気になる特集タイトルだった。買おうかどうしようか迷ったが、笠井潔と若手作家の座談会が載っていたのでけっきょく買うことにする。大戦間探偵小説論にしろ観念の殺人にしろものすごいインパクトがあったから、笠井氏が現在の本格シーンをどう読み解くのか、やはり興味がある。
「笠井潔・北山猛邦[bk1・amazon]・辻村深月[bk1・amazon]・米澤穂信[bk1・amazon]座談会」
社会派を論じていたあたりは印象や先入観で語っていたようなところもあったけれど、最近の笠井氏は積極的に若手の異変種ミステリに取り組んでいて、結論がどうなるのか非常に楽しみだ。肝心の座談会内容はというと、興味深くはあったけれど噛み合ってないような……。よく考えてみれば、討論じゃなくて座談会なんだものね。というか笠井さん、評論で書くならともかく、しゃべりで難しそうな漢字熟語をいっぱい並べ立てられても、きっと聞いてる方は理解できないと思う……。実際はもっとわかりやすくしゃべっているのを校正時に直したんだとは思うけど。
米澤氏は単なるファン・ライターじゃなくて、わりと自作分析も本格ミステリ分析もちゃんとしている感じがしたけれど、そうはいっても同時代の作家に同時代の現状分析まで求めるのは酷ですよ。同時代作家がどう思っているのか知りたい気持はわかるけど。ぜひ笠井さんにはもっともっといろいろな人と対談して、とんでもなく独創的な説を打ち立ててほしいものです。
「特集:ファンタスティック・ミステリ」
特集。ファンタスティック・ミステリ。耳慣れぬ言葉の響きは何やら甘美だが、特集されているのは要するに幻想ミステリとSFミステリのことである。ところが急造の新語なんかをテーマにしちゃったもんだから、言葉の定義と紹介されてる作品とエッセイや座談会で書かれてある内容とがちぐはぐしているというお粗末な結果に。小山氏が、尾之上氏の作った新語に踊らされちゃっただけかもしれないけど。座談会でB級のジャック・リッチー[bk1・amazon]よりもA級フレドリック・ブラウン[bk1・amazon]とか言いながら、ガイドではB級映画を薦めるのはないでしょうに。
尾之上氏に関して言えば、ファンタスティック・ミステリとはとにかく面白い娯楽作品と定義したうえで、リッチーも諸手をあげて大絶賛なわけだけれど。果たしてブックガイドや収録作品が「ありきたりでない超娯楽作品」かというと疑わしい。『幻想文学』55号[bk1・amazon]の特集を読んだときも思ったのだけれど、そもそも単に幽霊が出てくるだけのミステリを〈幻想ミステリ〉と呼ばないでほしいとも思う。
いろいろ書いたけれど個々の作品の出来は悪くありません。
「夢のなか」ドナルド・E・ウェストレイク
マヤの神官が夢の中に現れて……。ウェストレイク[bk1・amazon]やフレドリック・ブラウンの作品は、なにも幻想やSFにかぎらずともすべてが〈ファンタスティック・ミステリ〉。これもいい。どれも読め。
「特別ゲスト」キャロル・ネルスン・ダグラス
なにゆえ今回の特集に収録されたのか理解に苦しむ。心の機微を描いては非特集作品「電話ゲーム」に遠く及ばず、〈超娯楽作品〉でも全然ない。元大物マジシャンがかつての弟子の舞台を眺めていた……。
「ゴースト・パトロール」ロン・グーラート
ばからしさ満点の亡霊譚。実際には実体を持っているわけだから霊というよりモンスターだが。尾之上氏いうところの「ただの娯楽小説」である。キャラが好きかどうか、シチュエーションに笑えるかどうか、が楽しめるかどうかのポイント。わたしは楽しめませんでした。
「無貌の神の恐怖―殺戮者ホームズの事件」ティム・レボン
〈ファンタスティック・ミステリ〉のもう一つの軸である「独自の遊び心」となれば、本編およびギャレットの「十六個の鍵」。そして遊び心の最たるものといえば本編のようなパロディなのである。よく出来すぎたパロディ・パスティーシュというのは、原典やモデルを忠実に模倣しようとするあまり、真似は上手いのだけれど躍動感のない平板な物語になってしまいがちなのだけれど、本編はファン以外が読んでも面白いと思う。
「十六個の鍵」ランドル・ギャレット[bk1・amazon]
この号の目玉でしょう。科学の代わりに魔法が発達していたら……という架空世界が舞台のダーシー卿ものの中篇。すべてのドアを一回ずつ通ったという数学クイズみたいなばかばかしくて不自然な設定こそ名探偵ものの醍醐味かもしれない。すべては名推理のための従者にすぎない。謎は犯人探しと失せもの探し。黒魔術がからむ犯人探しの方よりもむしろ、上記のばかばかしい設定の失せもの探しの方に、より〈ファンタスティック・ミステリ〉らしさを感じる。
「SF&幻想ミステリ・ベスト100」尾之上浩司・笹川吉晴・並木士郎
〈ファンタスティック・ミステリ〉ブックガイド。収録短篇と収録作解題と座談会を読んでもいまいち見えづらかった〈ファンタスティック・ミステリ〉像が何となく焦点を結ぶ。幻想ミステリといえば幻想味のあるミステリで、SFミステリといえばミステリ興味のあるSFが多いのだと、漠然と思っていたのだけれど、そんなこともなかった。『木曜の男』[bk1・amazon]はともかくとして、「パンの大神」[bk1・amazon]や『地獄の家』[bk1・amazon]は普通ミステリに入れないものね。視点の幅広さ。まあSFと幻想のジャンル分け自体がものすごくいい加減ではあるけれど。
「奇想と夢想と妄想の集団芸術」小山正
B級バカミス映画の紹介。とりあえず特集とは無関係のバカミス映画ガイドだと思った方がいい。
「電話ゲーム」ウィリアム・トレヴァー
結婚式前夜のパーティで、無作為に電話をかけてどれだけ長く話を続けられるかを競おうと言いだした新郎。それが思わぬ結果に。馬鹿なイギリス人と生真面目なドイツ人。馬鹿な男と生真面目な女。国民性はデフォルメ嘘っぽい気もするが、このわからない男とわからない女の組み合わせってのはよくわかる。本人にとってみれば当たり前すぎるから説明するのもめんどくさいんだけれど、それを端折っちゃうと亀裂が入るからさらにめんどくさい。ま、でもこんなの日常茶飯事ですよねきっと。
「ミステリアス・ジャム・セッション第57回」道尾秀介
創元社の『ミステリーズ!』ならともかく、『ミステリマガジン』で日本の新人作家を取り上げてるのは意外な気がした。でも57回もやってるんだ。ぜんぜん知らなかった。バック・ナンバーもチェックしてみよう。というか単行本化されていた[bk1・amazon]。ブラウン神父が好き、横溝正史が好き、都筑道夫のミステリよりもホラーが好き、だそうで、楽しみ。
「ミステリ洋書通販 MURDER BY THE MAIL」
下隅の小さな囲みコラムだと思って馬鹿にするなかれ。エラリイ・クイーンのハウスネームを用いたペーパーバックの全作レビューが刊行されたそうだ。ファンジン『CADS』の48号。著者によれば出来がいいのはジャック・ヴァンスの3長篇だとか。ジャック・ヴァンス! ぜひ今回の特集には入れて欲しかったなぁ。でもミステリではないか。「五つの月が昇るとき」[bk1・amazon]とか「月の蛾」[bk1・amazon]とか、ファンタスティックというかへんちくりんというか、とにかく忘れがたい作品を書く人。クイーン名義の作品も読んでみたい。
新刊レビュー・新刊紹介など
ハヤカワ文庫JAの新刊〈ギャンブル・アンソロジー〉競馬篇『白熱』[bk1・amazon]が出版された。光文社文庫みたいな表紙デザイン。企画も光文社っぽい気が。ミステリではなくあくまでギャンブル小説のようだ。メンツが真保裕一・佐野洋・西村京太郎・宮本輝・石川喬司・遠藤周作・寺山修司・牧逸馬。微妙だな〜……。続刊としてカジノ篇とゲーム篇も出る模様。
ミステリチャンネル「闘うベストテン」の結果が載っていた。選評の様子なんてちょろっと書かれているだけなのに、メンバーが目に浮かぶようで結果だけ見ていても楽しい。
ハヤカワ文庫のルパンものが続刊決定だそうだ。春頃に『奇岩城』以下、毎年二冊ずつ。最終的には全訳されるのかな? となれば今から忘れず買っておきたい。でも売れ行きによっては途中で打ち切られるんだろうし。全作訳されるのならコンプリートしたいな。ルパンといえば、フランスでルパン入門書『Arsene Lupin』が出たそうだ。初めはロパンだったけどクレームがついてルパンに変更というのは真っ赤な嘘らしい。
以前に創元推理文庫から出版された『クリスマスに少女は還る』[bk1・amazon]がとても面白かったから、今回出版された『よい子はみんな天国へ』[bk1・amazon]もクリスマス・サスペンスとしてかなり期待しつつもついつい買いそびれていたのだが、紹介されているのを読むとやはり面白そうなので忘れずに買いたい。
『マラケシュの贋化石』[bk1・amazon]。十七世紀には、動植物が化石になるのではなくその逆で、化石とは石から生物になる途中のものなのだと考えられていた、なんておもしれー。ジェイ・グールドはハヤカワ文庫NFでは定番の作家。本書もいつか文庫化されるであろう。とは思う。でも今すぐに読みたいのである。
これも以前から気にはなっていたのだけれど、いまいち内容がよくわからないので手を出せずにいたのが〈新・世界の神話〉シリーズ[bk1・amazon]。新しい神話を創り出すのではなく、神話を新たに語りなおすというシリーズ方針でよいのだろうか? それともなにを書くかは各作者にまかせられているのか。紹介文を読んでもいまいちわからないし、ただでさえ魅力的なシリーズテーマなのに内容が謎めいていてますます気になる。
「夜の放浪者たち――モダン都市小説における探偵小説未満 第14回 荒畑寒村「出獄の羽音」(前編)」野崎六助
連載なものだからこれだけ読んでもまったくわからん。寒村の文学的資質を論じているだけなのか、それをもとに副題にあるようなことを論じてゆくのか。
「MWAの映画誌 第43回1996年」長谷部史親
ミステリという視点から映画を批評しているわけでもなく、映画そのものの評価でもなく、粗筋と豆知識だけの――。
「英国ミステリ通信 第86回 映画化された『ナイロビの蜂』」松下祥子
ジョン・ル・カレ原作映画についての話。ル・カレってスパイ小説のイメージがあるから、かなり昔の人かと思っていた。
「冒険小説の地下茎 第71回 現代中国のタブーに挑む」井家上隆幸
そりゃあ中国の冒険小説なんてそうそう訳されることはないだろうから内容紹介に筆を割くのはわからないではないけれど、えんえん粗筋じゃん。
「瞬間小説 第28回」松岡弘一
連載コラムって書いてある。コラム……? 小咄集みたいな感じ。
「ヴィンテージ作家の軌跡 第34回 レナード作品の地理」直井明
レナードの作品を地理別に分けているんだけど、ただ分けてるだけなんだよね。地理別に考察するでもなし。でもはからずも地理別=作風別になってるのかな? それとも次回に続くのか。
「ミネルヴァの梟は黄昏に飛びたつか? 第94回 語り手と詭計的な語り」笠井潔
この回は叙述の騙りについてまとめてあります。やはり連載を単発で読むのは無理がある……。単行本化[bk1・amazon]を気長に待ちます。だけど笠井潔クラスでも、ミステリの評論は文庫化ってのは無理なのかなあ? できれば文庫で出費を抑えたいのだが。
「翻訳者の横顔 第74回 魔女だったんです」高橋恭美子
面白い企画ではある。自分の好きな作品ばかりを訳している人がどんな人なんだろうと気になるもの。実はミステリ嫌いなんです、とかホラー嫌いなんです、とか言われたらショックだが。
「マクベインの追悼式に列席して」直井明
なにしろメンバーが豪華。しかし若者が少ないというのが寂しい。人柄なのだろうか、向こうの追悼式はこんなものなのだろうか、明るい雰囲気が漂っている。おまけとしてワイドショー的な興味まで楽しめる。
「夢幻紳士―逢魔篇― 最終回」高橋葉介
『ミステリーズ!』や『幽』にも描いているが、この人はなにを書いても高橋葉介の葉介印。
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翻訳小説サイトロングマール翻訳書房