『エデンの命題』島田荘司(カッパ・ノベルス)★★★★☆

 名探偵ものじゃない方がバランスはよいんだろうな。御手洗ものだと、大まかに言っても謎&物語パート・探偵パート・犯人の告白or回想パートの三つに分けられるから。で、『水晶のピラミッド』みたいに物語パートは素晴らしいじぇ、『眩暈』みたいに探偵パートは素晴らしいじぇ、とかいうことになる。その点、本書みたいなノンシリーズだと、全体でひとつの話、になっているからまとまりはよい。不自然に挿入される日本人論も今回はなかった。でもそれだけにミステリとしての構造はきわめてシンプル。特に「エデンの命題」は、あまりにもはったりかましすぎてるせいもあって、なんかあるだろ、ってすぐわかってしまう。アスペルガー症候群という症状を、社会派的に言及しているだけにとどまらずにミステリ的にも利用しているのは、構成としてきちんと考えられてるなぁと好感。まぁ伏線というよりは、はったりに対するエクスキューズに近いんだけど。

「エデンの命題」★★★☆☆
 ――ぼくもティアもここアスピー・エデン学園の学生だ。アスペルガー症候群と診断されて、学力が一般以上と判断された高校生が入学できる。学園の名前から「エデンの園」のことがよく話題になった。アダムの肋骨からイブが生まれた。こんなことは生物発生学的に可能なのか。可能だとティアは言う。ぼくらはいつも一緒にいた。それからしばらくして、ティアの姿が消えた。

 本書収録作二篇はどちらも語り手の一人称なんですよね。たとえば『異邦の騎士』が記憶喪失者の一人称だったことに、ミステリ的に大きな意味があったように、本書の二篇の一人称もミステリ的には大きな意味を持っているのです。だけど本篇は特に、それが驚きという面ではあまり成功していない。↑上の方でも書いたけど、はったりがあまりにも露骨すぎて。ユダヤ陰謀論とか、いきなり「殺すのよ」とかいう展開になったりとかしても……。まあ島荘=大トリックを過度に期待しなければじゅうぶんに面白い作品です。少年ものというよりは海外ヤング・アダルトと呼んだ方がしっくりくるような青切ない感じがいい。
 

ヘルター・スケルター★★★★☆
 ――天井のスピーカーから音楽が聞こえてくる。女医は黒縁の眼鏡をかけたいい女だ。「やあ先生」「ハイ、クラウンさん、調子はどう?」それが俺の名前か。だんだん思い出してきた。俺は女を犯して、ヴェトナムに行って、人を殺した。この一九六九年で三十七歳になる。すると女医は鏡を見せた。よぼよぼの爺が写っている。「それがあなたよ。今は二〇〇一年なの」

 島田荘司責任編集『21世紀本格』に収録された作品。島荘の提唱する〈21世紀本格〉という概念自体に触れたのが本篇収録の『21世紀本格』だったこともあって、当時読んだときには「ふ〜ん、これが21世紀本格かぁ」とただただ思うだけでありました。今こうして「エデンの命題」と併せて読み返してみると、〈21世紀本格〉という概念自体をミスディレクション(ミスリードレッドヘリング)に使っているような気がしてならない。というかそれが〈21世紀本格〉の本来の意味なのだろうか。

 きっと島荘本人には深い意味はなくって、密室トリックでたとえるなら針と糸トリックだけじゃなく心理トリックも利用することで幅が広がるように、さらに脳科学トリックというのもあるのなら利用した方がミステリの幅が広がるじゃん、てなことなんだろうと思う。

 実際、そう捉えれば、『眩暈』の物語パートの〈21世紀本格〉バージョンが『ネジ式ザゼツキー』だとも言えるし。

 かつて建物のスケッチを描いてあり得ないような物理トリックを考え出していたように、脳内のスケッチを描いてあり得ないような症例トリックを考え出しているのだな。

 少なくとも御手洗ものであったなら、描かれているのは絶対にこの世の出来事であってSFミステリであるわけはない。それは島荘の場合(本格ミステリに限れば)ノンシリーズでも同じことなのだけれど、でも〈21世紀本格〉って謳い文句で最先端科学ミステリだという先入観を持って読むと、SF(じみた)ミステリなんじゃないかと思ってしまったりもするわけで。ノンシリーズの場合ならそれもありなんじゃないかともあっさり信じられるし。だから本篇も「エデンの命題」も、そういう先入観を持って読んだ方が、騙されやすいんじゃないかと思うわけです。なるべくネタバレしないように書いているので隔靴掻痒で意味不明かもしれませんが、まあそういうことです。

 『異邦の騎士』では単なる「記憶喪失」だったものが、いろいろ専門的に理論武装されたような。記憶喪失ものというパターンが今現在ある以上、単なる「記憶喪失」から細分化されてバリエーションが増えれば確かにミステリのパターンにも広がりが出るわけで。

 本篇はノンシリーズなんだけれど名探偵ものっぽいところもあってけっこう好きな作品。
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エデンの命題
島田 荘司著
光文社 (2005.11)
ISBN : 433407622X
価格 : ¥980
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