『坂木司リクエスト! 和菓子のアンソロジー』北村薫他(光文社文庫)★★★☆☆

 和菓子小説が少ない現状を嘆く(?)『和菓子のアン』の作者発案による書き下ろしアンソロジーの文庫化。
 

「空の春告鳥」坂木司 ★★☆☆☆
 ――駅弁目当ての母に連れられデパートを訪れたアンちゃんは、やはり和菓子が気になりのぞいてみると。店員に向かって「いつまでこんな飴細工の鳥を置いておくつもりなんだか」と吐き捨てるクレーマーらしき男を目撃してしまった。

 キーとなっている「飴細工の鳥」という言葉自体字面からなんとなく想像はつきますし、言葉の意味が明らかになればそれで言わんとすることはわかるので、あとは言わずもがなのことを説明しているように見えますが、それを立花さんの口からアンちゃんに言うところにキャラクター的な意味があるのでしょう。
 

「トマどら」日明恩 ★★★★☆
 ――一カ月に一度、十二個入りのどら焼きが私のところに届けられる。きっかけは昨年に遡る。散策中に見つけた和菓子屋のどら焼きは絶品だった。足繁く通ううち、私が警察官だと知った女将さんから、次女が韓国人ホストに熱を上げていると相談を受けた。

 坂木氏の作品はシリーズものの一篇ということもあって、「美味しそう」にはこだわっていませんでしたが、本篇には美味しそうなフルーツどら焼きが登場します。もちろん作中に出てくる和菓子屋のオリジナルなので、まったく同じものは食べたくても食べられません。。。話としてはきれいにまとまっていますが、細かいことを言えば、次女が騙されているのは目に見えているわけですから、それがどのような形で解決されたのかが気にかかります。
 

「チチとクズの国」牧野修 ★★★☆☆
 ――毛嫌いしていた父が死んだ。学生時代の友人に騙され借金がふくらんでいたぼくは、父の店だった場所で首を吊ろうとしたが、それさえうまくいかなかった。「何が無理だ」声がした。

 どのような場面で和菓子が用いられているか想像だにすることは難しいでしょう。無論のこと少しも美味しそうではありません。
 

「迷宮の松露」近藤史恵 ★★★★☆
 ――わたしは祖母のようになりたかった。愚痴など言わず微笑んで、背筋をぴんと伸ばして。なのに、いつしか笑うこともできなくなった。会社をやめて、逃げるようにモロッコにやってきた。モロッコで食べたお菓子は、祖母と食べた松露というお菓子に似ていた。

 遠い異国と我が国のお菓子に一脈通じる味のほか、名前にスポットを当てた一篇。趣深い名前も和菓子の魅力の一つですが、イメージだけに囚われると真実を見失ってしまいます。
 

「融雪」柴田よしき
 

「糖質な彼女」木地雅映子 ★★★★☆
 ――「おまえ復学、ムリ。ひきこもり人生まっしぐら。まあ……ひきこもりが増えようが、地球はー、かわーらず、まわってー行くのーだからー♪」こんなリア充の医者が、りりちゃんの曲を歌うな! 僕はお母さんを突き飛ばして駆け出した。道に迷った。女の声。振り返る。りりちゃん……に、そっくり。

 服めくってくれますか、と言われて自分で動こうとしない人間には、こういうラノベみたいな「欠落している彼女を僕が守ってあげる」ような動機付けが必要なようです。ものをつくる仕事につきたくて美大を受けようと思った語り手が、子離れしていない母親に全否定されるという背景が、同じく子離れしていないアイドルの母親とつながっているわけですが。本篇に登場する和菓子は、就労継続支援作業としての和菓子作りです。
 

「時じくの実の宮古へ」小川一水 ★★★★☆
 ――「一座!」「建立!」かつて日本の南の地に、菓子の町があった。その街、宮古と呼ばれていた。工次の父は、千二百年栄えた王城が温暖化で滅びるわけがないと考えた。煮詰まった挙句、工次と二人で宮古を目指す旅に出た。道は崩壊し、追剥ぎも出る。チョコと名乗る少女とも出会った。

 和菓子は「食べる」だけではなく「作る」ものでもあります。和菓子作りは「糖質な彼女」にも出てきましたが、あちらは福祉作業所の作業の一環だったので、味は二の次みたいなところがあり、一方こちらは失われた古都の味を求めて、温暖化で縮んだ日本を南下する菓子作りの親子――ということで、作って披露している場面を読んでいるだけで美味しそうです。
 

「古入道きたりて」恒川光太郎 ★★★★☆
 ――釣りのさなかに雨に降られて民家で雨宿りをした。「今晩あたり、満月ですから、山を古入道が歩きますよ」と老婆がいった。「見たいのなら、灯りを消して寝たふりをすることです」――それが戦場で杉本が七尾に語った話だった。

 ストーリー上あまりにも自然に登場していたので、出てくる和菓子がおはぎ(もとい夜船)であることになかなか気づけませんでした。大きすぎて理解が追いつかないスケールと人知れずしか見られない性質は、夜船という由来にふさわしく、戦争という生死の境を通してどちらがどちらの見ている夢なのか判然としない彼岸と此岸のあわいも、死者との交感の季節が似合うおはぎという和菓子に似つかわしいものでした。
 

「しりとり」北村薫 ★★★★☆
 ――向井美奈子さんはよく仕事をする編集者の一人である。数年前、俳句を始めていた向井さんが、病床の夫に和菓子を買っていくと、ご主人はまず「しりとりや」と書いて、次に「駅に」と書いて、大きく空けて最後に「かな」、そして空いたところに和菓子を置いたそうだ。

 和菓子がカギとなっているミステリ風味の作品です。ちょっといい話、に見えますが、生きているあいだに伝わらなかったのだと考えると、残酷な話だとも感じます。すでに過去、思い出だと割り切ってしまえばそれまでなのですが、どうしてもご主人の胸中を慮ってしまい、寂しかったろうな、と考えてしまいました。
 

「甘き織姫」畠中恵 ★☆☆☆☆
 ――伊藤はある日の夕方、新婚の妻と共に、自宅マンションで友人達を迎えた。大学時代の同窓生・御岳から電話がかかってきたという。同じ研究所に採用された橘さんに一目惚れし、出会って二時間後にプロポーズしようとしたものの、思い直して菓子を贈ることにした。教養と知性があれば、意図をくみとり的確な返答を寄こす筈だ。

 ものすごくいらいらする文章でした。謎かけにしても、検索すればわかるというのでは話にならず、御岳も小説の登場人物としてはさしてエキセントリックでもなく、むしろ空気みたいにのっぺりした会話をしている伊藤たちの方が気持の悪い存在でした。

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