『ミステリマガジン』2006年5月号【追悼特集=マイクル・ギルバート】

追悼特集 マイクル・ギルバート
 寡聞にして知らず。『捕虜収容所の死』[bk1amazon]の名を聞いたことがあるくらい。エッセイも評論もなしの短篇八篇の特集。雑誌形式の短篇集といってもいいくらいマイクル・ギルバート一色なのでファンなら買いでしょう。

 初めての作家だったのですが、面白く感じたものとつまらなく感じたものの差が極端でした。総じてちょっと皮肉なものの方が面白く感じられました。

「巧妙かつ冷静なる殺人」マイクル・ギルバート/熊井ひろ美訳(A Neat, Cold Killing)★★★☆☆
 ――三月十五日の夜、ルー・ロウリーが銃撃された。採取された弾丸以外に手がかりはない。ひょんなところから現れた銃の持ち主は、〈外国人〉から手に入れたと言っていた。

 ちょっと変形のダイイング・メッセージ、ですよね。メインは〈外国人〉探しということになるのでしょうか。ことば遊びものは邦訳に向いてないと思うのですが、八篇中三篇がそうです。著者の特徴なのかな? メインの謎が英語のことば遊びですからイマイチ感はぬぐえない。

「読めない遺言書」マイクル・ギルバート/仁木めぐみ訳(Will-O'-the-Wisp)★★★★★
 ――トビアス・バックが亡くなった。同居人の二人は遺言書を捜そうと躍起になるが……。

 軽くてお洒落な宝探し。短篇集の中にこういうのが一篇まじっていると何か満足感があります。

「キングを捕まえろ」マイクル・ギルバート/三角和代訳(Pick Up the King)★★☆☆☆
 ――故買屋のキングを捕まえろ。もう二十年以上も警察の手を擦り抜けてきた謎の犯罪者だった。

 「巧妙かつ冷静なる殺人」と並んで割とオーソドックスな警察捜査もの。これもことば遊び。

「クロコディール事件」マイクル・ギルバート/花田美也子訳(The Krocodil Affair)★★☆☆☆
 ――王位を継ぐために帰国する少年と諜報部員ベアランズの一夜の冒険。

 う〜ん、なんとも言い難い……。

「壜の中のコルク」マイクル・ギルバート/上條ひろみ訳(The Cock in the Bottle)★★★★★
 ――南米で油田を探しているマーティンがいるのは、壜の口のように川がすぼまっている場所だった。犯罪者が川を渡るならこの場所だ。

 大がかりな騙しの手口といい、最終行から受ける読後の余韻といい、傑作。架空の独裁国家の正義と西洋的正義のぶつかり合い。大佐も、少女も、マーティンも、みんなカッコイイ。

「赤いアンダーライン」マイクル・ギルバート/対馬妙訳(Underline in Red)★★☆☆☆
 ――顧客の甥ハーバートが依頼に来た。パスポート申請書に署名がほしいそうだ。

 へんちくりんな捜査方法。警察にはない独自の捜査なのだけれどちっとも魅力的じゃない。

「ジュディス」マイクル・ギルバート/高山真由美訳(Judith)★★★★★
 ――エレンが死んだ。十一歳の少女は乱暴されたあと頭を木の幹にぶつけて殺されていた。容疑者は浮かぶが犯人の決め手はない。

 冒頭の一行に凝る作家はたくさんいるけれど、マイクル・ギルバートは結びの一行にこだわる作家のようです。「巧妙かつ冷酷なる殺人」しかり「壜の中のコルク」しかり本篇しかり。どれもこれも余韻が半端じゃない。本書で紹介されている作品には、独自の捜査や独自の正義ものが目立つのだけれど、これもそう。でもそれだけに終わらないのは結びの印象が強いから。ジュディスと子どものやりとりも、明智と少年探偵団というかホームズとべーカー街イレギュラーズというか、シリアスな内容とはうらはらにちょっとわくわく感があっていい。

「殺人計算法」マイクル・ギルバート/駒月雅子(The Mathematics of Murder)★★★★★
 ――電車内連続殺人犯「ナイフ男」の新たな被害者が見つかった。発見者の弁護士ヒューゴーは独自に調査を進めるが、マフィアや警察も介入し……。

 はからずも「現代本格の行方」では、数学的思考による犯罪計画について触れられていた。それはともかく。警察の捜査と弁護士の調査が同時進行していく展開が新鮮。しかもどっちも読ませる。警察が単なる引き立て役じゃなくてね(最終的には引き立て役かもしれないけれど)。警察にも弁護士にもマフィアにも見せ所があるので読んでいて飽きない、面白い。弁護士の捜査は安楽椅子型名探偵てな感じ。

「ミステリアス・ジャム・セッション第60回」井上夢人
 器用な人。多才な人。それだけに何を読むか迷う。一冊読んで面白くなかったからと言って、ほかの作品も肌に合わないとは限らない。

「誌上討論/第3回 現代本格の行方」小森健太朗巽昌章つずみ綾
 第1回の笠井潔氏以来、ぞくぞくと著名な評論家が寄稿していて、さすがに「『容疑者Xの献身』は本格か否か?」だけをぐじぐじといじくり回すのではなく、もっと広い視点に立った評論も出てきてうれしい。

ミステリチャンネルから」60年代の二大人気番組
 「トワイライト・ゾーン(ミステリー・ゾーン)」の新シリーズが放映されるそうです。オリジナルを見たことのない世代としては、旧シリーズの放映やらDVDやらをお願いしたいところなのですが。

「新・ペイパーバックの旅 第2回=ついにめぐりあえなかった『幻の女』」小鷹信光
 『幻の女』入手をめぐる乱歩のエッセイはあまりにも有名だけれども、本を横取りされた春山行夫氏サイドの話というのは初めて読みました。

「ヴィンテージ作家の軌跡 第37回 レナード――デトロイトの奴ら(後編)」直井明
 サーガってのは面白いよね。いろいろな人物相関にくすりとできる楽しみがある。映画でも、監督や配給会社の垣根を越えてこういうことをやってくれると面白いのに。

「瞬間小説 31」松岡弘一
 「酔眼カップル」「明日は何の日?」「長生きの秘訣」「ネクターガイド」

「夜の放浪者たち 第17回 内田百けん東海道刈谷駅」(中編)」」野崎六助
 百けんの夢・幻想についての考察。「正直なところ、最近、「冥途」を読み返してみて当惑した。初発のあの簡単が、明瞭に蘇ってこない。瑞々しい驚きが、世界の秘密を垣間見せられたような胸苦しさが迫ってこない」という文章からむしろ、著者がかつて感じた百けんの魅力が痛いほど伝わってくる。

ミネルヴァの梟は黄昏に飛びたつか? 第97回 宗教的告白と文学的告白」笠井潔
 フーコーの引用だけど、ギリシア・ローマ型権力と、ユダヤ型権力の違いというのを初めて知ったので面白かった。

「今月の書評」など
 「セリ・ノワールとSFの融合」平岡敦――モーリス・G・ダンテック『赤い人魚』『神はサングラスをかけているか?』が面白そう。タイムマシンで過去に遡り、まだ赤ん坊のヒトラーを前にして殺すのをためらう。そもそもヒトラーのいない歴史とは、ヒトラーによる教訓を学ばない歴史ではないのか……?

 ゼナ・ヘンダースン『ページをめくれば』bk1amazon]は奇想コレクションの新刊。とてもいい。『あなたに不利な証拠として』bk1amazonローリー・リン・ドラモンドポケミスの一冊。誰もが絶賛している。重そうだが読んでみたい。ヴードゥーの悪魔』[bk1amazonカーと『ひよこはなぜ道を渡る』[bk1amazonフェラーズはどちらも巨匠“最後の”作品。前者は最後の未訳作、後者はトビー&ジョージもの最終作。『デス博士の島その他の物語』も紹介されている。名作だが『ミステリマガジン』で紹介されるのはびっくり。

 小玉節郎「ノンフィクションの向う側」で紹介されている本は毎回毎回おもしろそうで困る。『眼の誕生』bk1amazon]アンドリュー・パーカーは、カンブリア紀の爆発的進化の謎に迫る一冊。

 風間賢二「文学とミステリのはざまで」は『レオンと魔法の人形遣いアレン・カーズワイル。『驚異の発明家の形見函』の著者によるジュヴナイル。

 国内ミステリからは、『トーキョー・プリズン』柳広司『七姫幻想』bk1amazon森谷明子森谷明子は『千年の黙』の著者です。どちらも未読ですが『ミステリーズ!extra』所収の「霜降−花薄、光る。」がよかったので期待。

「隔離戦線」池上冬樹関口苑生豊崎由美
 池上冬樹が『あなたに不利な証拠として』をベタぼめです。しかし池上氏や風間賢二は純文学コンプレックスがあってどうもいけない。関口氏は“自伝”の続き。やりたい放題ですねぇ(^^;。豊崎氏のコラムで、ジョナサン・キャロルの新刊情報を知る。『蜂の巣にキス』。――ていうか、いつのまにかカバーデザインが変わっているっ。そういえばどこかでデザイン変更するとかって読んだような気もするが。

「冒険小説の地下茎 第73回 ラオス少数民族の悲劇」井家上隆幸
 内山安雄『裸のレジェンド』

「英国ミステリ通信 第89回 テレビの探偵たち」松下祥子
 モース警部のテレビシリーズが終了。モースの死、そしてモー役者の死。ところが部下のルイス部長刑事を主役に新作が登場。役者に旧シリーズと同じ俳優を起用するところからも愛は感じられるのだけれど、役者自身は乗り気ではない模様。しかし原作者のデクスターは割と乗り気のようだ。

「MWA賞の映画誌 第46回=1999年」長谷部史親
 『アウト・オブ・サイト』『スパニッシュ・プリズナー』『シンプル・プラン

「炎上」小川勝己(連作短篇“狗”第21回)★★★☆☆
 ――優姫の日記に対する苦情がきてましたー(/_;)ムカつく。馬鹿。死ねばいいのに。一部に注目されていた“イタい”サイトが閉鎖された。

 書簡体小説、とか会話だけの小説、とかいうのはいままでにもあったけれど、これはブログだけの小説。小説は読まないけれどブログ日記やケータイ小説なら読むという人はたくさんいるわけで、これはこれで“現状に対する問題提起”という以上に、“万人に読んでもらう工夫”だと思いますた。

「オリヴィアのためなら」ジョン・モーガン・ウィルスン/花田美也子訳(Anything for Olivia)★★★★★
 ――彼女の名はオリヴィア。昔なら“べっぴん”だの“ほれぼれするほど魅力的”だのと言われたに違いない。夫は行方不明になっており、その事件を担当する警官がわたしだった。

 特集以外の作品というのはどうしても広義のミステリということになってしまうのだけれど、特集テーマやジャンルに関係なくただただ優れた作品を掲載できるわけだから、傑作が多い。短くて単純な話なんだけどそれだけに残酷で強烈。

「夢幻紳士 迷宮篇 第3回=ハーピー高橋葉介

「翻訳者の横顔 第77回 邦訳仏訳」野口雄司
 『悪魔のヴァイオリン』の訳者。最近は日本文学の仏訳チェックをやっているそう。
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