『写楽殺人事件』高橋克彦(講談社文庫)★★☆☆☆

 写楽の正体という謎にはあまり魅力は感じません。シェイクスピア別人説なんかもそうなのですが、シェイクスピアシェイクスピアでいいじゃん、と思ってしまいます。無名の人間が無名だったのは、無名だったからだ――謎というほどでもないことを、むりやり謎めかせているように感じてしまうのです。

 もちろん、ミステリとは推理の過程にこそ面白さがあるのだ――と考えることもできます。

 さて本書は実は、写楽が誰か――をさぐるミステリではありません。「東洲斎写楽近松昌栄画」と書かれた肉筆画を収録した画集が発見されるのです。つまり〈犯人探し〉ではなく、「近松昌栄=写楽」のあいだを埋める証拠探しの旅ということになります。面白いように状況証拠がぽろぽろ出てきます。

 そしてなんと、中盤で「近松昌栄=写楽」が証明されてしまうのです。

 いやいやいや! この本を読んでいる読者は、写楽の作品が実在することを知っていますが、「東洲斎写楽近松昌栄画」なんてものが存在しないことも知っています。写楽の正体は架空の人物だった!なんて言われても……。

 実はここからが本番だったのですね。

 語り手の恩師が「近松昌栄=写楽」説を発表した直後、放火による火災で焼死してしまいます。それ以前に恩師のライバルも自殺とされる死に方をしていることから、二人の死には何らかのつながりがあるのではないかと疑われ……。

 ここに至って、解くべき謎は「写楽の正体」ではなく、「殺人の背景」にと移り変わります。そして明かされたのは、壮大な仕掛けでした。専門家をも騙す、専門家だからこそ騙される、緻密なコンゲーム

 これはあれです、探偵の存在を前提にした犯罪計画のような。ただし巻き込まれているのが探偵ではなく、騙し騙されが当たり前の美術の世界であれば、納得もしてしまいます。

 そもそもの動機が、学問と政治の問題でありながら、詐欺師の横槍が入ったことで変容して行って――という構図も納得充分でした。

 でも、まあ、読んでいる最中、わくわくはありませんでした。。。

 謎の絵師といわれた東洲斎写楽は、一体何者だったか。後世の美術史家はこの謎に没頭する。大学助手の津田も、ふとしたことからヒントを得て写楽の実体に肉迫する。そして或る結論にたどりつくのだが、現実の世界では彼の周辺に連続殺人が起きていて――。浮世絵への見識を豊富に盛りこんだ、第29回江戸川乱歩賞受賞の本格推理作。(カバーあらすじ)
 

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