『裏窓クロニクル』友桐夏(東京創元社)★★★★★

 著者サイン本購入。社会悪の化身たる「篁《たかむら》」一族と、願いを叶える「魔女」に関わった少年少女たちのエピソードを描く、連作長篇。
 

「第一話 願いを叶える」★★★★★
 ――鳴征《なりまさ》の婚約者が姿を消した。それがすべての発端だった。篁の三姉妹が嫡子を含む男性と不適切な関係にあるという落書きを見て、初《はつ》と織《おり》が激怒した。そうして愛人の連れ子である私に、「魔女」にこの件の解決を願って来いと命令したのである。私は出かけ、魔女の教会の前で、絵を描いている青梧《せいご》という少年と、すでに願いを告げていた撫子という少女と出会った。しかし私は事件の解決ではなく、将来に関して確かな保証を得ることを願った。

 ここに出てくる魔女は実際に魔法を使うわけではありません。が、なにがしかの力(権力)を持っていることは事実です。大時代的な設定を用いることで、願いを叶える「魔女」という存在を読者にすんなり受け入れさせることに成功しています。互いに本名で呼ばぬ大家、弑虐趣味のある嫡子、しいたげられる愛人の子、裏窓から見える離れに住んでいることから人呼んで「裏窓の娘」……これでもかというまでの耽美趣味と少女趣味が、絢爛たる美しさを織り上げながら、当然のごとく(と言ってしまいますが)それがミステリ部分の根幹にも関わる造りになっていました。この連作の背骨となる設定と、第一話の核となるギミックが、それぞれ明らかにされるのが、いずれも魔女のノートをきっかけとしているところが鮮やかです。
 

「第二話 地図と待ち針」★★★★★
 ――二学期の初日、どしゃ降りの雨の日にやってきた陰気な転校生。それが彼女――淑乃《よしの》だった。淑乃は転校早々、情報を遮断されるという迫害に遭っていた。けれども鞠亜《まりあ》の目に焼きついているのは、呪いの彫像めいた姿ではない。四年二組には横暴な三人の女子児童がいて、うさぎを抱くのにも我が物顔で他の児童に命令していた。うさぎが死んだ日、先生も含めて何もできずにいたとき、淑乃だけが行動したのだった。

 一見すると、第一話とは打って変わって、ごく当たり前の小学校が舞台のように見受けられます。スクールカーストから疎外される内省的な転校生と、ただ一人鈍感であるがゆえに転校生と打ち解ける語り手の交流だと――。しかしながら物語が進むにつれ、転校生とは、青梧の友人である「絵が『響く』少年」の娘と思しき淑乃だということが明らかになります。そこで、転校生ゆえの寂しさをまぎらすために「繋いで」いたと思われた作り話の意味が、一変してしまいます。おしゃれだな、と思っていた英題にも、とんでもない意味が込められていたことがわかります。転々と居場所を変える転校生と、点を繋ぐように言葉を繋いでゆくことの二つの意味を込めたタイトルが秀逸です。
 

「第三話 大きな振り子」★★★★★
 ――事の発端は沢村都馬《さわむら・とうま》という男子だった。新学期に図書館の隣に引っ越してきた沢村都馬は、お金持ちの子供で、わたしだけは「通行料」を払わないと家に入れてもらえなかった。恩も仇も確実に返す。結果としてこの精神だけは沢村都馬がわたしにもたらした変化の中で唯一歓迎すべきものだった。わたしは図書館に通い、沢村家の自転車小屋に重しを乗せて、屋根を落として自転車をつぶす計画を立てた。

 第二話に出てきた鞠亜の後輩が語り手を務めています。タイトルと内容から、因果応報の物語であろうことはわかりますが、さてもたらされるのが「いじめ」のしっぺ返しなのか「復讐」のしっぺ返しなのかは、最後までわかりません。鞠亜の鈍感力が意外なところで真実を射抜いていました。語り手が強くて真っ直ぐで、悪意だけでなく善意にも報いるところにかたくなな魅力があります。あまりにも極端な行動原理が、見事なまでに貫かれていました。
 

「第四話 記憶の中の鍵」★★★★★
 ――「鏑木くんの靴が、赤い色水で汚されています」クラス会でそう発表したのは、笙子だった。見張り隊ができてからは、笙子は疑われるのが嫌で単独行動を控え、わたしは笙子の体調管理に気を配るという免罪符を得て見張りには参加しなかった。そんなだから、笙子は早退するのも休憩時間を選んだ。入学してすぐに学校横のマンションに引っ越してきたうえに、わざわざ笙子を迎えにくる母親を、わたしは演技じみていると思った。それも三年前のことだ。笙子が死に、母親が鏑木君に我が子を殺されたというビラを配り、鏑木君が失踪し、母親もベランダから転落した。

 第二話に出てきた鞠亜の「読書好きの同級生」である冬槻蘭花が語り手となって登場するほか、第三話の語り手・春と「院内学級で知り合った入院仲間」綿引笙子と「リーチくん」鏑木理一の名前も明らかになります。綿引家と鏑木家は「篁」の血を引いているようです。どうやら冬槻さんがこのシリーズを通しての探偵役となりそうな気配です。第三話で解決されなかった謎が明かされました。

 第三話の春の行動が、憎しみと人助けの攻防に巻き込まれていたというだけでもショッキングなのに、それに追い打ちを掛けるような冬槻の言葉が残酷です。第三話を読んでいる読者には、春が実際に「責任をと」るタイプだと痛いほどわかっているだけに、この先が心配です。

 それにしても、この無念な悪意とささやかな人助けが、目に見える形になって現れた現象が、異様な過保護と陰湿な悪戯という正反対の見かけを取っているというのは、日常の謎ミステリとしても非常によくできていると思いました。
 

「第五話 嘘つきと泥棒」★★★★★
 ――立派な不良債権だった秋霖ヶ原バードランドホテルを立て直したのが、黒い寡婦と呼ばれる麟さんだった。麟さんに引き抜かれたわたしは、ブライダル部門の責任者に据えられ、「フォーチュン・サークル」と呼ばれる言い伝えを捏造し、軌道に乗せていた。会議で部門の拡大を提案し、嵐野さんを誘ったのは、スパイの可能性がある新入社員をそれとなく見張っておくよう、麟さんから言われていたからだ。「鍵がない!」わたしは作戦を実行に移した。

 時代は進んで語り手は社会人になっています。寝不足をキーに組み立てられる二通りの推理は、きっかけとなる高校生たちの出来事を知っている(つまり作中人物より有利な手がかりを持っているはずの)わたしの思考力を遙かに超えていました。嵐野さんというミスディレクションが推理するという構図が面白いです。物事をはっきり口にする細身の嵐野の正体については、当初からある程度の見当がつきましたが、語り手である円谷の正体と、真相を言い当てるナイト・マネージャーの正体には、驚きました。【嵐野春。円谷淑乃。鏑木理一=鏑木青梧と奏子(裏窓の娘)の息子
 

「第六話 薔薇と猫の夜」★★★★★
 ――私の思い描く完璧な孵卵器が実現すれば、六家はやがて崩壊する。バードランドホテルの獲得は私の念願だった。ここを私の隠れ家とし、子供たちに開放しよう。モニターでは麟と嵐野が話している。「あなたが理一さんの姉だったことと、笙子さんの死と、何か関係してますか」「わたしはひとつの結果を想定してひとつの行動をとっただけよ。あなたの行動があったからこそ、あの三件は引き起こされたのよ」

 春と麟、そして探偵と麟の直接対決があり、少なくとも春や冬槻が関わっていた部分についての取りあえずの全貌は明らかになりました。出来すぎなほどにすべてが繋がっていたのですね。その正体は人心をコントロールする、まさしく黒幕としか言いようのないものでした。それにしても春の何と極端なことか。終盤には、巨悪と被害者という構図だと思われていた本書に、意外な展開が待ち受けていました。第二話だけが一人称ではない理由も明らかになり、作中人物同様、笑ってしまいました。【新事実もほぼ出揃いました。鏑木青梧×奏子=理一。篁鳴征×綿引撫子=綿引笙子。篁鳴征×奏子=麟。そして綿引=東雲、(第七話にて)鏑木=唐橘。
 

「第七話 ハートランド★★★★★
 ――多少の危険を覚悟で淑乃の誘いに乗った価値はなかった。「わたしは魔女を支持します。理想の実現を」「親の仇を討たないのか」「仇は本当に彼女でしょうか」「ほう」私は気のない相槌を打った。この女の父親。一冊のノートをあずかったばかりに。魔女の戦略は明快だ。王子と王女の心を奪い、王と王妃の首を落とせば、チェックメイト。甘く見ていた。

 エピローグのようなこの挿話にて、魔女の思惑や鳴征たちのおこなってきたことが明らかにされます。春の復讐にしても、麟の犯罪にしても、気の遠くなるような積み重ねによるものでしたが、魔女のおこなってきたことは、それと比べても何という壮大な布石でしょうか。残酷を通り越して雄大にすら感じます。

  


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