『ページをめくれば 奇想コレクション』ゼナ・ヘンダースン(河出書房)★★★★★

「忘れられないこと」(The Incredible Kind)★★★★☆
 ――何年も教師をやっていて一度だけ、忘れられないことが起こった。男の子がひとり転校してきた。ヴィンセント。読みかたを除けば年齢以上に優秀だった。ある日、ヴィンセントとジーンが大げんかをした。リスが逃げたがっているのを感じたのに、ジーンが逃がしてやらなかったからだという!

 ゼナ・ヘンダースンというと、代表作「なんでも箱」がいろいろなアンソロジーに収録されているのですが、わたし自身はこの名作が大の苦手。というわけで、本書もおそるおそる手に取ったのですが、面白かった! 「なんでも箱」をヒステリー系ふしぎちゃんの話だと思って読んでいたのだけれど、また違った視点から読み直してみようかな。

 《ピープル》シリーズの未訳作。オチなんかなくてもいいと思うのだけれど、この無理矢理なオチがあるせいで、作品がいっそう愛らしくなっています。宇宙船も出てくるかなりSFっぽい作品ですが、何より子どもたちが生き生きしています。ヴィンセントとジーンの友情が、直接的にはほとんど描かれないのに伝わってくる。はつかねずみを飼っていいと言われたジーンが大喜びする場面などは、いかにも子どもらしくて懐かしい。大人から見ると、なんでそんなことにそんなに異常に興奮するの?っていうことに大はしゃぎしますからね、子どもって。

 子どもが主人公である一方で、語り手の教師も、単なる語り手かと思いきやかなり話にからんできます。宇宙人が目の前にいるわけですから興奮して当然でしょうね。温かな視線になごみつつ、SFらしい興奮も味わえる作品でした。

「光るもの」(Something Bright)★★★★★
 ――大恐慌の時代に、ミセス・クレヴィティは毎朝たまごを食べていた! だからこそ、あたしは彼女を覚えている。夫の留守中が不安だからと言われ、夫人の家に泊まることになった。夫人には、寝る前にベッドの下を覗き込む変なクセがあった。

 怪しい下宿人、というか怪しい隣人もの。好みの問題かもしれないけれど、わたしは“ふしぎな子ども”ものよりはこうした“怪しい隣人”ものの方がいい。病的といっていいほどにナイーヴな心理描写よりも、恐れと不安の入り交じったどきどきわくわく感の方が好き。まあ一概には言えないけど。

 どこにでも必ずいる、子どもの頃に見た近所の風変わりなおじさんやおばさん。もちろん今でもいるのだけれど、子どもの頃には彼らが本当にふしぎに見えたものでした。まるでどうってことないのにね。いつも土管に座って煙草を吹かしているおいちゃん。猫に話しかけるおばあちゃん。ボールで遊んでいると、窓が割られそうで心配なのかどうか、じっとこっちを見ているだけのおばさん。

 いやぁ怖かった。彼らのうちの一人くらいは、別の世界から来ていたのかもしれない。実は煙草の煙の方が本体だったのかもしれない。猫に化けた同胞と話していたのかもしれないし、ボール型の宇宙船で不時着した宇宙人が怨めしそうに見ていたのかもしれない。――そう。あのうちの一人くらいは……。

「いちばん近い学校」(The Closet School)★★★☆☆
 ――先生のミセス・クインランがあわててかけこんできたのは、その日の朝早くだった。いやはや! 新しい生徒とその両親の姿が目に入った途端、危うく僕まであわてふためきそうになった。

 異星人の転校生と生徒先生との交流を描いた作品。保守的な教育委員長とのちぐはぐなやりとりのおかしみと、何の屈託もなく異星人を受け入れる生徒たちのすがすがしさ。風のように(煙のように?)軽やかに交流して軽やかに去っていきます。

「しーッ!」(Hush!)★★★★★
 ――「なんか作っていい? 想像ゲームで」「静かにしてね」「うんと静かだよ。〈音喰い〉を作るんだ」

 「静かにしなさい」というしつけと子どもの想像から生まれたモンスターによる、ジェノサイドもの(サバイバルもの)なのだけれど、ホラーにお決まりの“悲鳴”が吸い取られてしまうという無音の恐怖が恐ろしい。しつけ(教育)と子どもの空想という、ヘンダースンお得意の設定を使いながら、めったにない怖さを演出してくれました。子どもものとしてもホラーとしても一級品。

「先生、知ってる?」(You Know What, Teacher?)★★★☆☆
 ――「先生、知ってる?」リネットがたずねた。「昨日ママとパパがけんかしたの。あたしがコーヒーを持っていくと、“あっちへ行け、チビ”って言われたの」

 『エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン』に発表されたミステリ短篇。ただ単に子どもの視点から犯罪を描くだけならほかにもあるだろうけれど、本篇の場合、子どもの話から浮かび上がる家庭環境に悩む教師という視点を加えることで、いかにも著者らしい作品に仕上がっています。

「小委員会」(Subcomittee)★★★★☆
 ――何隻もの黒光りする宇宙船と地球の戦争は、袋小路に突き当たっていた。休戦しようにも言葉が通じないから取引ができない。そんな折り調停委員の息子スプリンターは、“壁”の中に忍び込んで宇宙人と仲良くなっていた。

 邦題は「子供たちの停戦協定」の方が好きだけれど、少しネタバレかな。「小さな委員会」にすれば、ダブル・ミーニングにもなっていいと思うんだけど。

 大いにほのぼのした理想主義的な好篇。一年もやりとりしていてコミュニケーションも取れないというのは、言語学的には実際どうなんだろうとかも思うけれど、そういうところも含めて細かいところは気にせずハッピーエンドに突き進みます。背景に冷戦があったという解説者中村融氏の指摘あり。なるほど、みんなうんざりしてたんだろうな。

「信じる子」(The Believing Child)★★★☆☆
 ――「先生、この子は信じる子なんです。よろしくお願いします」転校生の女の子は、絵本の物語に一喜一憂し、悪戯っ子の嘘を信じて脅えた……。

 話の骨格的には「しーッ!」とか「おいで、ワゴン!」(あるいは大人ものも入れれば「グランダー」も)のような、信じる子どもの物語。ホラーとして秀逸な「しーッ!」や、ひとひねりある「おいで、ワゴン!」に比べると、“信じる子ども”ものとしては比較的ストレートに展開します。ラストに待ち受ける、教師と生徒の気持と気持のぶつかり合いが見どころでしょうか。ファンタジー的な要素とは無関係な、実際にあってもおかしくない、子どもとの対話。こういうところのリアルさが、やはり元教師という感じです。

「おいで、ワゴン!」(Come On, Wagon!)★★★★☆
 ――「サディアス、ワゴンで遊びなさい」「うん、わかった。おいで、ワゴン!」そいつは無理だ。自分でひっぱらなけりゃ。なのにワゴンは一緒に動き出すんだ。

 実際に教師をしていると、あからさまな超能力ではなくとも、子どもにしか備わっていないようなエキセントリックな感覚というものを感じる瞬間が、確かにあるのでしょう。確かに存在するそうした感覚を、残酷に描いたデビュー作。「信じる子」と「グランダー」のあいだに本篇が挟まっているのを読むと、信じる力がなかったばかりに……とも思えてしまう。けれど、信じる力とか超能力とは無関係に、(子どもの側から見ると)不条理なクライマックスの会話の、その不条理感に、やはり子どもとの会話のリアルを感じる。

「グランダー」(The Grunder)★★★☆☆
 ――クレイは嫉妬深かった。エレーナが他の男と話をしているだけで怒り狂った。今もそんなクレイに呆れて、エレーナは給油店のトイレに駆け込んだ。待っているあいだ、店の爺さんが話しかけてきた。この地方には、触わると何もかもうまくいく「グランダー」という魚の伝説があるらしい……。

 大人が主人公の話というだけで本書中では異彩を放つけれど、子どもを大人に変えて普遍的な愛情を男女の愛情に変えただけとも言えます。大人を主役にしたために、不思議不思議な感覚よりも、“変えたい”“信じたい”と思う意思の力の方を強く感じました。

「ページをめくれば」(Turn the Page)★★★★★
 ――小学一年生のときの担任教師は魔法だった。本当に魔法そのものだった。始業式の日、不安に震えるわたしたちに向かい、ミス・エボーは言った。「鳥になりましょう」そしてわたしたちは鳥になった。物語を聞かせてくれるたび、わたしたちは狼や獲物になった。追われる恐怖と甘美さや、追う側の血に飢えた衝動を知った。先生は教えてくれた。ページをめくれば、必ず助けが来るのだ。そう書いてあるから。最後には幸せに暮らすのだ。

 明朗快活な「忘れられないこと」や「小委員会」もいいし、怖くて悲しい「しーッ!」や「おいで、ワゴン!」もいい。だけどやっぱり本書のベストは、ほろ苦い本篇です。

 たぶんわたしの子どものころは、本篇の小学校ほどには魅力的ではなかったはずです。わたしだけではなく、ほかの誰の子ども時代でも。こういう魔法の教室ものを読めば、誰もが懐かしく幸せに感じる――けれど、おそらくはその懐かしさすら幻想にすぎません。本当は、楽しいことばかりじゃなかった。本当は、嫌なこともたくさんあった。だけど、だんだん忘れていく。楽しかったことも。楽しくなかったことも。そして子どものころは楽しかったという幻想だけが残る。そして幻想を懐かしむ。

 本当は、楽しいことも、楽しくないことも――善良なことも、邪悪なことも――あったはずなのに、思い出せなくて、そのくせ幻想だけは鮮明で。だから本篇はほろ苦い。主人公の持つ辛さすら、わたしは忘れてしまったから。

「鏡にて見るごとく――おぼろげに」(Through a Glass --Darkly)★★★☆☆
 ――怖くてたまらなくなって、医者に診てもらうことにした。「目の前にサボテンや蜂が見えるんです」やがて目の端に見えるものは動くようになった。葬列だ。ゲイラという女が死んだのだ。

 ほかのどの作品とも違う異色作。完成度は高いが、やはり子どもと教師というワン・パターンの方にこそ著者の本領は発揮されていると思います。解説者によれば、「ひとりの女の生涯を逆向きに再構成した」作品。

 期待しないで読み始めたこともあって、読み終えてみればかなり好印象。何度も読み返したい作品。
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ページをめくれば
ゼナ・ヘンダースン著 / 中村 融編 / 安野 玲訳 / 山田 順子訳
河出書房新社 (2006.2)
ISBN : 4309621880
価格 : ¥1,995
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