本書はビリー・ワイルダーの伝記というのとはちょっと違って、正確に言えばビリー・ワイルダーのインタビューを編年体に構成したものです。作品や監督業についての話だけではなく少年時代や青年時代のエピソードも本人の口から語られているので、ワイルダーのバックグラウンドも知ることができます。自伝的と称されるゆえんでしょう。これまで紹介されてきたエピソードの事実誤認をワイルダー自身がただしている箇所もあるので、読む価値あり。
実際にインタビューをしたときには当然この本の順番通りにインタビューしたわけじゃなくて、膨大なインタビューをもとに年代・テーマごとに再構成したわけでしょうから、著者の並々ならぬ苦労がしのばれます。その労のおかげで、ワイルダーの一生を伝記のように誕生から現在まで順繰りに読みつつ、綴られる言葉からはワイルダー・テイストを堪能できるという、面白い読物になっていました。普通の伝記スタイルだと、いくら興味のある人の伝記でも、よほど波瀾万丈の人生を送ってでもいないかぎり、途中で飽きちゃうところがあったりするものですが、本書は全編がワイルダー自身の言葉で構成されているので、いたるところにワイルダー独特のセンスや言い回しを見ることができて、決して飽きることがありません。
アメリカに渡ってからは、映画作品ごとに章分けされているので、監督本人よりも映画そのものの方に興味があるという人にとっても読みやすい。ワイルダーだけではなく、俳優やスタッフのインタビューも収められていて、ワイルダーの才能や人柄だけじゃなくてインタビューに答えている俳優やスタッフ当人の人物像までもが伝わってくるのがとても面白かった。フレッド・マクマレイは根がいい人そうだし、ジャック・レモンやマルレーネ・ディートリヒのワイルダーに対する敬愛が伝わってくるし、何人かの女優はまるで女優の戯画であるかのようにプライドの高い人たちばかりでした。
『深夜の告白』の章では、共同脚本家だったレイモンド・チャンドラーのことも語られています。語られるのはワイルダー側からの思い出だけですが、控えめに見てもワイルダーの言っていることに分があるような……。アルコール依存症で頑固でお茶目なチャンドラーを垣間見ることができました。
「いまでは“来年の連中”までいる」「すっきりした構成はもう流行らない」というワイルダーの言葉が悲しい。「誰も『わあ、あの映画は観なくちゃ――予算内でおさまったんだって』とは言わないよ」という言葉も象徴的です。完成度なんて監督や脚本家自身がおろそかにしていて、映画のCMや広告になぜか制作費が謳われる。いまじゃ本当に映画はただのビジネスになってしまった。DVDのおかげで、ディレクターズ・カット版なんてのが観られるようになったけれど、監督の質自体がビジネスマン気質になっているような気がする。
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