『結晶世界』J・G・バラード/中村保男訳(創元SF文庫)★★★★☆

 『The Crystal World』J. G. Ballard,1966年。

 バラード作品の印象を一言でいうなら「けだるさ」ということになるでしょうか。曇っているわけではないのにどんよりと暗いマタールの港は、その倦怠感を存分に醸し出していると言ってよいでしょう。

 検閲や荷物検査に情報統制といった不穏な気配のなか、露天で売られている宝石細工の美しさは、身体の自由を奪うよどんだ水のなかで輝く光のように、心を囚われそうな魅力に満ちていました。

 そんな、良くも悪くももけだるい空気が一変するのは、主人公であるサンダーズ博士が水晶化を目の当たりにする瞬間でした。「もう一波やってくるぞ!」という叫びの意味を悟った瞬間の恐怖はただごとではありませんでした。幻想が恐怖に変わる一瞬でした。

 水晶化の原因は軽く仮説が触れられる程度で、地球物理的な規模を飛び越えて宇宙規模のものなのですが、もともとの作風が終末感の漂うものなので、さほど悲劇は感じさせず、そこで水晶化の魔力に引きずり込まれる人々のドラマが繰り広げられます。

 本来なら外部の目であるはずのサンダーズが、半分あっち側に浸かっちゃっているので、異常であるはずの世界が、本当にきれいなもの、魅力的なものに映りました。

 忘れられぬ人妻を追って、マタール港に到着した医師サンダーズ。だがそこから先の道はなぜか閉鎖されていた。翌日、港に奇妙な水死体があがった。四日も水につかっていたのにまだぬくもりが残っており、さらに驚くべきことには、死体の片腕は水晶のように結晶化していたのだ。それは全世界が美しい結晶と化そうとする不気味な前兆だった。バラードを代表するオールタイムベスト!(カバーあらすじより)

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