「一角獣の泉」「ビアンカの手」シオドア・スタージョン/小笠原豊樹・若島正訳(『一角獣・多角獣 異色作家短篇集3』『海を失った男』より)★★★★★

 再読です。以前に読んだときよくわからないところがあったので時間をおいて再チャレンジしてみました。やっぱりわからなかったけど。以下、ネタバレというかあらすじバレです。

「一角獣の泉」(The Silken-Swift)★★★★☆
 ――デルはリタに夢中だった。リタにからかわれているとも知らずに。バーバラは一角獣を見た。絹のきらめきを持つ美しい獣だった。

 再読。以前に読んだときには結びの「言いづらそうに付け足した。/『罰せられるはずはないよ……ああいう……燦然たる美しさが』」の意味がわからなかったので、時間をおいて再読してみようと思っていた次第。

 なんのことはなかった、「言いづらそう」は「罰せられる」にかかるのではなく「燦然たる美しさ」にかかるのだ。問題の夜にバーバラが口にした言葉を引用するのがちょっと気まずいというか後ろめたいから「言いづらそう」なんですね。なーんだ。

 そうは言ってもやはり、どうして「罰せられる」かどうかが問題になるのかがよくわからんが。“誰か”が罰するのではなく、「ひどい目に遭う」くらいの意味か? 原文が知りたい。

 物語は、まるっきり「いいお姫様」「悪いお姫様」の昔話・お伽話です。昔話が比喩で語っていることを、さらに現代ファンタジー風に語り直した再話文学。“心の美しい人間は幸せになり、心のみにくい人間には不幸が待ち受けておりました”という、誰も信じていないような単純な教訓が、こんなにも美しい物語になってしまうのだ。つくづく小説とは文体だと感じ入りました。
 

ビアンカの手」(Bianca's Hands)★★★★★
 ――ランはすっかりぼうっとしてしまった。美しい二本の手。持ち主の意思とは無関係に嫋やかに動き回る。持ち主の名はビアンカ。その日からランは、ビアンカの母親の家で暮らし始めた。

 こちらも初読時(どころか再読再々読でも)よくわからなかったので、時間をおいて読み返してみようと思っていた一篇。

 やはりよくわからない。母親の手に血がついている理由がわからないのだ。母親が頸を撫でていた理由もわからない。“母親が殺した”ということを暗示しているだけとも思えない。確かに絞殺でも鼻血とか出るだろうから血がついていてもおかしくはないのですが。窒息死したあとで、ナイフで刺しでもしたのだろうか。それを窺わせるような描写はないし。マクベス夫人的な罪の象徴としての掌中の血であって、深い意味はないのかもしれない。英語のイディオムに「have someone's blood on one's hands」というのもあることだし。でもそうだとするとあまりに繊細すぎる表現。

 頸を撫でているにいたってはまるで意味不明です。たとえば人はどんなときに死者の頸を撫でるだろう。最愛の我が子が絞殺されているのを見たら、あるいは一晩中頸を撫でて泣いているかもしれない。最愛。確かにビアンカの母親はランに気があるような書き方をされています。一方的にのぼせあがって殺したあとで未練たらたらというところか。

 注意して読むと、ビアンカの母親は「ビアンカの仕業であると言い張ったので、縛り首になった」(小笠原訳)/「ビアンカのしわざだと嘘をついたかどで縛り首になった」(若島訳)とあります。嘘をついたから縛り首になるなどということがあり得るでしょうか。補って読むならば、“自分が殺したと認めずに「ビアンカの仕業であると言い張ったので」、情状酌量の余地なしとみなされ、終身刑ではなく「縛り首になった」”ということでしょう。それにしても若島訳の「嘘をついたかどで」は不可解です。これでは罪状が嘘つきということになってしまう。若島氏がこんな大事なところで誤訳するとは思えないので、いっそうわからなくなる。

 いずれにしても、母親が殺したのだと仮定して読み返してみる。恐ろしいことに、首を絞めたのは「ビアンカの手」ではないことに気づく。「ビアンカの手」ではなくただの「手」なのだ。

 そういえばランは妄想男なんだよね。ファンタジー幻想小説だと思って読んでいるとそういう単純なことを忘れがち。とうとうここにいたって“誰の”であろうと「手」でありさえすればかまわないほどおかしくなってしまったということなのでしょうか。

 そうだとすると、『一角獣・多角獣』P.63「一つの手が、はためきながら、ランの髪を伝い」というのはけだし名訳だと思う。原文が「one hand」だとするならこれは単なる「片手」ではなく「とある手」「一つの手」という意味を重ねた精妙な記述ということになるわけで。まあ原文が「one hand」じゃなくて「one of the hands」とか「her hand」とかだったら単なるわたしの妄想で終わってしまうのだが。(※「a hand」だった。)



 (「ビアンカ」が殺したんじゃなくて「ビアンカの手」が殺したんだと考えるとまたわからなくなるし)。

 正直言ってやっぱりわからなかったというのが本音です。
 前回読んだときの感想→リンクを読み返したけれど、ネタバレしないように書いてあるせいで、当時どう感じたのか自分でもよくわからない ……○| ̄|_ビアンカの手がランを脳波か何かで操作して、それから母親に罪をなすりつけたと言いたかったのだろうか。

 また時間をおいて読み返したら、きっとまた違う感想を持つことでしょう。
----------------

amazon.co.jp amazon.co.jp で詳細を見る。
amazon.co.jp amazon.co.jp で詳細を見る。

------------------------------

 HOME ロングマール翻訳書房


防犯カメラ