『怪盗対名探偵 フランス・ミステリーの歴史』松村喜雄

 これは面白い。類書がないだけに、今でもこのジャンルの通史かつ入門書として高い価値を有しています。あまりに本格ミステリ寄りの著者の体質が気になりはするけれど。

 でもフランスにはもともと本格ミステリなんて少ないから、紹介しているのはミステリ作家ですらないヴェルヌだったりデュマだったりするわけです。彼らの作品中から、むりやりミステリ味のある作品を紹介してます。たとえばヴェルヌだったら『八十日間世界一周』の日付トリック(?)だとか『地底旅行』の暗号だとか。もっとも著者によればむりやりでもなんでもなく、フランスの作家はたいてい「フィユトン」という新聞連載の通俗犯罪小説の影響を受けているので、その影響のうちのミステリ部分が顔を出していても当然ということらしい。

 本書前半はこの「フィユトン」というキーワードでフランス文学史を通観するという流れで書かれています。時代の古い順から各作家の作品が並べて論じられているわけですが、こうして並べられてみるとかなり説得力があります。

 これはたとえば日本の近代小説は講談の影響を多かれ少なかれ受けているというのに似ているのだと思う。『怪奇小説傑作集』の解説で東雅夫氏が、日本の怪奇小説と講談の関係を論じてらっしゃいましたが、講談をキーにすると、これまで見たこともないような、一見ひっちゃかめっちゃかな文学史ができあがりそうなので、面白そうだと感じたものです。

 本書で取り上げられているのも、上述のデュマ、ヴェルヌのほか、ヴィドック、ボアゴベ、ルルー、シュオッブ、ルブラン、カミ、ルヴェル……と、わかるようなわからないようなラインナップ。

 それにしてもルルーの作品は『黄色い部屋』にしても『オペラ座の怪人』にしても面白いと思ったことはなかったのだが、こうして「フィユトン」というキーワードで論じられてみると、面白そうに見えるから不思議です。

 魅力的ではあるものの他人からの借り物データの羅列と感想エッセイに終始していた乱歩の正続『幻影城』とくらべても、レベルが高いミステリ評論集。

 
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