『よい子はみんな天国へ』ジェシー・ハンター(創元推理文庫)★★★☆☆

 男の子ばかりを誘拐し、殺したあとに靴と靴下をコレクションするチョコレートマン。クリスマスも間近なある日、いつものように男の子を攫ったはずだった。だがどうした手違いか、攫ったのは女の子だった。女の子に対する接し方がわからずに不安がるチョコレートマン。持てるかぎりの機転を利かせて何とか難局を切り抜けようとする女の子エミリー。チョコレートマン事件の捜査班エドマーシー。犯人家のそばに住む詮索好きな隣人たち。自分を責める母親ローリー。自らの信じるものに従って、それぞれが動き始めた。

 原題『One, Two, Buckle My Shoe』はマザー・グースより、「ひとつ、ふたつ、くつはいて」。邦題もエピグラムにあるマザー・グースより、「ワン、トゥー、スリー、フォー、ファイヴ、シックス、セヴン、よい子はみんな天国へ《オール・グッド・チルドレン・ゴー・トゥ・ヘヴン》」。――なんだけれども日本人にはマザー・グースよりもビートルズの「ユー・ネヴァー・ギヴ・ミー・ユア・マネー」でお馴染みかも。

 おもしろいんだけれど、完成度は高くない。せっかくの設定やエミリーの機転があまり活かされているとは思えないラスト。そこにかぎらず、クライマックスはこれまで積み上げてきたピースを自らアクションでぶっ壊してしまってるものなぁ。もったいない。

 チョコレートマンはサイコキラーというより繊細な青年のように描かれていて、違和感ばりばりです。イメージ的にはケヴィン・スペイシーを連想しました。ケヴィン・スペイシーくらい演技が巧ければいいんですが。これはこれで面白いキャラなんだろうけれど、母親や警察側とくらべると、誘拐犯・少女側に緊迫感がないんですよね。誘拐された少女とのあいだに絆(?)みたいなものが生まれてくるほどには魅力的ではないというのも違和感の一つ。九歳の女の子に見破られるトラウマって……。情けない犯人が好きならすぐ読もう!

 エミリーは『少女探偵ナンシー・ドルー』を愛読し、ガルボやボガートの出てくる名画を鑑賞する女の子――という設定がまずイカしてます。女の子っぽくなるのが嫌でしょうがない。一人っ子で父親がいないからでしょうか、九歳にしては半端じゃなく大人びている。最初っから大人びているので成長物語という側面はあんまりないのが残念。

 刑事のエドマーシーのパートが一番うまく描かれている。というか読んで一番おもしろかった。精悍なエドと、エドのことがちょっと好きな不格好なマーシーマーシーがチョコレートマンに異常なほどの憎悪を抱く理由ははっきり描かれてはいないし、エドの家庭生活もほとんどわからないんだけれど、捜査している二人の様子だけで、二人がどんな人間なのかがありありと伝わってくる。事件に直接タッチしていない制服警官が、二人とは対照的にお役所仕事なのすら熱い。

 犯人の近所に住んでいる詮索好きの老人たちもいきいきしている。犯人にとっちゃ運が悪いとしかいいようがない……。そろいもそろってしっかり見張ってしっかり覚えているんだもの。でも匿名の目撃情報だけでは警察は家宅捜索できない。だけどあくまで匿名を通す者(身近な事件もあくまでゴシップでしかない)もいれば、警察を待たずに直接行動を起こす者もいる。近所のことなんか興味ない人たちだってもちろんいる。いかにも郊外のご近所なのである。

 母親ローリーのヒステリックな性格の背景は徐々に明らかになってきます。エミリーがちょっと見えなくなっただけで異常に取り乱すのも、虫の知らせとか以上にわけがあるのでした。ローリーの両親は離婚。なのにローリーもまた娘が小さいころに離婚した。そんなわけでどこか負い目を感じています。チョコレートマンは母親を苦しめるだけのために、興味はないくせに被害者に性的虐待を加えてから殺す。幼いころに性的虐待を受けているローリーは、チョコレートマンが被害者に何をするか知ればいっそうパニックになるだろう。――と、こういう設定のおかげでサスペンスがほんの少しだけ増しています。

 最後に出てきたブライアンはえらく損な役回りです……。ただのばかなんですけど、彼のおかげでチョコレートマンの獣性が目覚め、エミリーも遠慮なくチョコレートマンと闘えるという。でもここまでばかな設定にしなくても、もうちょっと書きようがあったんじゃないかと思ってしまうのですが。

 前半とくらべると後半は総じて展開が甘めになってきてしまいます。事件解決に向かってご都合主義まっしぐら! エミリーの生死、ローリーの独自捜査、ブライアンくんなどなど。ハイウェイを通りかかった銃を恐れていない、女連れの通りすがりの男はいったいなんだったんだろう……?

 ――とかいいながらも、あくまで構成や必然性よりもサスペンスを重視した物語なので細かいことを気にしてはいけません。へなちょこなチョコレートマンとかおっかないローリーとかかっこいいエドマーシーの捜査ぶりを堪能すべし。けっこう厚め(540ページ)だけれど、一気に読んじゃいました。
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[honto]
 


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 翻訳小説サイト ロングマール翻訳書房


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