとわかると、写真集の刊行を猛烈に売り込み始めた。

 ミステリマガジン2008年8月号()で既読。
 

「交差」結城充考(2010)★★★★☆
 ――老人は女子高校生を追っていた。高校生はホストを追っていた。警官は二人に目を留めた。運転手は警官を狙っていた……。

 ミステリマガジン2010年12月号()で既読。
 

「機龍警察 輪廻」月村了衛(2011)★★★★☆
 ――少年兵用の「義肢」密売を内偵していた由起谷たちが知った、戦争の真実……。

 ミステリマガジン2011年11月号()で既読。
 

「証人席」山田風太郎渡辺啓助日影丈吉福永武彦松本清張(1958)

 昨今のミステリに対する自説を表明したエッセイ。

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