ハドリー警視が警視監から頼まれたのは驚くべきことだった。スタンディッシュ大佐の屋敷にポルターガイストが出たのだ。絵が床に落ち火かき棒が動き出した。宿泊中の牧師が助けを求めて祈っていると、インク壺が飛んできた。叫びを聞いて屋敷中の人間が駆けつけてふと窓の外を見ると、寝間着姿の主教が屋根の上に立っていた。主教が言うにはお尋ね者が見えたので追っかけていたというのだ。だが最近の主教には、手すりから滑り降りたりメイドの髪を引っ張ったりと奇行が目立っていた。近々とんでもない犯罪が起こると信じているらしい。かくしてアメリカ帰りのフェル博士、スタンディッシュ大佐、主教、主教の息子ドノヴァンが警察に集った途端に聞かされたのは、大佐の隣人デッピングが銃殺されたというニュースだった。現場に残された「剣の八」のタロットカード。そして怪しい訪問者。ミステリ作家のモーガンも加わって、犯人探しが始まるのであった。
久しぶりに読んだカーだけれど、カーってこんなにつまらなかったかな、というのが正直な感想。一、謎がしょぼい。一、物語の展開ではなく推理の展開で話が進むので、天性の物語作家カーの才能が充分に発揮されてない。一、長いあいだカー・ファンをやっていると、いくらフェル博士は実は原文では礼儀正しかったのだ、とか言われても、やはりいつまで経っても違和感がある。理由はこんなところだろうか。
フェル博士の礼儀正しさを補って、エキセントリックなパートは主教が受け持ってくれてるのだけれど、殺人の謎よりも主教の奇行の方が面白かったりする。手すりを滑り降りるって、完全にH・M卿じゃないですか(^^;。
ミステリとしては「夕食の謎」がいちばん魅力的でした。「どうして犯人はデッピングの夕食を食べたのか」。謎の訪問者の正体も、本書のなかでいちばんミステリ的で意外性がありました。ミステリとしてはこの二点ですかね。「剣の八」の意味は……_| ̄|○。
あとは、ミステリ作家の口を通してミステリ小説について語っているのが興味深かった。本格ミステリとは別にリアルなミステリを書く理由について。「批評家というのはね、一般の読者とはちがって、ありそうなストーリーを要求する。(中略)(1)動きがなく、(2)独特な雰囲気もなく――これはとくに重要だ、(3)興味をそそる登場人物はできるだけ少なく、(4)決して話が脱線せず、そして何より(5)推理がないもの。(中略)以上のルールにしたがえば、好きなだけ現実離れしていいってことさ。そうすると批評家どもは独創的と呼んでくれる」
フェル博士も語っています。「深く、丹念に殺人の動機を描いたら、現実味はなくなってしまう。ふむ。抑圧が人を刺激すると立派な小説になり、人が抑圧を刺激すると、ただの推理小説になる」。ロシア人(ドストエフスキーでしょうかね)についてもいろいろ言っております。「くだらん駄洒落でも言ってくれたほうがまだましだ!」(^^;。
原題『The Eight of Swords』,1934年。
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