『ミステリーズ!』Vol.15 ★★★★☆

 目玉は「幻の探偵講談」とフェラーズの短篇ですかね。

シャーロック・ホームズ変奏曲」05野間美由紀
 「あのひと」のヴェールと、引退後の蜂の巣穴をダブらせるだなんてうまいなあと感心してしまった。

「私の一冊〜ジャズが似あう。舞台はフランスなのに〜」井上夢人

 『シンデレラの罠』という作品の最大の魅力は、井上氏が「ミステリー小説の惹句として、これはいまだに最高傑作ではなかろうか」と書いている、その惹句にあると言ってもいいでしょう。問題は、惹句があまりに素晴らしすぎるがゆえに、読む前に期待しすぎてしまうことです。初読から何年か経ってほとんど内容を忘れてしまった今、改めて期待せず虚心に読み返してみようかな、と思いました。

「血染めの鞄」旭堂南湖・脚色/山崎琴書・原作【特別企画・幻の探偵講談】

 ――明治の頃。警視庁に二人の探偵がおりました。「おい大村。あの鞄はどうも怪しい。血がにじんでいるではないか」鞄を開けてみますと、中からばらばらにされた女の死骸が出て参りました。「俺はさきほど宿屋へ入った女が怪しいと思う。俺は面が割れているから、速水、ひとつおまえが田舎者に変装してくれ」

 芦辺拓氏による解説には、「乱歩の通俗長編の文体がいかにこの話芸から多くのものを得ているかは一聴明らかです」と書かれてありますが、言われてみればナルホドその通り。あらかじめ講談だと思って読んだので、立て板に水の講談調で頭の中で音読していましたが、乱歩作品だと思って読んでみれば、丁寧に語りかけるような口調の地の文など、確かに乱歩です。しかしそうしてみると乱歩作品というのは、本来ならテンポよく歯切れよく読むべきものなのでしょうか、と思うと愕然とします。

「私がデビューしたころ〜八月の舟〜」樋口有介

 生まれて初めて読んだ小説――カッパ・ノベルズ――を読み終えて、純文学作家になろうと決意した、というあり得ない展開がすさまじい。フィクションでもこんなこと思いつけんよ。

「真に至る知恵 山内一豊の妻の推理帖 第一話」鯨統一郎★★★★☆

 ――「食事はまだか」織田信長が家来衆に声をかけた。ようやく運ばれた膳に箸をつけようとしたとき、「お待ち下さい」毒味を買って出たものがいた。みそ汁に口をつけた途端、そのものは絶命した。

 山内一豊の耳にも暗殺未遂の噂は入っていた。千代は言った。「詳しく聞いてきていただけませんか」

 「大河の向こうを張って新シリーズ開幕」ってありますが、ホントのところどうなんでしょう。最後のセンテンスで、むりやり史実とくっつけちゃう強引さがたまらなくバカミス。松尾かおるのイラスト千代の着物の柄が最高です。なんじゃこりゃ(^^;

「酬い」石持浅海★★★★☆

 ――「ねえねえ」ムーちゃんが茶碗にご飯を盛りながら言った。「今朝、痴漢に遭っちゃった。いつもより二十分早い電車に乗ったら、後ろからお尻を触ってきたのよ。懲らしめてやったわ」僕は小さくため息をつく。ムーちゃんは人間ではない。人間のエネルギーを吸収している生き物なのだ。

 三週間後の朝。ホームの様子がおかしい。人が倒れている。覗き込んだムーちゃんが言った。「痴漢の人だ」

 エピソード自体を大きな伏線にしてしまうことといい、意外な展開といい、面白かった。ほとんど安楽椅子探偵みたいな後半の怒濤の推理がミステリの醍醐味。

「私の一枚」加藤実秋

 横浜銀蠅

「大切な人」北川歩実★★★☆☆

 ――君保がファミレスに入ると、男が顔を動かした。「君の父親は竜太だね」国山竜太は借金返済のため祖父に三千万を借りて、そのまま姿を消した。「僕と竜太はそんなに似ていますか」「いや、似ていない。竜太の父親に似ているんだ。氏木先生だよ」

 北川歩実の作品は、DNAとかを題材にしているけれど、中身は古典的なミステリなのです。

「割り切れないチョコレート」近藤史恵★★★★☆

 ――その日のランチはいつになく忙しかった。だからその男女の様子に気づいたのはデザートをサーブしているときだった。陰鬱な雰囲気だ。さりげなく気をつけていようと思ったとき、まさにそのテーブルから手が上がった。「お勘定」そしてシェフにこう言った。「なんだ、あのボンボン・オ・ショコラは?」

 素数の謎はよいですね。そして“何のために頑張るのか”。別に成功するために頑張るわけじゃないんですよね。“その”ために頑張ってきたのに……。

「自らの伝言 モザイク事件録」小林泰三★★★☆☆

 ――「ねえ早苗、使い捨て携帯って知ってる」菜穂子が話しかけてきた。「三か月経ったら使えなくなるの。私の彼氏が売ってるんだけどさ。彼、水のコミュニケーション能力の研究してるんだ」礼都の声がした。「わたし、馬鹿には我慢できないの。他所で話してくれない」

 ものすごく強引に展開してゆくストーリー。登場人物や設定はすべてストーリーを進めるためだけにある。ここまで極端だといっそ潔い。

「イギリス雨傘の謎」松尾由美安楽椅子探偵アーチー》シリーズ★★★★★

 ――自分から希望したわけでもないのに、衛は去年同様図書委員になっていた。相棒も去年同様に野山芙紗。五年生の橘小百合は委員長の野山に心酔している。「あの子ってほかの五年生からちょっと浮いてるよね」今どきめずらしい日本のお下げ。お祖母さんが手作りした古風な服。なぜかいつも持ち歩いている傘。

 「事件」が起こったのは、それからしばらくたってからだった。図工の実習生が、卒業制作のモデルに選んだのは橘だった。まずは粘土で像を造り、準備室で乾かしておいた。次の日、鍵の掛かった部屋の中で像は壊れていた。

 イギリスに雨傘とくればブラウン神父。橘さんもチビでちょっとずれたキャラクターです。名探偵ではありませんが。事件自体は同じイギリスの「三人の学生」でしょうか。心理的な密室の謎が見事です。

 さしもの安楽椅子探偵も「家具だから、そういう心理のあやはわかりようもない」。そこで登場するのが好奇心一杯の女の子代表、野山芙紗です。この役はやはり女の子でなくてはいけません。男の子と比べて総じて年齢のわりに大人びている。

「取り替えっ子」諸星大二郎

 諸星版グリム童話

「我が身世にふる、じじわかし」芦原すなお★★★★★

 ――顔を洗おうとしてどきりとした。「『花の色は移りにけりな』だね」「あ、古今集ね」「それは知らないけど、これほど器量が落ちていたとは知らなかった」「顔色も悪いし、肌もかさかさしているし、熱があるんじゃない」

 高熱で寝込んでいるところに悪徳警官の河田がやってきた。「実は奥さん、老人が二人、行方不明になりました」「ふーん」ぼくはうなずきながらうなった。「それは、じじわかし、だな」

 著者ははらはらと降るイチョウの黄色を「かすかに緑の気配をその奥に隠した黄色、というか。あるいは、まるで蛍光灯のような黄色だと言おうか」と表現します。イチョウの葉がありありと目の前に浮かんできます。これほど的確にイチョウの葉の色を表現した言葉なんてないのじゃないでしょうか。

 ミステリとしては暗号もの。

「ミステリーズ・バー14〜地中海の人々が好む薬草酒」岸田るり子

エバー・グリーン〜ピイ・シリーズ7〜」菅浩江★★★☆☆

――ここは昔ピイたちの巣だった。いまだにここが〈ピイ・プロジェクト〉に関係すると思い込んでいたピイ反対派が、出張カフェのマスターとして潜り込んできたこともあった。だから信頼できる人が来てくれて安心です。

「デッドライン 第6回」恩田陸

「COMICAL MYSTERY TOUR」いしいひさいち

 『犬はどこだ』『容疑者Xの献身』『暗く聖なる夜』『指紋を発見した男』

「月の雫」大倉崇裕★★★☆☆

 ――谷本はハンドルを握る手に力を込めた。「もうすぐ着きます」「あんたも用心深いな。ヘッドライトもつけずに運転しなくとも」「佐藤酒造との合併は、社長の私以外誰も知りません。すべたは今年の造りが終わってからです」蔵の前に車を停め、谷本と佐藤は外に出た。タンクに沿って設置された足場を登る。谷本は目をつぶり、肩から佐藤にぶつかった。佐藤は叫びもあげずに水を張ったタンクに落ちた。

 『古畑任三郎』的というか――証拠をもとに容疑者を逮捕するのではなく、論理的にこうだから犯人は○○以外あり得ない、というのは、素人探偵ものならともかく、警察が探偵役のミステリでは納得いきません。『古畑』みたくどこまでも作り物にしてくれればそれでもいいんだけど、普通の小説仕立てでこれはちょっと。

アーバスノット夫人はキャンセルした」エリザベス・フェラーズ/中村有希(The Cancelling of Mrs. Arbuthnot, 1992)★★★☆☆

 ――死体を発見したのはかかりつけの医師だった。物盗りに殺られたらしい。

 ちょっとこの短さ(ショート・ショートといってもいいくらい)で犯人当てをやるのは無理があるような。

「うさぎ幻化行 第2回」北森鴻

「勝者と敗者――東野圭吾『容疑者Xの献身』」笠井潔《人間の消失・小説の変貌》15★★★★★

 これは久々に「来たっ!」て感じです。“大量死と本格ミステリ”の関係を提唱して以来、著者は時代とミステリの関係を常に模索し続けていたわけですが、いよいよ現在との関わりをつかむヒントを見出しかけているような。次回が楽しみ。

「アラン・グリーンの恋のから騒ぎ杉江松恋《路地裏の迷宮調査》15

 スクリューボール・コメディの影響という指摘は、後世の、それも日本人には、言われてみないと気づくのはなかなか難しい。だからこそこのエッセイは貴重です。

「MYSTERIES BOOK REVIEW」

 宮脇孝雄評による『維納の殺人容疑者佐藤春夫若竹七海評による『クリスマス・プレゼント』ジェフリー・ディーヴァー中村有希評による『九杯目には早すぎる』蒼井上鷹戸川安宣評による『メッセージ The Final Card』『メッセージ The Last Card』。どれもここで紹介されなければまったく興味を惹かれなかったと思う。そういう意味では今回の書評はお得感があった。

本格ミステリ鑑賞術 第四章 先行作品との関連性」福井健太

 先行作品との関連性、というと真っ先に思い浮かべるのはトリックが同じということ。でもそれだけじゃなくて、先行作品への言及というのもある。昔の作家はフェアプレイにはこだわる癖に、自作の中で先行作品のネタをばらすことにはなぜか結構無頓着だったりするから困りものです。

 裏表紙は、例年にない大雪と寒波ということで、「雪とミステリ」のカバー紹介。
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