『殺人者と恐喝者』カーター・ディクスン(原書房ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)★★☆☆☆

 カーの作品のなかではお決まりと言ってもいい、ぐだぐだとした恋愛沙汰及び心理の探り合いものなのだが、こういうのが腐ってもクリスティとは違って、カーの場合には腐ってしまうと目も当てられない。まあ犬も食わないような挿話でも、カーの場合にはほかにもオカルトだったり謎そのものだったり冒険物語だったりトリックだったりと、見どころはたくさんあるのだが、本書の場合はH・M卿の子ども時代でしょうか。H・M卿はたいてい一箇所は見せ場を作ってくれるのでありがたい。しかも時にはそれが伏線になっていたりするのだからあなどれない。このおっちゃんを好きにならずにはいられないのである。

 トリックはトンデモ系。こういうのを平気で使ってしまうところがカーである。いくら論理的であろうと伏線を張りめぐらせようと、これを使った時点でギャグにしかなりません。少なくとも現代の目からは。当時の読者もたぶんずっこけたと思うけどなぁ。有名な叙述トリックは、英語で読んでもすっきりしたものではないと思う。何とか日本語に訳してはいるけれど、もとがギリギリなのでこちらも期待はしない方がいい。カーがときどきやる、お茶目なご愛敬トリックです。

 トータルで見て、カーの作品のなかでは、まあ絶版になっていたのもやむを得ないかな、という出来でした。仮にカーの作品でなければ、ヘンなトリックを使った作品として語り継がれれば運がいいかなというレベルか。

 おそらく原文のイタリック体を、律儀にすべて傍点付に対応させているのだろうけれど、読みづらいのでやめとくれ。訳者の森英俊氏は真面目で丁寧なんだがすべてにおいてその調子で、直訳調すぎるのだ。

 「でも――殺人だなんて」ヴィッキー・フェインは、夫アーサーが浮気相手を殺していたことを知らされる。叔父ヒューバートがその一部始終を見ていたのだと。アーサーとヒューバート――殺人者と恐喝者の奇妙で危うい同居が、やがてフェイン家に悲劇をもたらすことになる。晩餐の余興として催眠術が披露され、術をかけられたヴィッキーはアーサーを短剣で刺殺してしまう。余興用のゴムの短剣が、誰も気づかないうちに本物にすり替えられていたらしいのだ。しかし不可解な事件は、これで終わったわけではなかった。ヘンリー・メリヴェール卿が担ぎ出され、悪態とともに突きつけた真相とは……。論争を巻き起こした巨匠最大の問題作。
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