『靴に恋して』(PIEDRAS,2002,スペイン)★★★★★

 『ディーバ』とか『マグノリア』系のオムニバス群像劇。原題は「石」の意。人生のいたるところに転がって人をつまずかせる小さな障害。

 タクシー・ドライバーのマリカルメン靴屋の店員レイレが印象的。レイレは主役といってもいい。昼は靴屋で働き、夜は盗んだ靴を履きクラブで踊る恋人依存症の女。自分を受け入れてくれないクンに対し情緒不安定に怒鳴ることしかできなかったレイレが、ゲイの同僚ハビエルとの会話や、義母のマリカルメンとの再会を通じて、やり直す方法を見つけていく過程は見るものに力を与えてくれる。

 再婚してすぐに夫が逝去。マリカルメンはタクシー・ドライバーの職を継ぎ、夫の連れ子3人のうち2人を養っている。継母に馴染めない娘ダニエラは麻薬に溺れ心を閉ざす。まだ小さい息子ビクトルがかわいい。ベッカムヘアにしたいとねだるビクトルに曖昧な返事をしてしまうマリカルメンに代わって、ダニエラが髪を切ってあげようとするシーンがすごく悲しい。3人の異様な緊張感が伝わってきた。マリカルメンは最初から最後まで一貫して前向きな役なので、いちばん共感しやすいだろうな。

 イサベルは嫌な女。男からも女からも嫌われるタイプ。でもこの映画を見た女はイサベルにいちばん共感するのかもなー。恋愛至上主義だよね。前半のレイレも困ったちゃんだったけど。高級官僚の夫が冷たいからって靴は買いあさるし万引きは日常茶飯事だし(罪の意識ゼロ)嘘はつくし見栄は張るしで最悪なのだが、足のカウンセラーみたいな専門家のもとに通ううちに、新たな人生に踏み出そうと決意する。夫婦でお互いに浮気はするしコミュニケーションはないし、なのに実はどこかでお互い愛し合ってたってところが複雑で。イサベルの友人は夫から家庭内暴力を受けているんだけど、他人に迷惑を掛けることでストレスを発散するという点ではイサベルも暴力夫と変わらないんだよね。自分は暴力夫でもあり、かつそんな夫から離れられない友人でもある、とようやく気づくのでした。

 アデラとアニータは親子。アデラはキャバレーのマダム。アニータは知的障害。アデラは職業上、および娘のことがあるから恋愛なんてするつもりもない。アニータは犬の散歩以外は部屋に閉じこもりっきり。そんなアニータが、雇われた看護師見習いホアキンにひかれてゆくのは当然のことだった。一方、ホアキンを雇ったことで心に余裕が出来たのだろうか、アデラも高級官僚の客レオナルドとつきあい始める。でも彼には妻がいることがわかって……。レイレがハビエルに宛てた手紙で、「夢は言い訳」って言っている。いい意味で。幸せに生きるための言い訳。アデラにとっては、もう一度だけ恋愛することも小説を書くことも、どっちつかずの夢だった。どちらも選ばずに生きていた。不幸。両方とも選んだっていいと思うんだけど、まあアデラは恋愛に懲りて小説の夢を取ったのでしょう。箱入り娘のアニータにとっては、初恋というおたふく風邪がようやく終わったということで。

 うまくまとまっているんだけど、群像劇タイプであるおかげで、出来すぎのハッピーエンドという印象は受けない。
 

 サントラは発売されてないらしい。残念。「音楽は、エディット・ピアフ、ジャック・ブレル、ベン・ハーパーなど、5人5様のテーマ音楽が選曲、印象的に使われている。メイン・テーマは、「The Shadow Of Your Smile」。エリザベス・テーラーリチャード・バートン主演映画「いそしぎ」の主題歌、哀愁を帯びたメロディとヴォーカルが静かに響く、心に染みる名曲。ブレンダ・リーアンディ・ウィリアムストニー・ベネットアストラッド・ジルベルトマーヴィン・ゲイなど多くの歌手にカヴァーされている。」だそうである。
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 翻訳小説サイト ロングマール翻訳書房


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