『銃とチョコレート』乙一(講談社ミステリーランド)★★★★★

 そういえば、子どものころ夢中で読んだ本は外国のものばかりだったかもしれない。ケストナーアーサー・ランサム、ヴェルヌ、ホームズ、ルパン、トム・ソーヤー……。山中恒あまんきみこ松谷みよ子今江祥智……日本の児童文学の多くはわくわくするというタイプの話とはちょっと違った。だからミステリーランドのなかでいちばん懐かしさをかきたてられるのが、法月綸太郎『怪盗グリフィン、絶体絶命』や本書『銃とチョコレート』だったりするのだ。

 だいたい、美人の学級委員長にだけは頭の上がらない腕白坊主やら実はやさしいところのあるおてんば娘やらが出てくるそこらへんの児童文学よりは、父親を亡くした移民の子という設定の方がよほどリアルなんじゃないだろうか。

 正義感は強いけれど怖いものは怖い、からかわれることはあるけれどいじめられっ子ではない、ただの直感を推理と勘違いしてしまう早とちり、どうすればいいのか迷ってばかり、憧れのヒーローはサッカー選手でも野球選手でもなく名探偵。
 

 少年リンツの住む国で富豪の家から金貨や宝石が盗まれる事件が多発。現場に残されているカードに書かれていた【GODIVA】の文字は泥棒の名前として国民に定着した。その怪盗ゴディバに挑戦する探偵ロイズは子どもたちのヒーローだ。

 ある日リンツは、父の形見の聖書の中から古びた手書きの地図を見つける。その後、新聞記者見習いマルコリーニから、「【GODIVA】カードの裏には風車小屋の絵がえがかれている。」という極秘情報を教えてもらったリンツは、自分が持っている地図が怪盗ゴディバ事件の鍵をにぎるものだと確信する。地図の裏にも風車小屋が描かれていたのだ。リンツは「怪盗の情報に懸賞金!」を出すという探偵ロイズに知らせるべく手紙を出したが……。(函裏表紙あらすじより)
 

 ストーリーは、少年文学の王道、宝探しです。これがもう真っ向から宝探しの冒険ものに全力投球という出だしで、わくわくしないわけがありません。謎めいた聖書、隠されていた宝の地図、怪盗と名探偵、冒険に次ぐ冒険。

 このまま、いざ宝島へ!かと思いきや、予想だにしない展開が待っていました。トム・ソーヤーだってエーミールだって、大人に対する反逆児でした。大人社会のインチキなんて歯牙にもかけず行動あるのみ。だけど現実からしっぺ返しをくらうことはなかった。保護されている特権的な革命者だった。なのに本書では、リンツに向かって驚くほど醜い現実が襲いかかります。

 おまけに相棒は、いじめっ子なんて表現じゃ追いつかないような乱暴者。これほど過酷な宝探しはなかったでしょう。

 ほんと、あまりにも過酷です。アルバイトを手伝ってもらったり、一緒にサッカーしたり、からかったりからかわれたり、そんな友だちに手のひらを返されるところまでがものすごくリアル。誤解は必ず解けて100%仲直りできるというのは、お話の中だけの世界なのだ。敵役はなんだかどこか性格破綻者だし。

 もちろん過酷で残酷なだけじゃない。母親との関係は友だちみたいないい関係だし、おじいちゃんの優しさとかっこよさといったらただごとではない。ほとんど描かれていない父親の優しさも、いかにも昔の物言わぬ父親像みたいでものすごく大きい。この人の背中ははんぱじゃなくでかい。乱暴者のドゥバイヨルさえ、ちょこらちょこら魅力を発散させたりするから油断できない。とにかく敵も味方も記憶に残る人たちばかりなのだ。

 ミステリとしては、宝の地図の暗号(?)とか、風車小屋のしかけとか、ゴディバに関する伏線とか、いろいろわくわくしたり感心したりするところもあるのだけれど、そんなのもかすむくらい、スピード感のある冒険と忘れられない登場人物たちでした。

 これまで読んできた乙一作品と比べると、死に対する態度がごくごく普通であるように感じました。どちらかというと乙一作品というと、死に対してわりと醒めた印象があった。名探偵ロイズに少しその気があるが。リンツは人が死ぬのを見て脅えるしショックを受ける。人を殺すということに本能的に抵抗がある。その反対に、圧倒的なまでに過剰な暴力性を持っているのがドゥバイヨル。暴力も殺人も何とも思っちゃいないんだけれど、醒めているのではなく過剰に熱い。
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