『ヘルファイア・クラブ』(上・下)ピーター・ストラウブ/近藤麻里子訳(創元推理文庫)★★★★☆

 ミステリとしては、大きな謎は一点。『夜の旅』が書かれた秘密とは? すべての謎はそれに集約されます。そんな『夜の旅』に憑かれた人たちに、アクの強い奇妙な魅力がある。『夜の旅』出版社の息子で自立できないデイヴィー。登場人物に自分を重ねる不思議な女の子パディ・マン。詩を暗唱する自信家の殺人鬼ダート。『夜の旅』に取り憑かれた人々の秘密を暴くノラ。

 作中で断片が語られる『夜の旅』自体はたいしたことない。たぶんハリポタみたいな話。謎と成長のファンタジー。だけどこんなよくありそうな物語をとりまく人たちが、むしろめっぽう面白い。『夜の旅』盗作騒動から始まる本書だけど、それこそ盗っ人こそ泥から嘘つき、狂言犯、強姦魔、殺人犯、ヒステリー、不思議ちゃん……と、なんだかもう病的人間のオンパレードなのだ。

 きっと『夜の旅』をめぐる嘘をついた(結果的に謎を作り出した)人たちの方が、たぶん普通の人たち。ちょっとせこいだけの。彼らのついた嘘に振り回される現在の人間たちの方が、かなり歪んでる。謎を作り出した人たちのやったことは、まあ昔ながらの村の犯罪とでもいうか。下巻の半ば過ぎごろ、車に乗った(悪い意味で)関白亭主が登場するけれど、みんなそんな程度の独善的で臆病な人たちだったに違いない。

 言うなれば、みんな王様タイプの悪人とか道化師タイプの悪人とか悪人タイプの悪人とかだった。ところが、これが政治家タイプの悪人になってくるとタチが悪い。まあだからこそ、その政治家ヤローに一矢報いる結末は爽快ではあります。

 パディ・マンにすごく不思議な魅力がある。『ラヴ・アクチュアリー』に出てくる、アラン・リックマンにモーションをかける会社の女の子を思い出した。あのコもちょっと不思議でかわいくてカッコイイ女の子でした。

 デイヴィーがものすごく頭が悪くて嫌な奴なものだから、ノラの視点で語られていることもあってノラに肩入れしたくなる。ところが実は、ノラも精神的に不安定だ、ということがデイヴィーの口から明らかにされるから、わからなくなってくる。おまけにデイヴィーの両親もかなりおかしな人たちだとわかってくるから、誰を信用していいのかわからなくて混沌としてきます。普通なら一人くらい信用できる登場人物がいてもいいのに。いぢわるな小説。

 そうやってぐじゃぐじゃしてきたところで、物語は一気にアクション小説に変貌。あれよあれよという間に上巻後半を読み切ってしまいました。

 上巻末から下巻にかけては、なんとも不思議な雰囲気が漂い始めます。どうも情緒不安定な人たちばかりだなと思いながら前半を読んでいたのですが、後半に入るとノラが(あくまで前半に比べて、ですが)わりと落ち着いちゃいます。落ち着いてる状況じゃないんですけれどね。作者が謎やサスペンスに気を取られて心理描写を忘れてた、とかいうわけじゃなく、これはわざとなんでしょうね。というか状況の方が不安定だから、ノラのとっぴさが目立たないのかもしれない。ノラとダートはイカれた共存関係を続けたまま、謎は少しずつ明らかに。

 幽霊の正体を見たり枯尾花。ちょっと違うか。すべては“現実”だった。壮大なパロディみたい。こんな大幻想小説みたいな嘘ならついてもいいんじゃない、って(人ごとだから)、ちょっとだけ思った。

 中盤のノンストップ・アクション、全編とおして奇人変人大集合、ハードな幻想と人を食ったような真相。とにかく飽きさせない。

 『The Hellfire Club』Peter Straub,1996年。

 ノラの友人ナタリーが寝室に血痕を残して消えた。彼女の本棚には、謎めいた作家ヒューゴー・ドライヴァーの、熱狂的なファンを持つファンタジー『夜の旅』が。この事件を機に、ノラは義父の経営する出版社〈チャンセルハウス〉が半世紀以上も秘めてきた謎に近づいていく。が、彼女に殺人鬼の凶手が! しかも、それが夫デイヴィーの知人だったとは! ストラウブの最高傑作登場。(裏表紙あらすじより)
--------------

ヘルファイア・クラブ 上
ピーター・ストラウブ著 / 近藤麻里子訳
東京創元社 (2006.8)
ISBN : 4488593054
価格 : ¥1,239
amazon.co.jp amazon.co.jp で詳細を見る。


防犯カメラ