『バスジャック』三崎亜記(集英社)★★★★☆

 『となり町戦争』の三崎亜記第二作。異色短篇みたいなものから、ちょっと不思議を扱った日常小説まで、大小の差や深浅の差はあれどどれも奇想が顔を覗かせる短篇ばかり。「短篇ばかり」と書いたけれど、正確に言えば掌篇から中篇まで。

「二階扉をつけてください」★★★★★
 ――「ご主人さん? もう町内でお宅だけなんですけどねぇ。そろそろ二階扉つけてもらえないですかねぇ。回覧板廻ってきたでしょう? ちゃんと読んでもらわなきゃ困りますよ」

 筒井康隆を思わせる、突如として日常に襲いかかる不条理作品。といっても語り手は不条理感をあまり感じてなくて、このご主人さん、なあなあで受け入れちゃいます(^^;。不条理と戦わないんだ……。振り込め詐欺とかに引っかかるタイプでしょうか。「先住民」VS「渡来人」で意地を張り合って対立しちゃったりとか、繰り返し現れる二階扉の販売員とか、「先住民」のすっとぼけた文章とか、楽しい悪夢のようなできごとすべてをただただ受け入れてゆく。まったりとぼけた味わいを楽しみながらも、ところどころに噴出する悪意に、不条理小説の蜜の味を感じてしまう一篇。
 

「しあわせな光」★★★★☆
 ――僕は、街を見下ろす丘の上に立ち、手にした双眼鏡を両目にあてがうと、いつものように光を探し求めた。僕の家に灯る明かりだ。人影が現れた。海水パンツをはいて部屋の中を走り回る僕がいた。

 ファンタジー掌篇。写真のなかの思い出が生き生きと動き回る記念アルバム。何光年も離れた星から眺めたならば、きっと昔の自分を見られるはず。ほんのちょっと空間と時間のねじれた丘から見えた、束の間の情景。前向きな力のわいてくる作品。
 

「二人の記憶」★★★★☆
 ――「えっ、またこのお店に行くの? 昨日の今日なのに」どうやら薫は勘違いをしているようだ。確かにこの店にはよく来ているが、昨日は逢っていないし、一緒に来るのも一か月ぶりくらいだ。こうして、僕たちのズレは日に日に増していった。

 なんでこの人と一緒にいるんだろう?って真剣に考える。映画の趣味以外は気の合う仲の良い二人。なのに記憶が食い違って、少しずつずれていったら。誰かと一緒にいるのには、その人じゃなきゃいけない理由というのが絶対にあるはずなのだ。ものすごく純度の高い恋愛小説でした。
 

「バスジャック」★★★★☆
 ――今、バスジャックがブームである。人々は檻に閉じ込められた猛獣を見るような歯がゆさをもって、バスジャックの報道を見ては、心ひそかに応援し、溜飲を下げるのだった。さて、かく言う私は、今バスジャックのさなかにいる。

 バスジャックが非合法テーマパークみたいに化した世界。描かれる「ルール」がいかにも現実的で笑いを誘う。革命や真剣勝負の“闘争心”や“スリル”だけを抜き出して無益に使うバスジャック犯人たち。無益? スポーツの試合も、そういう意味では無益なのかもしれない。不謹慎だとか面白半分だとかいうのではなく、ここには真剣にプレーするフィールドプレーヤーと真剣に応援したり面白がって野次を飛ばしたりする観客がいる。これはバスをのっとって繰り広げられる、命がけのワールドカップだ。
 

「雨降る夜に」★★★★★
 ――彼女が初めて僕の部屋を訪れたのは、こんなふうに雨の降る冬の夜だった。控えめなノックの音に扉を開ける。そこには、見知らぬ若い女性が立っていた。「すみません。もう開いてますか?」わけがわからぬまま僕はうなずいた。

 ファンタジー掌篇。雨でずぶぬれの見知らぬ女、なんてリアルに考えれば怖いはずなのに、ほのかに幻想的で、なぜかしら説得力がある。雨はきっと、余計なものを洗い流すのだ。本が読みたいという思いと、会いたいという思いだけが、道も信号も表札も雨に洗い流されて直接つながる。見ず知らずの他人の家で待ち合わせするという『フェイスガード虜』のギャグを何となく思い出してしまった。
 

「動物園」★★★☆☆
 ――素人はよく「演じる」と表現するが、我々にとっては明らかに異なる。単に動物を「演じる」のではなく、動物のいる空間をプロデュースするのだから。その手法は大きく四つに分かれている。「表出」「融合」「拡散」「固定」。私は手順通りのプロセスを積み上げてゆく。

 SF的といおうか、「演じる」プロセスの擬似理論が事細かなくせに嘘くさくていい。小料理屋の会話は少し説明的すぎて余計だった。ちょっと比喩やメッセージもストレートすぎる嫌いがあるし、面白い発想のわりにはクサい作品になってしまった。
 

「送りの夏」★★★★☆
 ――突然に姿を消した母を追って、小学生の麻美は一人「つつみが浜」までやって来た。突堤の上でにいたお爺さんに、拾った麦藁帽を差し出す。「ありがとうねえ。ばあさん、お嬢ちゃんが拾ってくれたよ」お爺さんが振り返った先には、車椅子があった。座っていた老女の動きは、完全に停止していた。麻美には、呼吸すらしていないように見えた。

 中篇。本書中いちばん日常的な(といってもかなり型破りなアイデアとキャラクターの)作品。どこか『鉄腕アトム』の「ロボット流し」を連想させるような、というかほとんど「ロボット流し」です。NHKの朝ドラみたいな家族と隣人たちでした。エキセントリックだったりするのに穏やかで懐かしい古き良き人間関係。児童文学や少女小説的、ともいえる。この親子で続編を書いてほしい。
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バスジャック
三崎 亜記著
集英社 (2005.11)
ISBN : 4087747867
価格 : ¥1,365
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