『炎のなかの絵 異色作家短篇集7』ジョン・コリア/村上啓夫訳(早川書房)★★☆☆☆

 “異色作家”の中では正統派に属する作家だと思います。軽妙で正統的な落とし話を得意とする作家――だと思っていたのですが、意外といろいろなタイプの作品があります。でもやっぱり面白いのは軽くてオチのある話でした。

「夢判断」(Interpretation of a Dream)★★★★☆
 ――先生、ビルの屋上から落ちる夢を見るんです。毎晩一階ずつ下に進んでいて、昨夜はとうとう二階まで落ちてきました……。

 粗筋を聞いただけである程度の結末は予想できるし、ほぼ予想通りに話は進むのだけれど、それを思っても見なかった視点から描いた秀作。理屈とかじゃなく、絵的に怖い。残酷というか悪趣味というか、想像したくないのに想像してしまう。ショックと不気味さを残す。

「記念日の贈物」(And Who, with Eden...)★★★★☆
 ――愛情に飢えて妻が飼い出したペットで家中いっぱいだ。蛇を飼おうとそそのかしてやった。毒蛇の当てはある……。

 妻殺しにいたる顛末を少しコミカルに描いた作品。原題は「エデンとともに、(蛇を作り出した)者……」ルバイヤートより。コリアには(本書には?)夫婦の話が多いように思うのですが、これなどもその典型。

「ささやかな記念品」(Little Memeto)★★☆☆☆
 ――その博物館には風変わりなものばかりが展示されていた。事故の遺留品、近所の小事件の戦利品。「そういえば、これをくれた人はよく逢い引きを……」

 収集品や持ち主にもうちょっと魅力的な雰囲気があればよかったと思うのだけれど。いまいち怪しさや悪意が伝わってこない。むしろその素っ気ないところが怖いのかもしれないけど。

「ある湖の出来事」(Incident on a Lake)★★★☆☆
 ――莫大な遺産を相続した男は、かねてから念願の探険に出かけた。UMA目撃情報を現地で耳にして大興奮する男をよそに、妻は国に帰ろうとするが……。

 これも倦怠期の夫婦もの。こういう、夢や仕事しか目に入らない気を使えない男と、国が滅びようと空が落ちようとそんなこと今の話と関係ないでしょ的な女、というのはステレオタイプなんだけれど、それがものすごくうまい。そこまでやるか、と思います。

「旧友」(Old Acquaintance)★★★★☆
 ――妻が死んだ。医師と警察に連絡しなければ。だがまずは一杯やって落ち着こう。酒場に行くと、妻がいた! そしてドアからは旧友の姿が……。

 コリアってこういう話も書くんだな、というのが読んだときの印象。ジョン・コリアって〈異色作家短篇集〉作家群の中でも割とオチにこだわった落とし話を書く人というイメージがありました。だけどスレッサーほど巧くない。そんな感じ。だからこんなちょっとシリアスめの話には驚きました。結局のところオチはあるんだけれど、後味は悪くなかったし。

マドモワゼル・キキ」(Mademoiselle Kiki)★☆☆☆☆
 ――雌猫のキキは、その容姿にもかかわらず雄猫たちから一目置かれていた。というのもキキには嵐を予見する能力があり、漁師にもらう褒美の魚が絶えないからだ。ところが一匹の雄猫がやってきて……。

 猫の話なのでセリフがほとんどない。自分のプライドのためだけに大勢の命を奪うという陰惨な話なのに、猫の話なので“魔性”のひとことで納得できてしまう。動物の予知能力、という前提があるからこその完全犯罪。書く人が書けば魔法を絡めた人間の話にもできただろうけれど、これはこれでいいかな。

「スプリング熱」(Spring Fever)★★★☆☆
 ――時代遅れの写実主義彫刻家ユースタスは、苦々しい思いで腹話術を眺めていた。おれならもっとうまい人形でもっとうまくやれるのに。彼の作った人形は、まるで生きているようだった。

 すっとぼけてる。そもそも写実彫刻家としては一流でも腹話術師としては素人なわけで、いったいどこから自信が湧いてくるんだか。自分の実力を正しく判断できず他人をねたむだけの人間ですから、最後はとうぜんこうなるでしょうね。だけど著者は優しい結末も用意してくれます。

「クリスマスに帰る」(Back for Christmas)★★★☆☆
 ――「クリスマスまでにはイギリスに戻りますよ」別れの挨拶をすませると、博士はその場で夫人を殺した。クリスマスになるまで、この家に来るものはいない。

 『世界短編傑作集5』に収録されているおかげで「みどりの想い」などと並んでコリアの代表作とみなされることも多いけれど、他の作品より頭抜けているわけではありません。無駄な部分をそぎ落としたコンパクトさが魅力。もっと短くてもいいと思う。

「ロマンスはすたれない」(Romance Lingers, Adventure Lives)★★☆☆☆
 ――風のある、月の明るい三月の夜には、いろいろな悪魔のいたずらが行われる。ウォトキンズ氏とゴスポート氏は帰る家を間違えて……。

 残念ながらコリアはこういう心の機微を描いた作品が下手です。ユーモアと切れ味がコリアの持ち味だと個人的には思うのですが。

「鋼鉄の猫」(The Steel Cat)★★★☆☆
 ――「これは新発明の鼠取りなんですよ」実演用の鼠のジョージとともに、ホテルに宿を取った男は言った。

 残酷。ジョン・コリアの残酷さは、多くの場合“悪趣味”な残酷さだと思います。人間性の本質を突いているということなのかもしれませんが、あまり好きになれません。そうは言っても結末の切れ味・インパクトは集中でも高い作品です。

「カード占い」(In the Cards)★★★★☆
 ――カード占い師のマイラは、目の前にいる客が絶好のカモだと知った。近々莫大な財産を相続し、すぐに亡くなると占いに出たのだ。

 よくあるパターンの分だけ、完成度も高い。ちなみに日本と違ってアメリカでは電気による“ショック”を採用しているわけで。

「雨の土曜日」(Wet Saturday)★★★☆☆
 ――「警察じゃ、ミリセントを精神病院に送るだろうよ」「ジョージ、あの傷に何とか説明をつけられないか」男を殺してしまった娘を助けるために父は……。

 ジョン・コリア特有の悪趣味で切れ味の悪い作品。いわゆるゼロ時間に向かって進む作品なので、オチの切れ味を求めるのは筋違いではあるのだが。

「保険のかけ過ぎ」(Over Insurance)★★★★☆
 ――アリスとアーウィンは単純で幸福だった。二人とも、相手が死んでしまったらと考えると一睡も出来なかった。相手の死後もせめて裕福に暮らせるようにと、貯金の十分の九を保険にかけた。

 ユーモア&オチの見事に決まった作品。こういう、楽しく読める作品がコリアの本領だと思う。シリアスな作品は苦手なのか似合わないのか。最後まで“仲の良い”夫婦だったのです。

「ああ、大学」(Ah, the University)★★★★☆
 ――「大学はすばらしい。だが今の世の中では、教養なんて一番市場価値のない財産だ。息子よ、おまえはポーカーを研究してみてくれ」

 ポーカーを研究するという発想がまず笑える。そしてオチも見事。ちょっと理屈っぽいとはいえ。与太郎みたいな息子が落語っぽくていい。

「死の天使」(Three Bears Cottage)★★★☆☆
 ――朝食の席で妻は夫の前に白い卵を置き、自分は茶色い卵を取った。栄養の高い茶色の卵を。お前がその気なら、と夫も負けじと……。

 本書のなかでも最もオチの見当がつけやすい作品だと思います。二段オチになっているところがうまい。運が悪いうえに、誰だっておんなじことを考えてるんだよ、という残酷さ。

「ギャヴィン・オリアリー」(Gavin O'leary)★★★★☆
 ――ノミのギャヴィンはローラ・オリアリーの体で暮らしていた。映画館でローラとはぐれてしまったギャヴィンは、新たな宿主を求め旅に出るのであった。

 奇をてらっているはずなのに少しも奇異でない。アイデアと語り口が絶妙のユーモアを醸し出す。

「霧の季節」(Season of Mists)★★★☆☆
 ――わたしはバーで出会ったベラをくどいた。食事のあとでキスをすると平手打ちを喰らわされた。彼女の名前はネリーというらしい。なんてことだ! 双子の美女と出会ったわたしは……。

 馬鹿な女と策士の男という、この手の話にしては珍しい組み合わせ。区別のつかない双子と、双子のふりをする一人の男、という大ぼらが楽しい。もうすこし軽めの調子で書いてくれたらもっと面白い作品になっていたかもしれない。

「死者の悪口を言うな」(De Mortuis)★★★★☆
 ――ドクター・ランキンが地下室の床のセメントを確かめていると、バックとバッドがやってきた。「なぜ床を?」「水が漏れてね」「そんなはずはない! あっしがそんな土地を売るものか!」

 この手の話のお手本のような、かろやかな短篇。思わせぶりだけで話を進めていく展開が見事。

「炎のなかの絵」(Pictures in the Fire)★★★☆☆
 ――わたしは金のことを夢見ていた。映画プロデューサーが台本をほしがっているらしい。友人が会見の手はずを整えてくれた。

 悪魔との契約、もとい、契約する悪魔の話。筒井康隆のような悪夢めいたオチが楽しい。

「少女」(The Tender Age)★☆☆☆☆
 ――パトリシア、自分の椅子に座りなさい。レンヴィルさんに失礼でしょう。いえ、わたしは気にしておりませんよ、女の子は大好きですから。

 カギカッコのない改行だけの会話だけで綴られる風変わりな作品。そういう変わった表記のせいで、これは全部ひとりの人間の妄想なんじゃないかとか妄想がふくらむ。

 読み終えてみたけれど、ジョン・コリアがどういう作家なのかよくわからなかった。特有の残酷さのことを“黒い笑い”と評している人もいて、そこが持ち味なのかもしれない。そこを好きになれればやめられない作家になるのでしょう。残念ながら好きなタイプの作品ではありませんでした。
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炎のなかの絵
ジョン・コリア著 / 村上 啓夫訳
早川書房 (2006.3)
ISBN : 4152087099
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