「The Thought」L. P. Hartley(『The Conmplete Short Stories of L. P. Hartley』より)★★★★☆

 ヘンリー・グリーンストリームの頭の中に、一つの考えが居座っていた。追い出そうと努めるのだが、日に日に頭をよぎる回数が増えてゆく。ついには三十分のあいだに二十二回も襲われるようになった。教会を訪れたのは偶然だった。散歩の途中に標識に目が留まり、ふと足が向いたのだ。教会を訪れるのは久しぶりだった。祈り方も忘れてしまっていた。だが衝動に駆られて声に出して祈ったとき、救われたような気がした。

しばらくすると、地元の少年たちのあいだで噂が広がっていた。グリーンパンツのやつが教会に入り浸って祈っているらしい。しかも心の中でじゃなくて声に出してだぜ。祈るような理由があるのさ。人でも殺したのかよ? 祈るのは自由じゃないのか? 金持になりたいだとか誰かを呪い殺してくれなんて祈りはしちゃいけないさ。

 少年たちはグリーンストリームをからかいに出かけた。声に出して祈ったときに、物陰から応答してやろうというのだ。神か悪魔の声だと思うに違いないぜ――。

 影が揺れる。やつか? ばか、鐘のロープの影じゃねえか。でも鐘のロープは揺れてないぞ。やつか? やつだよ。「神はそなたに罰をくだすであろう!」――だがその日やってきたのは牧師だった。少年たちはこっぴどく叱られ、グリーンストリームは自動車をやとって他の教会に行くようになった。

 グリーンストリームはしばらくぶりに町の教会を訪れた。誰もいない。牧師の姿を探した。暗闇の中で赤い光が輝いている。おそるおそる近づいてみると、ストーブの火だった。牧師が炊いていたのだろう。暖まっていると、いつのまにか寝込んでしまった。

 目が覚めたのは寒さのせいだ。火が弱まっていた。だがこんなに寒かっただろうか。見回すとドアが開いている。誰が開けたんだ? 牧師に決まっている。「牧師さん?」声をかけたが、聞こえたのは闇自身が口を利いたような声にならない声だった。「われが懺悔者だ。告白せねばならぬことは?」

 「わが死こそわが答え」グリーンストリームは答えて意識を失った。

 やがて、ストーブに倒れかかっていたグリーンストリームを運転手と牧師が見つけた。事故で焼死したのだと思われた。だが医者の見解は違った。「焼け死んだのではありません。死因は凍死です。暖まろうとしてたのでしょうか――わかりませんがね」

 グリーンストリームにではなく読者にフェイントをかける構成がにくい。少年たちの会話と悪戯が凍てつく恐怖に彩りを添えてます。真っ暗な教会の中で相手を待ち続ける少年たちの疑心暗鬼が、もう一つの恐怖となっているところも見逃せません。グリーンストリームの恐怖がホラー小説の恐怖だとしたら、少年たちの恐怖は冒険小説のスリルです。怪しい隣人はみんな犯罪者に見えてしまう少年らしい思い込み、物影がすべてお化けに見えてしまう繊細な想像力。読みごたえがありました。

 「Night Fears」でもそうだったけれど、ハートリーは凍てつく夜の恐怖を描くのが素晴らしくうまい。

 ダンテ『神曲』によれば、寒さによる罰の対象となるのは“裏切り”である。つまり凍死したグリーンストリームは、誰かを裏切ったということを自らの死を以て告白したと考えられます。殺人よりも重い罪である裏切りを犯したからこそ、声に出して祈らずにはいられなかったのでしょう。

 教会に現れたからには悪魔ではなく神だったのだとも思えますが、ガーゴイルが割れていたことも見逃せません。魔除けが壊れていた以上、どうやら悪魔の入り込む隙もあったようです。

 そう思ってみると、ハートリーにはめずらしく、ちょっとキリスト教臭い生々しさの感じられる恐怖譚でした。
-----------------------------

 Complete Short Stories
 amazon.co.jp amazon.co.jp で詳細を見る。


------------------------------

 HOME ロングマール翻訳書房


防犯カメラ