『熊の場所』舞城王太郎(講談社文庫) ★★★★★

 単行本を買って持っているのに、読みそびれているうちに文庫化されてしまった。単行本は表紙とカバーのさわり心地が面白いし、舞城イラストも入っているから、これはこれでいいか、と思いながら文庫を購入し読了。やっぱ文庫の方が読みやすいし。

熊の場所★★★★★
 ――僕がまー君の猫殺しに気づいたのは僕とまー君が十一の時だった。まー君のランドセルを落とした弾みに中身が出て、ひょろりと長い猫の尻尾が、一本ぽろと飛び出て僕の心臓を停止させたのだった。

 熊に襲われた恐怖に打ち勝つためには、恐怖の元に戻らなければならない、というわけで、まー君の正体に気づいた僕は、恐怖を克服すべく、まー君に会いに行くわけです。恐怖を感じつつもスリルを楽しんでいる僕の様子とか、猫を殺さざるを得ないまー君の様子とか、意外なところから解決する事件とか、三作中でも最も完成度の高い話。それに、舞城氏の文体は男の子の一人称がいちばんしっくり来ると思うので、その点でも集中本篇がいちばんです。

「バット男」★★★☆☆
 ――去年くらいから現れたバット男は、バットを持って振り回して喚き出す危険人物であった。でもバットは威嚇用であって決して殴ったりしないので、反撃を食らってよく殴られたりしていた。

 弱ければ負ける。負けないためにはバットを持って反撃しなければならない。ミステリ味は最も薄い。男と女のすれ違いになぜか巻き込まれてしまう僕の元にも、知らぬ間に暴力がしのびより、バットで身を守らざるを得なくなる。普通に考えてみれば現実にも、身に覚えのない暴力がいつどこから降りかかってくるかもしれず、男と女のすれ違いも降りかかる暴力もどちらも身近な話なのだ。

「ピコーン!」★★★★☆
 ――哲也は「婆逝句麺」の仲間になって浮気をしてはすぐばれる嘘をついてしょっちゅう喧嘩をする馬鹿だけれど、わたしはそんな哲也を愛してる!

 笠井潔説に対する反論なのかオマージュなのか嘲笑なのか、とんでもない死体が出てきます。笠井説とオタクが組み合わさるとこうなっちゃうんでしょうか。もともとミステリ的な仕掛けに対してはこういうノリではありましたが。

 「ピコーン!」というのは語り手が閃いた音。物語の中では、語り手だけじゃなく、犯人も閃きに導かれて、そして罪を犯します。でも犯人は閃きだけなんですよね。前の二話は挿話=タイトルになっていたけれど、一度身についてしまえば簡単には忘れない、という本篇の挿話はタイトルにはなっていません。語り手には努力と閃きがあったけれど、犯人には閃きしかなかった。閃き・思いつき・その場しのぎ・気まぐれ・無責任。言い方はなんでもいいけれど、「ピコーン!」だけでは何もできません。

 地の文に「伊藤君(21)と桜谷さん(31)がいる」と書いたり、松本人志を引用したりと、普通ならぜったい違和感を感じるはずなのに、もう完全に舞城ワールドが完成されちゃってて、馴染んでしまってます。

 どうでもいいですが、挟み込みの栞がいつのまにかまたマザー・グースに戻ってるんですね。柔らかい紙質の栞なので、挟んだまんまでも邪魔にならず読めるので気に入ってたんです。めでたしめでたし。
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熊の場所
舞城 王太郎〔著〕
講談社 (2006.2)
ISBN : 4062753316
価格 : ¥420
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