『ミステリマガジン』2006年12月号No.610号【特集=クリスマス・ストーリイ】★★☆☆☆

 今月号は【クリスマス・ストーリイ】特集。
 特集自体は別にかまわないのだけれど、選定作品がイマイチでした。傑作か凡作か、というのと、面白いかつまらないか、というのはまた別の話であって、今月号掲載作は面白いB級作品というのではなかった。

「聖夜に読みたい30冊」
 年代順に並べているだけなんだろうけれど、トップバッターに「飛ぶ星」を挙げているのがセンスいい。『ポアロのクリスマス』とか『クリスマスのフロスト』とかはわざわざ挙げなくてもいいと思うんだけれど。
 

「飛び散る赤の記憶」ディーン・ウェズリー・スミス/高山真由美訳(Sprinkler of a Memory,Dean Wesley Smith,2005)★★☆☆☆
 ――クッキーの白いアイシングの上に、赤く着色した砂糖がきらめく。雪の吹きだまりに血が滴る。子供といっしょにクリスマスのクッキーをデコレーションしていて、自分がやった殺人を思い出すなど、誰に予測できただろう。

 ううむ……。オタッキーな父親像に現代を感じると言えば言えるのだけれど。ここで言うオタクってのは内省的・自分の世界に閉じこもりがちという意味。中年のささやかな慰みとか、サイコな男の妄想とかではないんですよね。悪い意味でこぢんまりというか。ギャグならともかくシリアスに書いて失敗している気が。
 

「サンタクロースの星」フランク・M・ロビンスン/尾之上浩司訳(The Santa Claus Planet,Frank M. Robinson,1951)★★★☆☆
 ――艦内ではクリスマスの祝いがはじまっているというのに。ハーキンズ大尉は、この星の人間型生物とのコンタクトに向かっていた。レイノルズという執政官に聞かされた星の呼び名は、「サンタクロースの星」といった。原住民たちは頻繁に贈り物をしあうのだ。

 さすが尾之上氏、これぞB級の味です。オチがイマイチだが仕方ない。あんまりミステリ味はなくて、むしろSFなんだけれど、贈り物合戦というアイデアが面白い。いかにして相手より立派な贈り物を贈るか。ミステリっていうか、まあ頓知ですよね。行き着く果ては……。ユーモアSF。
 

「いけない子」スティーヴ・ホッケンスミス/日暮雅通(Naughty,Steve Hochensmith,2005)★★☆☆☆
 ――そのエロオヤジはラッピングを待っているあいだじゅうあたしを口説いていた。胸のふくらんでいる相手なら誰でも、たんなる賭けみたいにして肉体関係をせがむたぐいの男。もし誰かがあいつにいたずらをしてやったら。あいつのプレゼントをくすねてやろうとアーロに持ちかけたら、あのバカは危なそうな連中を引き入れてしまった。

 社会的に落ちこぼれとされている人間を描いた、よくある日常もの。ノワールとかストリートとかほどアクはないし、駄目人間というほど落ちこぼれてもいない。といって共感できる等身大タイプでもない。この手の作品ってけっこう多いような気がする。アメリカ人にとっての等身大なのだろうか。もうちょっとユーモアがあればよかったのだけれど。「いたずら」すらも楽しめないのが現実なのでしょうか。
 

「サイバー・クリスマス・キャロル」キャロル・ネルスン・ダグラス/高橋知子(Scrogged: A Cyber-Christmas Carol,Carole Nelson Douglas,2004)★☆☆☆☆
 ――マーロウは死んだ。それは確かだった。ほんとうに死んだのだ。もうかれこれ一週間、テレビでそのニュースが繰り返し報じられている。自ら命を絶った、と。スクロッグズには信じられなかった。

 タイトルや冒頭からもわかるとおり、ディケンズクリスマス・キャロル』を下敷きにした作品。マーレイとスクルージではなくて、マーロウとスクロッグズが出てきます。ただそれだけの作品。殺人が出てくるミステリ作品ではあるが。
 

「サイモンとドロシア」エリナ・ボイラン/三角和代訳(Simon and Dorothea,Eleanor Boylan,2005)★★★★☆
 ――美術館が閉館してから、サイモンは忍び込んだ。世界有数の美しい絵画を前にひとりきり、これから最高の模写を描こうとしているのだ。そのとき、肖像画のほうから衣擦れの音がして、ドロシアが絵画から歩み出て床に降り立った。幽霊だ……。サイモンを見ながら夫人は言った。「うちにもむかし黒人の少年がいました。その子は泥棒でもありました」

 クリスマス・ストーリイという言葉から受けるもっともクリスマス・ストーリイらしい作品。しかもミステリとしてももっとも凝っていると思う。クリスマス・ストーリイらしいファンタジー要素から過去の謎がうまく導かれていて、日常の謎ものとしても面白い構成だと感じました。ただまあ、最終的には謎解きものとしてはたいしたことありません。というか謎、解いてないし。宝石消失の謎をからめた、ハートウォーミングなクリスマス・ファンタジイです。

 【クリスマス・ストーリイ】特集はここまで。
 
 

「ミステリアス・ジャム・セッション第67回」海堂尊
 このミス大賞を受賞した現役外科医作家。検死が変わってミステリも変わるという指摘が現役ならでは。
 

「誌上討論/第10回最終回 現代本格の行方」二階堂黎人笠井潔
 とうとう、というか、ようやく、というか、「誌上討論」も今号で終わりです。次号から別のテーマになるわけではなく、誌上討論自体がひとまずは終わりのようです。終わってみるとさびしい。二階堂氏の内容はあいかわらず保守的というか近視眼的というか偏狭的というかジャンル原理的というか。わたし自身は二階堂氏のことをそう思うわけだけれど、本格ミステリファンからすると、わたしの方がむしろ少数派なのだろうか? そういうのが知りたい。

 笠井氏は「立場の相違が明確化されたから議論が成立しないとは、わたしは思わない」と書き、「立場の相違を人格的対立と(中略)思いこむ自堕落さが、ようするにムラ的なのである」と書かれてますし、「批評とは創作と等価の、自立した固有領域である」と書かれていますが、実際問題として政治的な小説家に圧力をかけられる可能性を考えれば、頭ではわかっていても実際にそういう行動が取れるかは別問題なんじゃないかと思います。相手が笠井氏ならともかく、たとえば渡辺淳一林真理子作品を批判した場合のことを考えてみてよ。外野から見ると二階堂氏ってどちらかというとそういうタイプに見えるんですよね。

 まあ有栖川氏の「評論は、小説の前には立たない。立てない」というのは問題外だとは思いますが。これをそのまま受け取ると、どうやら有栖川氏はホームズ物語も都筑評論も、その他あらゆるテクストを読んだことのないまま自作を書いているみたいです。どういう文脈で氏がこう言ったのかは忘れてしまったんですが。
 

「新・ペイパーバックの旅 第9回=盗作何するものぞ」小鷹信光
 カーター・ブラウンとその代作者フランク・ケインとケインを盗作した大藪春彦の話。大藪氏の盗作ってどの程度のものだったんでしょうね。リライトとか翻案みたいなことを無許可でやっちゃったってことなのかな。
 

「英国ミステリ通信 第96回 リンゼイ・デイヴィスと読者の集い」松下祥子

「日本映画のミステリライターズ」第4回(小国英雄(1)と「昨日消えた男」)石上三登志

「夜の放浪者たち――モダン都市小説における探偵小説未満 第24回 鏡の国のダイアン(後篇)」野崎六助

「瞬間小説 38」松岡弘一
 「ライオン」「ゴミの日」「不自由の女神」「共食い」「美人薄命」「作家」「似たもの夫婦」

ミネルヴァの梟は黄昏に飛びたつか? 第104回 『妾の罪』の二重性」笠井潔
 

「追悼・浅羽莢子」白井久明
 えっ、なんてことだ……。『忙しい蜜月旅行』とセイヤーズ第三短篇集の浅羽訳は絶対に読むことができないのですね……。
 

「ミステリの話題」
 「世界一おバカな犬」「プラダを着た悪魔」&「トゥモロー・ワールド
 

「今月の書評」など
◆「ブラック・ダリアの死体」滝本誠マン・レイブラック・ダリア

◆映画情報は『プラダを着た悪魔』および、『ダイ・ハード』最新作が撮影開始だそうだ。

チェスタトン『マンアライブ』は、三橋暁氏によると、尋常ではない悪訳だそうです。まだ読んでないのですが。同じくまだ読んでいないのがバリンジャー『美しき罠』シャーロック・ホームズのSF大冒険』。バリンジャーは「みすてり新長屋」では評判悪いね。気になってるんだけど買ってもいないのがドハティー『毒杯の囀り』アリグザンダー『絞首人の一ダース』。ドハティーは微妙なんだよなぁ。『絞首人』は、異色作家短篇やショート・ミステリ好きにお薦めだそうです。

小玉節郎「ノンフィクションの向う側」◆
 ジェームズ・ライゼン『戦争大統領』。ブッシュとCIAとアメリカ国民のバカさ加減がわかる本のようですね。CIAにいたってはこれはもうギャグだよ。そのわかりやすさゆえに小泉劇場に踊らされた日本国民も、バカなアメリカ国民に似てきたのかなあと思うと笑ってばかり(もとい呆れる・憤るetc.ばかり)もいられないのですが。

◆風間賢二「文学とミステリのはざまで」◆
 ポール・オースター『ティンブクトゥ』。新作ではないんですね。1999年作品の初邦訳。
 

「隔離戦線」池上冬樹関口苑生豊崎由美
 菊池光氏の話と未読作の話とストラウブの前号の続き。
 

「ヴィンテージ作家の軌跡 第44回 レナードの粗餐」直井明
 笑ってしまった(^^)。粗餐というから何かと思ったらのっけから酒の話ですぜ。いやああまりにもぴったりで。後半は文字どおり粗餐・粗食の話でした。
 

「冒険小説の地下茎 第80回 国際情報小説の原型」井家上隆幸
 佐藤優『自壊する帝国』

「翻訳者の横顔 第84回 息子たちが広げてくれた翻訳の世界」石田理恵
 『子育ての大誤解』の翻訳者。この欄で紹介されなければ絶対に読もうとはしない本だし、邦題もひどいと思うのだけれど、amazonなんかを見るとやっぱりただの育児本なのかな。訳者の紹介ではもっと専門書っぽいと思ったのだけれど。
 

「夢幻紳士 迷宮篇 第10回=老人」高橋葉介
 いまさら思ったのだけれど、この絵ってどうやって描いているのだろう。画用紙を鉛筆でこすってるのかな。ドラゴンなんかの独特の肌合いが気になった。
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