『切られた首』クリスチアナ・ブランド/三戸森毅訳(ポケミス0515) ★★★☆☆

 大傑作になり損ねた作品です。というか、“本格ミステリ的な真相”なんてブランドは鼻から考えてませんね。読んだあとにちょっと消化不良が残ります。あるのはただ“本格ミステリ的な解明と展開”のみ。他のブランド作品同様、いくつもの推理がこれでもか!というくらいに団子状になって次々に展開されます。それも推理内容のリアリティなんてどうでもいい、論理的に無二か否かかどうか。登場人物が本気で言っているのか巫山戯て言っているのか判断しがたい推理もあり、そんなところは『虚無への供物』みたいでもありました。隠された事実が小出しになってポンポン飛び出してくるのも古き良き本格スピリットあふれていて楽しかった。

 しかーし!なのである。いくら伏線や理屈が揃っていても、やっぱりこの真相は掟破りです。この手の作品もめずらしくはありませんが、(少なくともわたしは)どれも読んだあとに納得いかないような後味が残りました。ブランド自身は、この手の作品をその後いくつか手がけているところをみると、こういう真相もひとつの可能性として興味を持っていたのでしょうね。ここらへんは好き嫌いの問題でしょうか。

 良くも悪くも“豪腕”なんですよね。それも力で押し切る豪腕ではなく、論理で押し切る豪腕。こんなの誰にも真似できません。この“論理で押し切る”ブランド印の豪腕に一度でも打ちのめされたことのある方なら、読んで損はないと思います。『はなれわざ』の真相だって納得いかないっちゃあいかなかったわけですし。『ジェゼベルの死』だって現実問題として考えてみりゃあ納得率は五十歩百歩とも言えるわけですし。魅力ある真相よりも論理のサバイバル駅伝、それがブランドの魅力です。

 実はコックリル警部初登場作品なのでもあるのですが、解決編のあたりなんか完全にヘンリーに主導権を奪われちゃってます。

 以下、かなり踏み込んだあらすじ。それほど好みの話ではないので読み返す機会はないと思い、どんな話だったのか忘れないようにメモ。(なので内容を知りたくない人はここから下は読むべからず)。

 かつて森で娘が殺された。そしてグレイス老婦人が殺された。さらに従妹のピピが殺された。足跡のない殺人。人間の手で切られたのではないちぎれた首。ピピは「ぼくの妻だつた」と表明するジェイムズ大尉。第一の殺人のときに「寝ていた」と嘘をついたフラン。「今迄よりもずつと心配されるかも知れませんよ。なにしろ、(フランは)書斎でぼくと、抱き合つて坐つてたんですからね!」というジェイムズが明かす新事実。足跡のない殺人を解明しようと汽車に乗り込むジェイムズ。首は汽車に轢かせたのだ。雪が降っているあいだに殺したから足跡がないのだ。過去の首切り殺人を自白した男。男の自白と死体発見時の状況が違うため、「あんたはね、嘘をついてるんだよ」と告げるコックリル警部。死体を発見したときに被害者のブローチを「手にとつて見ました。(中略)ちよつと慌てて、元のところへ落としたわけです」と現場を荒らしたことを無邪気に告白するペン(ドック)。足跡のない殺人を解明しようと、綱渡りをやるヘンリー[フランの双生児の姉ヴィニシアの夫]。雪が止んだあとでも足跡を残さずに死体を捨てることはできるのでは。そうか綱渡りか。ということで元ブランコ乗り芸人トロッティを訪ねるコックリル。ところが渡した綱を回収できずに推理は頓挫。馬鹿な素人の推理を信じてしまったと反省しながら仕切りなおし。コックリルの推理――ピピがグレイスを殺し、フランも殺すと電話をかけているところを目撃してしまったペンが、フランを守るためにピピを殺したのだ。ヘンリーの推理。レディ・ハートがグレイスとピピを殺したのだ。孫のフランに害を及ぼすものを許しておけなかったから。ペンの推理(記憶)――グレイスの発見者は首が切られたことは伝えなかった。だけど「ペンドックは、首のことを知つていた」。ということは、レディ・ハートだけが首のことを伝えることができた。いや、レディ・ハートも「首のことは一言も言わなかつたのだ」。ということは……。
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切られた首
クリスチアナ・ブランド著 / 三戸森 毅訳
早川書房 (1984)
ISBN : 415000515X
価格 : ¥866
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