『どんがらがん』アヴラム・デイヴィッドスン

  アヴラム・デイヴィッドスンの短編集が出ましたね。

  むしろ殊能将之の編んだ短編集が出たというべきでしょうね。

  待ってください。そりゃあぼくはデイヴィッドスンという名前は聞いたことがなかった。殊能将之編というのに惹かれて購入したのも事実ですよ。でも解説を読んだかぎりじゃ、いろいろ受賞しているし、エラリー・クイーンの代作もしているそうじゃないですか。純粋にデイヴィッドスンの作品集が出版されることを待ち望んでいた人もいたと思うな。

  クイーンの代作が『第八の日』。『幻想と怪奇』に収録された「エステルはどこ?」も不思議な小説です。ですから変な作家だというのはある程度予想できました。しかし『黄金の13』所収の「物は証言できない」だけしか読んでいない方は目を回したでしょうね。これは端正なミステリでしたから。

 「あるいは牡蠣でいっぱいの海」が収録された『ヒューゴー賞傑作集』は絶版ですし、『幻想と怪奇』も最近までは手に入りませんでした。『第八の日』の解説では、デイヴィッドスンの名前はおろか代作のことも触れられていません。だから、デイヴィッドスンといっても多くの方にとっては「物は証言できない」の作家だったといっていいと思います。

  するとほとんどの人が目を回した。

  おそらくデイヴィッドスンを期待した人は。でもあなたみたいに、殊能将之編に惹かれて読んだ方たちは……。

  そうか。ある意味、最初っからヘンなのを期待して読むわけですね。期待通りでしたよ。それも、変な小説ばかり書いていたのではただの変人ですが、ほら話からシリアスなものまでバラエティに富んでいました。短編集というより一人アンソロジーですね。

  枠にとらわれずに書くから、結果的にさまざまなタイプの作品ができあがるし、結果的にヘンとしか言い様のないものができあがるのでしょう。SF・幻想文学・ミステリの各ジャンルで賞を受賞しているという経歴が端的に表わしてますよ。

  ふうん。「そして赤い薔薇一輪を忘れずに」なんかは、幻想的な雰囲気が、ミステリとしての伏線になってますよね。幻想的だからこそ、あの動機による行動に説得力があるわけで。

 でも「そして赤い薔薇」や「すべての根っこに宿る力」はともかくとして、ミステリと呼べる作品には比較的手堅いものが多いんですよね。「物は証言できない」「ラホール駐屯地での出来事」「眺めのいい静かな部屋」など。そりゃまあ、つじつまがしっかりしていないとそもそもミステリになり得ないんですが。

 ひるがえってSFやホラーのうち、「尾をつながれた王族」「サシェヴラル」「グーバーども」の三篇はさしずめ変な生物博覧会の趣があります。「さもなくば海は牡蠣でいっぱいに」もここに加えていいかな。「ゴーレム」もそう。

  SFはアイデアかプロットか、という論争がかつてありました。アイデア派の人たちも、これには文句をつけられないでしょうね。もちろん単なるアイデア倒れでもありません。「尾をつながれた王族」はアイデアだけで書いてもじゅうぶん面白いと思うのですが、書き方にも工夫が凝らされています。

  「ナポリ」「すべての根っこに宿る力」「ナイルの水源」「さもなくば海は牡蠣でいっぱいに」あたりは結構ハードな幻想小説でした。

 こうしてみると、一編一編は比較的まともな作品ですよね。表層ジャンルがてんでばらばらなので不思議な作家に見えますが、ミステリならミステリ、ホラーならホラー、と大まかなジャンルごとに読み直してみれば、どれもそのジャンルでの傑作です。ただ、それをすべて一人で書いてしまうところが普通じゃない。

  もちろんヘンとしか言いようのない作品もありますがね。「ゴーレム」や表題作「どんがらがん」などはそうでしょう。

  いろいろな作品があるだけに、個々の作品によって好き嫌いが分かれそうです。ぼくは「物は証言できない」「さもなくば海は牡蠣でいっぱいに」「そして赤い薔薇一輪を忘れずに」が読めただけでも★★★★★ですね。
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どんがらがん
どんがらがん
posted with 簡単リンクくん at 2005.11.14
アヴラム・デイヴィッドスン著 / 殊能 将之編 / 浅倉 久志〔ほか〕訳
河出書房新社 (2005.10)
ISBN : 4309621872
価格 : ?1,995
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