ジョージ・P・ペレケーノス特集。
ポケミスで読むのを除けば、現代海外ミステリなんてほとんど読まないのでまったく知らなかった作家。
「ペレケーノスの至福」北上次郎
「移民国家アメリカを描く大きな作家」豊崎由美
「ワシントンDC育ちの音楽マニア、四十九歳」丸屋九兵衛
「踊れ、ペレケーノス音頭」杉江由次
「心を揺さぶり魂を感じさせる物語」吉野仁
「男たちは会った瞬間に理解しあう」という北上氏の紹介に魅力を感じる方もいれば引きまくる方もいらっしゃることでしょう。この「男たちの絆」、『北斗の拳』『キン肉マン』『ドラゴンボール』みたいなものだと思えば違和感がないでしょうか。
「ハードボイルドは男子にとってのハーレクイン・ロマンス」とおっしゃる豊崎氏の琴線に触れるというのも、ハードボイルド好きなら敬遠し、そうでないなら興味を引かれることと思います。
音楽好きなら丸屋氏の紹介文からペレケーノスに興味を覚えるかもしれません。
肉体的・精神的にかかわらずマッチョと聞けばギャグにしか聞こえないわたしとしては、豊崎氏が評価しているところにかすかな期待を覚えつつ、読んでみました。
「ストリング・ミュージック」ジョージ・P・ペレケーノス/横山啓明訳(String Music,George P. Pelecanos,2006)★★★☆☆
――家の近くでボールを追いかけているのが好きだ。全国バスケットボール選手権をめざしている。おれは物騒には事欠かない地域で生まれた。通りを歩けば災難にぶつかる。今日、ウォリスともめた。ボールをパスすればよかったのだが、おれはウォリスを抜いてゴールへと切り込んだ。ウォリスの視線を見れば、根に持っているのがわかった。
ストリートが舞台の青春小説、クライム・ノヴェル。に留まらないのは、ひとつにはピーターズ巡査部長の視点が加えられているのが大きい。この視点のおかげで、若者だけの小さな世界の話だけに終わらず、ワシントンDCという街(の一隅)が浮き彫りになってくる。麻薬を合法化すれば違法な売買がなくなり犯罪が減るだなんて面白いことを考えるなぁ。語り手のトニオが暮らすのはそんな町。ほとんどヤケクソみたいな町だ。「どのようなな些細な喧嘩でも(中略)避けるべき」であると同時に「相手を恐れていないことを見せつける必要」のある町。
「空腹のとき」ジョージ・P・ペレケーノス/高橋知子訳(When You're Hungry,George P. Pelecanos,1996)★★☆☆☆
――グズマンという五十代の男がいた。沖合でボートと遺体が発見され、二百万ドルの保険がおりた。ところが一年後、ブラジルでグズマンらしき人物が見かけられたというのだ。ブラジルに送った調査員は事故死した。モレノは五万ドルで手を打ち、ブラジルに向かった。露天商に十ドル渡し、情報を待った。
成り上がり同士は友だちにはなれない。つねに相手を蹴落とすことを考えているのが成り上がりだから。しかしなんですな。ただの異常者の話になってしまった。
「秘密情報提供者」ジョージ・P・ペレケーノス/佐藤耕士訳(The Confidential Informant,Geroge P. Pelecanos,2006)★★★★☆
――親父につきそって病院に行ってから、バーンズ刑事に会いに行った。リコ・ジェニングスの件だ。リコが殺されたのは麻薬がらみじゃない。女の問題だ。だが知っていることすべてを話したりはしなかった。〈犯罪解決者〉というフリーダイヤルにかければ懸賞金がもらえるのだ。
父親の話である分、本誌掲載の三篇のなかでは一番わかりやすく普遍的。わかりやすいがゆえにありきたりという意見もあるだろうけれど、ストレートなかっこよさが堪能できます。かっこよさというか、情けなかっこよさ。「生きざま」ということばは誤用でもなんでもなくて、こういう「情けなくて」+「かっこいい」生き方を指す鞄語・造語なのだと(勝手に)思った次第。
【ペレケーノス特集】はここまで。
「『7ワンダーズ』のすべて――古代世界の七不思議に隠された秘密とは?」
マシュー・ライリーの新作『7ワンダーズ』紹介。とんでもアクション小説ぽい。英語では wonder なんだ。七不思議ではなく七驚異なわけね。
「ミステリの話題」〈ファントマ映画祭二〇〇六〉開催/生まれ変わった『親指のうずき』
ファントマかあ。ファントマ……。久生十蘭が翻訳してたという以外に魅力が感じられない……。トミーとタペンス、スチール写真を見て改めて気づいたけれど、そういえば『親指のうずき』のころのトミーとタペンスはもうおじさんおばさんだったんだ。ポワロやマープルのように同一の俳優でシリーズ映像化するというのは無理があるのか……。全五作しかないわけだしなあ。クリスティのシリーズもののなかではいちばん好きなシリーズだけに、まとまった映像化に縁がないのは残念。
「ミステリアス・ジャム・セッション第65回」光原百合
いかにも「日常の謎」そのまんまのカバーイラストに食わず嫌いしていたのだけれど(「日常の謎」自体は好きなのだけれど、一時期濫発されていた時期があったせいで)、けっこう面白そうだなあ。『EQMM』読者投票第五位やら「おすすめ文庫王国」恋愛小説部門第一位やらと、別のところでも評価されているというのは、未読の作品の印象としてはものすごく好印象。よっぽどいい作品なんだろうなと期待が高まります。
「新・ペイパーバックの旅 第7回=ケン・ミラーからの一通の便り」小鷹信光
ケン・ミラーって誰じゃいと思ったら、ロス・マクの本名でした。今回はお宝(?)紹介に終始しております。でもロス・マク・ファンにはそれでも充分。
「日本映画のミステリライターズ」第2回(比佐芳武(2)と「獄門島」)石上三登志
チャンバラ系・アクション系の『獄門島』という(横溝映画としては)異色作。紹介されるどんでん返しには笑った。こうして紹介されると笑える余裕がある。渥美清の『八つ墓村』を初めて観たときは呆然としたものなぁ。観た当時は、金田一が寅さんファッションってどういうこと!? 真の真犯人が怨霊ってどういうことよ!? と怒りまくりでした。そのときは横溝正史にはまってたからなー。小中学生のころはホームズを茶化したホームズ・パロディが嫌いでしょうがなかったし。著者のホームズに対する愛情が感じられるなんて解説で書かれても、どこがっ!?ってな感じだった。大人になるってパロディのよさがわかるってことなんだね(?)
「英国ミステリ通信 第94回 ヘニング・マンケル・インタビュー」松下祥子
スウェーデンの作家さん。初耳の方でした。つくづく現代ミステリにうといと実感……。わりとなんでも読む人間の弊害です。広く浅く。
「ミネルヴァの梟は黄昏に飛びたつか? 第102回 自家撞着する一人称小説」笠井潔
『妾の罪』というのはどういう小説だったっけ? 前号に書かれたあったかな。深読みしすぎというかわざと誤読するというか、こういうのは楽しい。要はいかに一人称小説というものが危ういものかを、実作をもって実証しているわけだけれど。こういう連載ものはやはり続けて読まないと、いったいどういう流れで黒岩涙香を論じているのかすっかり忘れてしまっている。
「海外ミステリ情報」オットー・ペンズラー
ミッキー・スピレイン死去。亡くなったことよりも、まだまだ存命だったことに驚く。すげえな。
「今月の書評」など
◆クリスティ『奥さまは名探偵』(『親指のうずき』映画化)がCD欄と映画欄で取り上げられていました。
◆小山正氏紹介のDVDはキング『デッド・ゾーン』[amazon]のドラマ化。エピソードの中には『十二人の怒れる男』のSFミステリ版もあるとかでいっぷう変わった出来のようです。
◆三橋暁氏がリチャード・マシスン『奇術師の密室』[bk1・amazon]を紹介しています。買ったけどまだ未読。「いくらなんでもそれだけで長篇を支えるのはちょっとツライ」と書かれている。むむむ。読む前にこういうのは読みたくないな……。でも「ミステリ新長屋」では座布団二つに三つとそこそこ良い評判。ほっとしながら、ほかに書評がいろいろでる前にさっさと読んじゃおうと心に誓うのでした。
◆ジェフリー・フォード『シャルビューク夫人の肖像』[bk1・amazon]が出版されました。近所の一般書店でも面出しされててびっくり。たしかに国書刊行会ではなくランダムハウス講談社から出版されると、なんだかおしゃれなミステリっぽい印象ではあるが。売れればいいなあと人ごとなのにわくわくしてしまう。
◆小玉節郎「ノンフィクションの向う側」◆
『わたしはCIA諜報員だった』リンジー・モラン[bk1・amazon]。暴露ものとか衝撃の独白ものとかのシリアスなノンフィクションかと思ったら、「お笑いCIA、という感じの一冊」だそうです。紹介されているエピソードは「パロディのスパイ映画と変わりがない」どころか、完全にウケ狙いのコントみたいな話です。事実は『ペパーミント・スパイ』より奇なり、です。
◆風間賢二「文学とミステリのはざまで」◆
『フロイトの函』デヴィッド・マドセン[bk1]。『不思議の国のアリス』と『第三の警官』と『アラビアン・ナイトメア』のかけあわせだそうです。世界一の傑作じゃないか(^^;。
◆東野圭吾の新作『赤い指』[bk1・amazon]が紹介されていました。実は最近の東野作品はまったく読んでいない。たしか『秘密』でブレイクしたときあたりに、たくさん売れる→ブックオフに出回る→いつでもブックオフの100円コーナーで安く手に入れられる→あわてて買わなくてもいつでも読める→という思考回路の働きにより、結局「いつでも読めるんだから」と思って買いそびれ読みそびれるパターンにはまってしまってます。新作は加賀恭一郎もの。『眠りの森』[bk1・amazon]が大好きだからそういうのを期待してしまうのだけれど、どうなのだろう。
「隔離戦線」池上冬樹・関口苑生・豊崎由美
片岡義男のよさがまったく理解できないわたしとしては、池上氏が入れ込んでいるのを見るたびにしらけてしまうというのが正直なところ。いかにも“当時の”おしゃれって感じなんですよねぇ……。『文学賞メッタ斬り!リターンズ』を読むと、選考委員がはっきりと「直木賞は(作品ではなく)作家に与える賞」とおっしゃってるんだとか。よく言えば一発屋ではない安定した実力の持ち主にあげるということなんだろうけれど、悪く言えば選考委員の見る目のなさの言い訳にしかなりません。
「夜の放浪者たち――モダン都市小説における探偵小説未満 第22回 鏡の国のダイアン(前篇)」野崎六助
写真と探偵小説。とっぴな組み合わせのように見えるのだけれど、両者の歴史は「ある種の共通項を持つと一般には理解されている」のだそうです。そうなの?……
「瞬間小説 36」松岡弘一
「嘘」「水泳大会」「血税」「課外活動」「星に願いを」「アンコール」
「ヴィンテージ作家の軌跡 第42回 レナードの飛び道具(前篇)」直井明
今回は銃です。翻訳だと註がついているからいいんだけれど、原語で読むときにいちばん苦労するのが聖書関係の記述と専門用語です。その場面がどういう意図を持っていて何が起こっているのか皆目見当がつかん。
「冒険小説の地下茎 第78回 日本を救おうとした日系二世の冒険」井家上隆幸
『デッドライン』健倉圭介。書評欄でも紹介されていました。広島への原爆投下がデッドライン。スケールがでかい。
「誌上討論/第8回 現代本格の行方」千野帽子・蔓葉信博
前々回あたりから、『容疑者X』をはずれて本格ミステリ全般論になってきた気配があるのだけれど、今回はそれすらない。二階堂氏や笠井氏の発言をとっかかりに、自分の言いたいことを言っているだけ。これはずるいと思う。たとえ不毛だと思っているにしても、土俵に乗った以上は土俵内のルールで勝負してほしい。千野氏にいたっては別のところに発表した文章の焼き直し……。面白いかどうかは別問題。ずるい。どうせ容疑者Xや本格ミステリからはずれるんなら、『忠臣蔵とは何か』みたいに希有壮大なとんでもすれすれのところまで行ってほしい。いやでもタイトル下に「ミステリ評論の危機的状況が」云々って書かれているのに気づいた。これは『容疑者X』についてではなくミステリ評論についての議論だったのだと初めて気づきました。
「真夏の日の夢」ドナルド・E・ウェストレイク/木村二郎訳(A Midsummer Daydream,Donald E. Westlake,1990)★★★☆☆
――ドートマンダーとケルプは田舎の納屋の中にいて、妖精が踊るのを観ていた。ちょっとした誤解が原因だった。トラブルを避けるためケルプのいとこの家に厄介になり、田舎芝居を見物させられているのだ。ところがそんな折りも折り、売上金が盗まれた。当然のように、芝居にうんざりして一人納屋の外にいたドートマンダーに疑いがかかった。
ずっと前に角川文庫が海外ミステリ復刊フェアをやったときに初めてウェストレイクを読みました。復刊されたのは『ホット・ロック』。その後ウェストレイクは順調に復刊・新刊が続いたのに、同じく復刊されたトニー・ケンリックはそれっきり。ウェストレイクって思ったほど面白くない……ケンリックってめちゃくちゃ楽しい!!と思ったわたしにとっては何とも悲しい展開でした。そして今回の短篇も、やっぱりウェストレイクの面白さってよくわからない……と思ってしまうのでした。泥棒ルパンの探偵ものは数あれど、泥棒ドートマンダーの名探偵(?)ものはめずらしいのかも。
「クレーマー」真梨幸子(連作短篇『ふたり狂い』第2回)★★★☆☆
――「店長! コロッケの中から指が見つかったんですって!」隣のテナントのコロッケを買った客からクレームが来て、デパートは騒然となった。ところがどうやら客は有名なクレーマーらしい。だがそれならいったい入っていたのは誰の指なのだ? クレーマーの自作自演に傾いていたマスコミや世論にもそれが謎だった。
絆創膏があそこで見つかるのって何か伏線があったっけ?とぱらぱらと読み返したのだけれどよくわからない。あれだけありそうな場所を探したのに、実は“どっかそこらへんに”っていう程度の皮肉なのかな。詰めが甘いように感じてしまった。話自体はよくあるすれ違い勘違いのパターンだし、すごい強烈なキャラのクレーマーでも描かれているのかと思って期待したのだけれどまるっきりそんなのはなかったし、冒頭の会話はあんまり内容と関わりがなさそうだし、すっきりしないイマイチ加減の方が強く残ってしまう作品でした。
「絞首人の手伝い」(第四回)ヘイク・タルボット/森英俊訳(The Hangman's Handyman,Hake Talbot)
「夢幻紳士 迷宮篇 第8回=森へ」高橋葉介
「翻訳者の横顔 第82回 翻訳は発見の連続」矢沢聖子
クリスティの新訳とポケミスのレックス・スタウトの翻訳者さん。
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