『不思議の国のアリス』トーベ・ヤンソン画/村山由佳訳(メディアファクトリー)★★★★☆

 『アリス』の新訳、というよりもむしろ、トーベ・ヤンソンが描いた『アリス』がついに刊行されました。“わざわざ新訳”というプレッシャーがないせいでしょう、かなり自由気ままに訳されてます。「寂しげで昏い」「頼りなくて儚げ」というヤンソン・アリスの影響も受けることなく、やたら威勢のいい『アリス』です。

 肝心のヤンソンのイラストは、ムーミン同様ひとくせもふたくせもあって個性的。三月ウサギのふてぶてしいこと! 悪賢そうなチェシャ猫。白ウサギの家や井戸の中の姉妹はまるでムーミン谷のようだし、陪審員や涙の池にはいろいろな動物たちがうじゃうじゃといて「不思議の国」らしさを盛り上げてくれます。いちばん愉快なのが「ウィリアム大老」。原作から完全に飛翔してヤンソン作品そのものになってます。アリスの中のデタラメ詩というのは、オリジナルが日本人には馴染みのないこともあって、それほど印象に残らなかったのだけれど、これは一度見たら忘れられません。新しいキャラクターを生み出しちゃってます。そうかと思えばトカゲのビルやロブスターのように、割とリアルな絵もあって、ほんとにさまざまな住人たちが乱舞していて見ていて楽しい。そしてアリスは、村山氏も言うとおり、寂しげで昏い。ダイナとコウモリを描いた場面や、不思議の国の入口の大広間、女王のクリケー場など、とても幻想的で物寂しくて、『アリス』に対するイメージががらりと変わります。ヤンソンは原作にはないシーンも描いています。亀の背に乗るアリスや、大きく口を開いた大魚の前に船を漕ぎ入れる人、壜に閉じ込められたアリス……これらがことごとく幻想的で寂しげな絵なのです。だからいっそう物寂しいイメージが強くなる。

 今までにいろいろな画家の方が『アリス』を描いたけれど、(おそらく)ヤンソン・アリスにはそのどれにもない特徴を備えています。ヤンソンはひとつの作品の中で、寂しげな絵・愉快な絵・リアルな絵を混在させました。だからひとつのイメージに固定されることなく、いっそう夢の中らしく何でもありの『アリス』になっています。
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