『猫路地』東雅夫編(日本出版社)★★★☆☆

「猫火花」加門七海★★★☆☆
 ――散歩から戻った葉月に元気がない。湿気っている。どうやら静電気を盗まれてしまったらしい。

 宮沢賢治だったか誰かの作に、パワーみなぎる猫がパチパチと毛皮から火花を散らすものがあったように記憶しています。猫と静電気はワンセット。猫ではなくて猫を取り巻く人たちがちょっとフシギを醸し出す。
 

「猫ノ湯」長島槇子★★★★☆
 ――風呂屋の猫は番台にいた。天職とばかりに見張っていた。銭湯のタイル絵には『客来い』の意を込めて鯉の図柄が描かれていた。

 異界と斯界、人と猫の境が曖昧な幻想譚。独特の文体が魅力。「香箱をつくる」という表現を初めて知った。
 

「猫眼鏡」谷山浩子★★☆☆☆
 ――その日突然、私の目に、スキマが見えるようになったのだ。精神科医の猫の猫山はいい兆候だと言う。

 いかにもファンタジーって感じのファンタジー。視力が悪くなると眼鏡をかけます。スキマが見えるようになると猫眼鏡をかけます。
 

「猫書店」秋里光彦★★★★☆
 ――商店街のはずれのあたりに猫書店はある。朔太郎『猫町』と因縁浅からぬ様子であったので由来を訊くと店主はこう語った。

 秋里光彦は高原英理の小説用ペンネーム。ふわふわファンタジーばかりだったらどうしようと思っていたのでほっとする。古本屋の語る『猫町』縁起。原典にある、幻想へと続く扉を開いてしまい世界がでんぐりかえるような感覚はない。あくまで『猫町』へのファンレター。質の高いファンレターだけど。
 

「花喰い猫」寮美千子★★★☆☆
 ――郵便受けに真っ白な封筒が落ちていた。いつも差出人の名前がない。部屋に戻ると猫が花を喰べていた。「あの人がご主人から去ってから花しか喰べられなくなってしまったのだもの」

 異界と斯界を結ぶ案内人としての猫がつなぐロマンス。猫と薔薇。耽美になりがちな組み合わせを透明感のある悲恋物語に。
 

「猫坂」倉阪鬼一郎★★★★☆
 ――ペット可という条件さえなければ、もっと早く物件は決まっていたかもしれない。その坂を登った森のどこかからその声は響いた。うにゃー……うにゃー……。

 猫には悪いが、やはり猫には明るさや幸せよりも悲しみや喪失など負の要素の方がよく似合う。実際の猫の鳴き声って絵にならないというか詩にならないのにね。たいてい「みゃー」じゃなくて「ぎゃー」って鳴くもの。朔太郎の「おわあ」、本篇の「うにゃー」ともども独特の言語感覚が作品を形作る大事な要素です。
 

「猫寺物語」佐藤弓生★★★☆☆
 ――澁澤龍彦の十三回忌の法要に行けることになりました。縞模様が浮かんでいたので追っていくと猫になっていました。

 「とくに猫好きということはなかった」とはいえ、猫と澁澤もお似合いの組み合わせです。猫と火花、猫と魔女など同様に。
 

「妙猫《たえねこ》」片桐京介★★★☆☆
 ――多門が溺愛していたのが三毛猫のみみだった。ある春の昼下がり――。みみの姿が見えないのに気づき、多門は探しに出た。

 澁澤の法要話のすぐあとにあるからでもないだろうけれど、澁澤の(再話した)「長谷雄草紙」を連想させる幻想譚。
 

「魔女猫 a fragment from “Kazamachi-Chronicles”」井辻朱美★★★★★
 ――魔女の猫のいちばんの仕事は箒の上でつりあいを保つことである。ご主人からことづかるいちばんの用は水まき人形の世話だ。

 サブタイトルにあるように、『風街物語』番外編。黒猫と魔女という真っ向勝負を挑んでみごと勝利を収めています。猫と水まき人形と魔女。人間なんて一人も出てこない。
 

「猫のサーカス《シルク・ド・シャ》」菊地秀行★★★★★
 ――一八九二年のパリでは、猫のサーカスが抜きんでた演芸だった。根性悪の客も、開演後、涙を拭いながら、健気だと連呼したものだ。

 菊地秀行らしい話を期待して裏切られることはない“世にも奇妙な物語”。猫とサーカスという組み合わせは違和感がないのに、改めて考えるとかなり意外な組み合わせ。これは新しい猫の属性になるやも。
 

「失猫症候群」片岡まみこ★★★☆☆
 ――症状1(三日後)。グリの日ごろの可愛い仕草と、最後の倒れていた姿を交互に思い出しては、涙がじわっと出てくる。

 挿画も手がける片岡まみこによる愛猫追悼日記風絵小説。現実といえば現実の話なのだけれど、取りようによってはファンタジーに昇華される。その手腕はすごい。
 

「猫波」霜島ケイ★★★☆☆
 ――その島の名前は知らない。「猫波の島」と僕は呼んでいる。毎年その日になると、いなくなった猫に会いに出かけることにしている。

 猫島ではなくあえて猫波(の島)。でも実態は猫島、猫浄土。猫島という地名だと実在するから?

「猫闇」吉田知子★★★★☆
 ――迪子は、夫と別れたと言って私の家に来たきり住み着いている。無口で陰気。血の気はまるでなく、顔形は顎の尖ったシャム猫系だった。

 これは猫でなくてはいけません。百歩ゆずって狐もあるけど。古式ゆかしい化猫・怪猫譚を現代都市伝説風にアレンジ。
 

「猫女房」天沼春樹★★★☆☆
 ――前略、今般は私事に及びますことをお許し下さいませ。私の家には女は北に嫁ぐなという家訓がございましたが、最初の妻は北から来た嫁でありました。

 手紙で明かされる不気味な話。赤の他人の手紙の内容が徐々に読み手の現実をも浸食する。
 

「猫魂《ねこだま》」化野燐★★★☆☆
 ――自分はこの世界に強い違和感を覚えつつ誰にも馴染まぬまま育った。壊れた魂の持ち主なのだから、それは仕方のないことだと思いながら。

 いかにも化野燐らしい、創作民俗学。オリジナル妖怪というべきか。海がからんでたりとか、ありそうなところがうまい。
 

「猫視《ねこみ》」梶尾真治★★☆☆☆
 ――「シロリがおかしいよ」と娘が言った。何がおかしいのかわからぬまま仏間に向かった。仏壇に背を向けて宙空をにらんでいた。

 仏間が出てきたとたんに、猫の神秘性が薄れてただのオカルト話になってしまう。まあ話自体が猫の話ではないんだけど。
 

「四方猫《ヨモネコ》」森真沙子★★★☆☆
 ――その猫は忘れもしない大吹雪の夜に迷い込んできた。「四方から福を招き寄せるとも言います」思いもかけない客のひとことで、その猫は飼われることになった。

 罪悪感と愛情と絶望感が描き出す幻。最初から壊れている家族。大災害。猫がかかわっているように思えるのはただの妄想・幻。
 

「とりかわりねこ」別役実★★★☆☆
 ――何故か私は、このシーンを思い出す。私の手が扉をノックしていたのである。扉がゆっくりと開いて、ヌーが座ってこっちを見ていた。

 別役実による「ねこ」ものだから『けものづくし』の一篇かと思ったのだけれど違った。70年代同棲フォークソング風の猫との同居生活。
 

「蜜猫」皆川博子★★★☆☆
 ――父は考えていた。時間は空間と同じように、一定の密度を持っている。密度を変えるためにポケットをつけたらどうだろうとつぶやいていた。猫が居ついたのと父が死んだのと、どちらが先だったか。

 苺ジャムの苺の種が、縦に割れた猫の瞳に見える。見えちゃったんだからしょうがないというか、見えちゃったんだからもう終わり。徹頭徹尾狂気に満ちあふれた物語。
 

「猫鏡」花輪莞爾★★★☆☆
 ――誰しも猫を見ると他の動物と違う妙な感じにとらわれないか。何万年も昔、犬は用心棒として飼われはじめた。ところが猫は群れず、人間からは孤立して生きていた。

 猫論猫エッセイ。どうしても犬と比べることになってしまうのですね。文鳥派とかハムスター派とかあってもいいのに。
 

  「猫ファンタジー競作集」と銘打っている以上、猫が出てくるファンタジーなのは当然であって、何の工夫もなく人が実は猫だった、みたいな話を書かれても困るのである。だけど競作集(書き下ろしアンソロジー)に失敗作はつきもの。多少のチョンボはしょうがない。玉石混淆であるのは当然にしても、たいていこれは大傑作!!!みたいなのが一篇くらいはあるんだけどな。バランスはいいんだけれど、本書にはそういう飛び抜けたのがなかった。反対に言えば、飛び抜けたのはないかわりバランスがいいんだけど。
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猫路地
東 雅夫編 / 加門 七海〔ほか著〕
日本出版社 (2006.5)
ISBN : 489048955X
価格 : ¥1,470
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