『クライム・マシン』ジャック・リッチー ★★★★★

 テンポとサスペンスとユーモアと切なさと魅力的な登場人物が満載の、ジャック・リッチーの短編集。

「クライム・マシン」――息もつかせぬ展開、大胆なプロット、嫌いになれない登場人物、ほのかなユーモアとちょっと悲しい隠し味……と、ジャック・リッチーの魅力が詰まった一編。

 殺し屋の前に現れた男は、タイム・マシンで殺しの瞬間を目撃したと告げる。信じていなかった殺し屋も、数々の証拠を突きつけられて次第にタイム・マシンの存在を信じかけてゆく……。

「ルーレット必勝法」―― カジノに現れた男はギャンブル必勝法を知っているとほのめかした。やがてその言葉どおり勝ち続け……。

 ――というあらすじのとおり、パターンとしては「クライム・マシン」と同じ。タイム・マシンというけったいな大ぼらの方を、これぞ小説の醍醐味だと感じるか、コン・ゲーム的なルーレット必勝法の方がリアルで面白いと感じるか、各人の好みのわかれるところだと思う。ジャック・リッチー初体験の方は、リッチー印いっぱいの「クライム・マシン」よりは、「ルーレット必勝法」の方がとっつきやすいかもしれない。

「歳はいくつだ」――リッチー作品の登場人物はどこか憎めない。たとえ相手が殺し屋であっても詐欺師であっても。それをきちんと自覚している作家がこういう作品を書いてしまうと、読んだ方としてはヤラレタと思うしかない。あなたは本編が嫌いだろうか、それとも好きである自分にためらいを感じるだろうか、それとも文句なしに大好きだろうか。
 男は相手に銃を突きつけこうたずねた。「歳はいくつだ」。答えた相手に向かい、男は告げた。「もっと長く生きられたのにな」。

「日当22セント」―― 無実の罪で服役していた男。無能な弁護士と嘘つきの証人のせいだった。ようやく釈放された男の胸には、ある決意があった……。
 これはスレッサー([bk1][amazon])みたいで大好きな作品。“スレッサーみたい”というだけでも、どういう傾向の作品かわかっちゃうかもしれませんね。はい、というわけで多くは語りません。

「殺人哲学者」―― 刑務所のなかで誰にも邪魔されず思索に耽るために人を殺したと男は告白する……。
 殺人かどうかはともかく、また哲学するためかどうかはともかく、こういうやつが実際にいるから困りものです。留置場でご飯を食べるために窃盗するプー太郎とか。

「旅は道づれ」――機内で知り合った女同士が、それぞれに自分のことをしゃべくり始める……。
 相手の話なんかほとんど聞いていない、まったく会話になっていない二人の会話がすっごくリアル。これは女二人のしゃべくりのパロディなのかと思いきや、プロットを活かすための必然だったことに脱帽。

「エミリーがいない」――MWA賞受賞というだけあって、ひねりの利いたミステリの佳品。
 アルバートのもとに電話がかかってきた。「ハロー、ダーリン。エミリーよ」。妻からの電話のはずはないのだ。それは自分がいちばんよく知っている。ところがその後も電話は繰り返され、エミリーの目撃情報も寄せられる。でもアルバートはよく知っている。エミリーがいるはずはないのだ……。

切り裂きジャックの末裔」―― 精神科医のもとに現れた患者は、切り裂きジャックの末裔だと名乗った。精神に異常はないが、ジャックの末裔だということだけは信じている男。やがて精神科医の胸に、ひとつの計画が浮かび上がった……。
 「エミリーがいない」のアルバートもそうだが、本編の精神科医も非常に頭がよい。不測の事態にも臨機応変に対応できる。だから彼らの二歩も三歩も先を進んでいないかぎり、読者は気持ちよくだまされることになる。

「罪のない町」―― 「青少年犯罪」防止のための報告書を出すよう求められたミルドレッドは途方に暮れる。この町では犯罪など起こったことがないのだ……。
 推理小説では真相を示すパーツがひとつひとつ現れ、組み立てられてゆく。ではそのパーツを組み立てる人間がいなかったらどうなるだろう。それでも立派に推理小説になるのです、というのがこの作品。

「記憶テスト」―― 見たところ何の問題もないように見える一人の囚人。なのになぜか一度も仮釈放を認められたことはない。
 これは……。ここにきて初めてイマイチと感じる作品です。これ自体は悪くないのですが、似たパターンのもっといい作品がこの短編集には収められているので。

「こんな日もあるさ」――ヘンリー・ターンバックル部長刑事もの。
 警察に来た女は、兄を捜してほしいと訴える。身分証明書を持たずに出かけたので、事故にあってもわからないかもしれない――。そんな折り、失踪人と人相の一致する身元不明の死体が発見されるが、すでに別の人間が身元確認を終えていたのだった……。
 という不審な出来事からヒントを得て推理を働かせるターンバックル。頭はよいのになぜか事件は推理とは別の方向へ。

「縛り首の木」――ヘンリー・ターンバックル部長刑事もの。シリーズ中から「こんな日もあるさ」と本編の二作を選んだ理由は何なのだろう? この二篇だけでは、ターンバックルが運の悪い名探偵なのか真正の迷探偵なのか判断できない。ターンバックル、あまりにも鈍すぎます。
 自動車の故障でとある村に足止めを食うことになったターンバックルとラルフ。その村には、魔女の呪いにより年に一組を縛り首にしなければならないという伝説があった……。

「カーデュラ探偵社」―― 私立探偵カーデュラのもとに依頼が舞い込んだ。伯父が遺言を書き変えると宣言したため、伯父の命が心配だとのこと。
 元伯爵のカーデュラは、その特異体質(?)の関係上、夜専門の探偵です。給料が払えなくて、泣く泣く使用人にやめてもらう元伯爵……。伯爵の能力が事件解決とは無縁なところもおかしくも物悲しい。

「カーデュラ救助に行く」―― ひょんなことから強盗を目撃したカーデュラ。曲者を投げ飛ばして助けたものの、被害者からは感謝されるどころか怒られる始末。けげんなカーデュラが明くる日に出くわしたのは、昨日とまったく同じ光景だった……。
 魅力的な発端。そして相変わらずのひねりの利いたラスト。本書収録のカーデュラもの四編のなかでも一番の出来かも。

「カーデュラの逆襲」――ここに初めて〈カーデュラ〉ならではの事件と相成ります。見事な逆襲。これ以上はないというほどの。
 カーデュラの宿敵ヴァン・イェルシングがまたもや姿を見せた。祖父の代からの執念深さ。何とかしないとカーデュラの命が危ない。

「カーデュラと鍵のかかった部屋――これは『怪盗ニック([bk1][amazon])』ものみたい。と思ったのもよく考えると当然かも。だって盗みの話だから。いやそんなことよりもまずアイデアが『怪盗ニック』ぽくて好きなのです。
 盗品の絵画が盗まれた。盗品ゆえに警察に届けるわけにはいかない。そんな事情ゆえ、事件はカーデュラのもとに。

「デヴローの怪物」―― 地元の旧家デヴロー家には、夜な夜な徘徊する毛むくじゃらの怪物の伝説があった。現当主ジェラルドはダイアナと婚約中。そんなある日、ダイアナの父親マンスン大佐が怪物を目撃。村には不穏な空気が流れる……。
 というとホラーみたいですが、幕開けはそんな雰囲気など感じさせないほどに陽気です。ジェラルドの友人フレディは、自分の家には「剣をもて!」と叫ぶ騎士の幽霊しかいないと、ジェラルドをうらやましがるし、大まじめに語られるマンスン大佐の武勇伝ときたら失笑&爆笑間違いなしの立派なもの。しかし物語はやがてシリアスな展開を見せ……しんみりとした結末を迎えるのです。が。それでもやはり陽気なのです。デヴローの怪物の正体を絵的に想像してみてください。ちょっと間抜け? 間抜けだけど、怪物の出現に関する打ち明け話にはやっぱりほろりと来てしまう。息もつかせぬ展開、大胆なプロット、嫌いになれない登場人物、ほのかなユーモアとちょっと悲しい隠し味……「クライム・マシン」同様、ジャック・リッチーの魅力がぎゅうぎゅうに詰まった一編なのです。
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クライム・マシン
ジャック・リッチー著 / 好野 理恵〔ほか〕訳
晶文社 (2005.9)
ISBN : 4794927479
価格 : ¥2,520

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