『S-Fマガジン700 海外篇』山岸真編(ハヤカワSF文庫)★★★☆☆

 SFマガジン700号記念のアンソロジー海外篇。著者短篇集に未収録の作品(単行本未収録作品も含む)が選ばれています。敢えて超有名作家のものばかり選んだという方針が残念。
 

「遭難者」アーサー・C・クラーク小隅黎(Castaway,Arthur C. Clarke,1947)★★★★☆
 ――嵐は酷烈さを増していた。とっくにあきらめている彼のからだを、上昇気流が極寒の領域へと運びあげた。いずれ力尽きれば、彼の存在は終わりを告げるだろう。……リンゼイは自分の目が信じられなかった。スクリーンには卵形の物体が映っていた。

 未知なるものを未知なるものとして、しかるに科学の光に照らされた、ホラーでもミステリでもないSFの魅力を味わえる一篇でした。
 

「危険の報酬」ロバート・シェクリイ中村融(The Prize of Peril,Robert Sheckly,1958)★★★★★
 ――レイダーは物音に耳をすました。銃を持った男が路地にひとり、階段にふたり。絶体絶命だ。ポケットから小型TVをとりだした。「みなさん、ご覧ください。無事トンプスン一味から逃げたレイダーですが、またもや囚われているのです……視聴者のおひとりから緊急の電話がかかっています。まだ望みがあるかもしれません!」

 新訳。旧訳は記念すべき『S-Fマガジン』創刊号の巻頭作品。『火の鳥 生命編』の元ネタと思しき、人間狩りショウがテーマの作品です。生命や倫理の問題というよりも、テレビ的なものの行き着くところ――としては、恐らく発表当時よりも現在の方がよりビビッドに作品を味わえるのではないでしょうか。
 

「夜明けとともに霧は沈み」ジョージ・R・R・マーティン/酒井昭伸(With Morning Comes Mistfall,George R. R. Martin,1973)★★★☆☆
 ――バルコニーの下に、霧の海がゆうらりとうねり、サンダーズの経営する〈楼閣〉に音もなく砕け散っている。降霧《ミストフォール》だ。ただしこの惑星を訪れる客のほとんどは、魑魅《すだま》をもとめてやってくる。人が消えるたびに、山から転落したのでも岩猫に食われたのでもなく、魑魅に連れていかれたと大騒ぎになる。

 サンダーズのセンチメントには狂気にも似た感覚を覚えますが、例えばもし遠野や京都が開発されてしまうことを思えば、あながち度が過ぎているとも言い切れません。……というか、雪男やネッシーのことを、本当にいるとかいないとか言って調査するなんて、野暮の極みでしょう。
 

「ホール・マン」ラリイ・ニーヴン/小隅黎(The Hole Man,Larry Niven,1974)★★★☆☆
 ――アンドルー・リアによれば、いつかある日、火星は消滅する。知っていて当然だ。彼の過失なのだから。「あの機械の中には、おそろしい密度と質量をもった何かがはいっている。支えておくには、とてつもない強さの場が必要だ。量子ブラックホールだと思う」その日から、リアは「ホール・マン」とよばれるようになった。

 サイエンスとアイデア・ストーリーがくっついた、非常に馬鹿馬鹿しいといってもいい内容の作品です。真面目な顔で語られる冗談のような面白さがありました。真面目な乗組員といいかげんな乗組員が衝突するエピソードといい、人殺しから火星消滅までおこなってしまうところといい、著者自身が書いていて楽しそうだと感じました。
 

「江戸の花」ブルース・スターリング小川隆(Flowers of Edo,Bruce Sterling,1986)★★★★☆
 ――江戸の花が旧銀座を滅ぼした。火が治まるとすぐに江戸っ子は再建に取りかかった。円朝は小野川を連れて、友人・大蘇芳年を訪れていた。「むかし風の古風な絵では売れません。政治漫画と殺しの挿絵に大金を払ってくれましてね」電線の中で風が鳴っている。魔物が電線からとびだしてきた。

 SFマガジンが初出。江戸から明治へと、古い時代から新しい時代へと変わってゆくなかで、時代におもねり変えてゆくものと変えられないものを、高名な絵師と文明開化の象徴・電気を通して描いた作品です。電気という新しい火に地位を奪われゆくものを、雷をはじめ、江戸の花=火事としたところに妙味がありました。
 

「いっしょに生きよう」ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア伊藤典夫(Come Live with Me,James Tiptree Jr.,1988)★★★★☆
 ――わたしは火を覚えている。土地が乾いて、上流の森が熱風に呑みこまれた。雨が降りだし火を消したのだが、連れがいる川上とのあいだに、焼けた木が倒れ、わたしたちの交配袋が流れてくるのをせき止めていた。倒木をどかすことはできなかった。だが今夜、新しい火がやってきた。火は空にあった。地上に降りた莢のようなものが開き、動くものが現れた!

 SFマガジン2010年1月号()で既読。
 

「耳を澄まして」イアン・マクドナルド古沢嘉通(Listen,Ian McDonald,1989)★★★☆☆
 ――共感能力者であるイノセンス修道士のもとに連れて来られたのは、疫病に滅ぼされた町のただ一人の生き残り・ダニエルだった。だが声は、それは疫病ではないという。「あの子がそうなのか?」「待て、待つのだ」

 人類規模の話を内省的に。
 

「対称《シンメトリー》」グレッグ・イーガン山岸真(Before,Greg Egan,1992)
 ――事故発生の報を受けて、軌道上の実験施設に向かったぼくたちが目にしたのは……

 SFマガジン2012年4月号()。
 

「孤独」アーシュラ・K・ル・グウィン小尾芙佐(Solitude,Ursula K. Le Guin,1994)★★★☆☆
 ――わたしの母は文化人類学者、ソロ第十一惑星上に、ハインの子孫が存在することが判明した直後に、母船のクルーに合流した。隊員たちは〈おば郷〉の女性から話を聞くことができなかった。

 ジェンダー文化人類学。著者の土俵たる一篇。
 

「ポータルズ・ノンストップ」コニー・ウィリス大森望(Nonstop to Portales,Connie Willis,1996)★★★☆☆
 ――なんの変哲もないアメリカの片田舎ポータルズ。そこにやってきたバスツアーとは……

 SFマガジン2010年1月号()で既読。
 

「小さき供物」パオロ・バチガルピ/中原尚哉訳(Small Offerings,Paolo Bacigulpi,2011)★★★☆☆
 ――自然出産するためには予備分娩が不可欠になった未来。それにたずさわっている産婦人科医は……。

 SFマガジン2013年4月号()で既読。
 

「息吹」テッド・チャン大森望(Exhalation,Ted Chiang,2008)★★★★★
 ――古来、空気は生命の源であると言われてきた。しかし、真実は違う。われわれは毎日、空気を一杯に満たした二個の肺を消費する。われわれは毎日、空になった肺を自分の胸郭からとりだし、満杯にした肺と交換する。

 SFマガジン2010年1月号()で既読。

 収録作中三篇が、2010年1月号一冊で読めてしまうというのは、お得感がありません。

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