『無限がいっぱい 異色作家短篇集9』ロバート・シェクリイ/宇野利泰訳(早川書房)★★★★★

 原題『Notions:Unlimited』Robert Sheckley,1960年。

「グレイのフラノを身につけて」(Gray Flannel Armor)★★★☆☆
 ――トマス・ハンリーは一見常識人らしい外貌を示しているが、その皮膚の下にはロマンチックな血潮が打ち騒いでいる青年である。だがロマンスというものは大都会では手に入れることの困難な商品である。そこへロマンス・サーヴィス社の社員と名乗る男が現れて……。

 ロマンスが商売になったり冒険が商売になったり(「一夜あけて」)、とかく未来は刺戟が少ないものらしい。ハンリーが体験するロマンス・サーヴィス社のサービス内容よりも、終盤に描かれる、刺戟を求める一般大衆の反応がおかしい。平和な世の中なら喧嘩が刺戟に、物騒な世の中なら平穏が刺戟になるんだろうさ。ロマンス(のサービス)にすっかり浸った一般人には、こういうのも刺戟的なのでしょう……。

 真実の愛を求める青年くんの挫折の物語と、刺戟的な虚構を求める大衆の愉快な物語。
 

「ひる」(The Leech)★★★★★
 ――それは地球上へ落下すると成長し、食物を求めた。マイクルズ教授の農場の溝に、それは横たわっていた。鋤を取ってつついてみると刃先の鉄がなくなっていた。土を投げると迅速に溶け去った。成長を続けるひる対策に、やがて軍隊と専門家が動き出した。

 愉快で壮大なほら。シェクリイの代表作。本篇を読むとなぜか昔ばなし「大きなかぶ」を思い出す。みんなで力を合わせてうんとこしょ、だからかな。力がからまわりではあるんですけどもね。軍人さんは「前へ進め!」しか頭になくて、学者さんたちは頭をひねって時間だけを食いつぶして。みんな絵に描いたような役立たず(^^;。この「ひる」って存在、エネルギーを喰らってどんどん成長していくなんて、よく考えればむちゃくちゃ怖いはずなんですけど、皮肉でユーモラスなオハナシになってるのがシェクリイの才能でしょう。
 

「監視鳥」(Watchbird)★★★★★
 ――新しい時代の到来だ。監視鳥が旋回を始めた。人を殺す瞬間に、人は通常とは違った脳波を出すという研究結果がわかったのだ。監視鳥は脳波をキャッチし、微弱な電流で殺人者を気絶させ犯罪を防止するのだ。ところが監視鳥に学習機能をつけたばかりに……。

 本書を読み終わったとき、これはアメリカの筒井康隆だな、と思った。それを最初に感じたのがこの作品「監視鳥」でした。無邪気なアイデアからぶっとんだアイデアまで、とにかく普通の人は考えたりしないようなところまでとことん突き詰めて書き倒すあたりが。ささやかな(?)PTAの苦情とか禁煙運動とかが、筒井康隆の手にかかると「くたばれPTA」や「最後の喫煙者」になってしまうわけで。で、本篇も、今となっては笑えないような政府による監視というアイデアを、ロボット鳥にやらせちゃうというところまではまあごく普通のSFでもあるんだけれど、そこからこれでもかっってくらいに監視監視監視鳥の嵐……。人を殺しちゃいけないよ。動物を殺しちゃいけないよ。生物を殺しちゃいけないよ。物を殺しちゃ……。ワハハハハハ(≧∇≦)。
 

「風起こる」(A Wind is Rising)★★★★★
 ――外では風が起こりつつあった。水道管がまた詰まった。ステーションから出て、キャレラ第一惑星の強い風の中を修理に行かなければならない。風はどんどん強くなった。時速百マイル。百十マイル。百三十マイル。

 アイデア自体は他の作品と変わらないのだけれど、それをけっこうシリアスなサバイバルサスペンスに仕立て上げた秀作。といってもやはり(ブラックな)笑いも待っている。映画でも確かハリケーンか何かに巻き込まれるパニックサスペンスがあったような気がするし、台風パニックを描いた若竹七海『火天風神』もあった(――って、この名作が品切れかよ_| ̄|○若竹七海はホント実力よりも評価が低いなぁ)。それはともかくそんな大災害すらちっぽけに見えてしまう桁外れの風が吹きまくる本篇は、パニックものにもかかわらず、風でものが飛び交うスラップスティックな味わいもあって楽しい一篇。
 

「一夜明けて」(Morning After)★★★★☆
 ――ピアセンは徐々に意識を取り戻しつつあった。目を開くと、オレンジ色の木々、太陽のない空、獣のきしるような声が聞こえてきた。昨夜は確かに飲み過ぎた。何があったのだろうか。昨夜のことを思い出そうとした。

 冒険を商売にしているというと、イーリイの『観光旅行』を思い出してしまう。あれは不気味な話だったなぁ。不条理ホラーみたいで落ち着かないところがすごく嫌だった。その点この短篇はすっきりと落ち着かせてくれるのでそれだけでほっとします。けったいな動植物をめぐるサバイバルは異星探検ものならでは。
 

「先住民問題」(The Native Problem)★★★★☆
 ――ダントンは集団生活が苦手だった。地球を離れて遠い無人星で暮らし始めた。ある日無人星《ニュー・タヒチ》に宇宙船が降り立った。歓迎しようと走り出たダントンを迎えたのは、乗組員の構えた銃であった。

 ちょっとしたタイム・パラドックス(とは言わないのかな? 時間による齟齬)を用いた倒錯したロビンソン・クルーソー物語。いや案外これが真実かもしれない。ロビンソンだってフライデーがいなけりゃのたれ死んでたろうしな。フライデーの方が賢いんだよ。かくして神話は作られる。
 

「給餌の時間」(Feeding Time)★★★★☆
 ――トレッジスがその古本屋で見つけたのは、奇妙な書物だった。『グリフォンの管理と飼育 飼育者への助言』。確かに珍本だ。

 ショート・ショートという感じの掌編。いやそらまあそうでしょうな(^^;。そうなるでしょうよ。
 

「パラダイス第2」(Paradise II)★★★★★
 ――地球と同じ青緑色の惑星を見つけたフレミングとハワードが、惑星に着陸してみると、あちこちに骸骨が散乱していた。戦争があったらしい。住民が死に絶えたのなら、二人が権利を主張できる。念のため衛星ステーションを調べてみることにした。

 一つ一つはよくあるアイデアなんだけれどうまく組み合わせることによって意外な作品が生まれました。生き延びるためにどうするか? うん、それがまっとうなんです。まっとうなはずなんです。パラダイス第二惑星人は間違っちゃいません。ハワードやわたしたち読者がSFに毒されているだけであって。もちろん、「細菌だというわけか」というレッドヘリングが見事に利いてます。
 

「倍額保険」(Double Indemnity)★★★☆☆
 ――エヴァレット・バースオールドが生命保険契約を結んだのは軽々しい思いつきではなかったのだ。特別な事故のあった場合には倍額支払われることになっている。そのために綿密な下調べをしたのだ。エヴァレットは時空飛行機に乗って先祖たちを訪ねていった。

 タイム・マシンを使って金儲けしようというかぎりにおいては、シェクリイにしては普通のアイデア作品。ただ、倍額補償を手にするために考え出した手段が、わざわざこれかい、という発想の飛躍は類を見ない。
 

「乗船拒否」(Holdout)★★★★☆
 ――スヴェン船長は途方に暮れていた。宇宙船の乗員のあいだには友情が通っていなければならない。いざというとき全員の気持が一致していなければ命取りになるからだ。ところが、無線士フォーヴスが新任補充員とは一緒に働けないというのだ。人種的理由からだそうだ。

 これは土地を置き換えて読むのがいいのでしょうね。強靱で有能なジョージア人。九州男児とか江戸っ子とかあたりかな。江戸っ子にしとこう。そうしてみれば落語みたいな話じゃないかなと思いもします。押してもダメ引いてもダメ、それが何だいそんな理由で……てな頑固者噺。
 

「暁の侵略者」(Dawn Invader)★★★☆☆
 ――宇宙にはどんな生物が潜んでいるかわからない。だから人類は人気のない暁に侵入する知恵を身につけた。ディロンがその星に降り立つと、いきなり異星人の一人と出くわした。ディロンは慌てずに、相手の心のうちに侵入し支配しようと試みた。

 なんだか脳内ひとり上手なドタバタバトルであります。とりたててコミカルな筆致というわけではないのに、どこかおバカめいてると感じられるのがシェクリイのいいところです。
 

「愛の語学」(The Language of Love)★★★★★
 ――トムスはドリスという娘にデートを申し込むことに成功した。ところがかれには自分の感情をことばにあらわすことができなかった。「愛している」だとか「君に夢中だ」とかいうことばは陳腐でしかも不十分だった。ティアナ第二惑星では愛の語学が研究されていたと聞く。トムスは一路ティアナに向かった。

 これも筒井康隆ですねぇ(^^)。どうでもいいようなことを偏執狂的なほど微細に書きつづっていくその過程がすでにバカバカしくって最高です。でもってこのオチ(^∇^)。長い長いこだわりの果てに……。いやぁこれのために蘊蓄を長々と書く価値はあるなぁ。語学理論が長くて真面目であればあるほど、この脱力オチが最高に活きてきます(゜∇ ゜)。
 

 アイデア作家っていうともっとほかのいろいろな作家の名前が挙がることが多いけれど、シェクリイこそアイデアの宝庫だと思いました。「奇妙な味」系のとか「ブラック・ユーモア」系の作品の方が人気はありそうだけれど、こういう明朗快活なアイデアSFも滅茶苦茶おもしろいです。全部で短篇をいくつくらい書いたんだろう。もっともっと短篇集があっていい。
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