『S-Fマガジン』2007年03月号(611号)【2006年度英米SF受賞作特集】★★★☆☆

 【受賞作特集】。受賞作掲載だけじゃなくて、ワールドコンのレポートや未訳作品も含めた2005年英米SF概観など、盛り沢山。それだけに飢えは募るが、未訳のものは自分で読め!ってことなんでしょう。海外SFというとトンガっている印象を受ける一方で、日本の作品はといえば、あくまでジャンルSFに留まっているという印象なのが寂しい。
 

「カロリーマン」パオロ・バチガルピ/中原尚哉訳/田中光イラスト(The Calorie Man,Paolo Bacigalupi,2005)★★★★★
 ――農夫たちが遺伝子組み換えラバを引いて畑へ向かう。狭い通りが途切れた先には、組み替え大豆や組み替え玉蜀黍の畑。今では疫病に強い動植物をアグリジェン社が独占管理していた。遺伝子操作は犯罪だった。ラルジがしているように、遺伝子操作屋の逃亡を助けることにはたいへんな危険がともなう。

 架空の未来が舞台とはいえ、この鮮やかな結末に胸を打たれるのは、今現在のわれわれにとっても「作物」というものが遠い存在になっている証拠なんじゃないだろうか。本来「果実」ってのはそういうものなんだよね、という当たり前のことを忘れていた。そうはいっても社会風刺臭プンプンの作品ではなく、架空世界の設定自体が面白いし、チンピラの請負仕事を描いた犯罪小説として読んでも面白い。何より、遺伝子操作でチェシャ猫を実在させてしまったという遊び心がニクイ。
 

「2006年度・英米SF受賞作特集+受賞作リスト」細井威夫
 ジェフリイ・フォード『ガラスのなかの少女』がミステリ文庫から刊行されるそうです。うれしいね。ケリー・リンク『Magic for Beginners』も早川書房近刊だそうですが、こちらはどうも単行本ぽい。価格的にも痛いが『スペシャリストの帽子』と揃えて並べて置いておけないというのも痛い。『20th Century Ghosts』のジョー・ヒルスティーヴン・キングの長男なんだそうだ。
 

アナハイムへ還る―第64回世界SF大会L.A.conIVレポート―」巽孝之
 ショーン・マクマレンによる「これまで口承物語はけっきょくはすべて文字テクストに移植されてきたことに注目し、そのことを深く考えて活字という植民地主義を意識するなら、これまでの中世史自体の歴史改変もありうるかもしれない」という指摘が面白い。
 

「トゥク・トゥク・トゥク」デイヴィッド・D・レヴァイン市田泉訳/楢喜八イラスト(Tk’Tk’Tk’,David D. Levine,2005)★★☆☆☆
 ――ウォーカーは異星でのセールスにやっきになっていた。「シュクふす・プす・クストプふスト」という耳障りな声にも我慢した。だが最後には「かくも卑しきわたくしごときにはこのような品はふさわしくはございません」という遠回しな断わりが帰ってきた。

 ユーモア、なんだろうけど、何だかわからんよ。わたしたち日本人にとって、この手のタイプの作品といえば筒井康隆という巨人がいるからなー。本篇を読んでも野暮ったく感じてしまう。
 

「L.A.conIVレポート」岡田靖史・川合康雄
 「ハーラン・エリスンが壇上に上がるのを渋りながらも、(コニー・)ウィリスに「お菓子あげるから」となだめられている様子にはとくに笑いがおこっていた。」なんて報告を読むと、生で見たいなぁという気持になる。アカデミー賞みたいに中継してくれればいいのにね。
 

「SF SCANNER 特別版」中野善夫・東茅子・向井淳・深山めい
 中野善夫氏が紹介しているロバート・チャールズ・ウィルスン『繭』(Spin)が面白そう。「特殊な膜に覆われ時間の経過が一億分の一になった地球で、未曾有の異変に対処しようとする人々の姿を描く」(加藤逸人氏の要約より)。異変を逆手にとって膜の外にある火星を地球化してしまおうというアイデア(地球で一年待てば火星では一億年経っているのである)が秀逸。
 

英米SF注目作カレンダー2005」加藤逸人
 サルヴァドール・プラセンシア『紙の人々』(The People of Paper)に注目。まことに馬鹿馬鹿しそうな内容もさることながら、「造本上の遊び」に心惹かれる。
 

「I:ロボット」コリイ・ドクトロウ/矢口悟訳(I,Robot,Cory Doctorow,2005)★★★☆☆
 ――陽電子頭脳を備えたロボットが実用化された未来、ロボット工学三原則を守ろうとする〈社会調和会議〉のもと、北米は厳しい監視社会となっていた。警官のアルトゥーロは娘との二人暮らし。コンピュータ技術者だった妻は規制を嫌い、自由なユーラシアへ亡命したのだった。ある朝、娘がいなくなり……(本誌あらすじより要約)

 汎アメリカ的な世界を前提にして読めば、意外な驚きも楽しめるし、北米カナダの作家が書くからこそ意味を成しているとも思えるのだが、いかんせん作品世界で描かれる思想が幼稚というか単純というか……ロボット三原則を破ってみせるSFは過去にもあったけれど、こういう角度から取り組んだのは面白いとは思う。が、それにしても楽天すぎ。楽天なのもいいんだけど、それならそれでそういう作風にしてほしい。家族小説としてもなんだかなー。

 【受賞作特集】はここまで。
 

「My Favorite SF」(第15回)海猫沢めろん
 ウィリアム・ギブスン『クローム襲撃』
 

『反★進化論講座 空飛ぶスパゲティ・モンスターの福音書が面白そうだ。ふざけたタイトルだが、学校で進化論だけじゃなく神による創造も教えるべきだとかいうカンザス州の議会を、大まじめ(?)に茶化した作品らしい。
 

「おまかせ!レスキュー」105 横山えいじ

イリュミナシオン 君よ、非情の河を下れ」(第9回)山田正紀
 

大森望のSF観光局」03 SFマガジン創刊とその時代
 初代編集長福島正実の奮闘ぶりをどががががんと紹介。
 

「SFまで100000光年 43 まだ慣用句じゃない」水玉螢之丞
 料理番組なんて見ないから、「炒まる」なんて表現を初めて知ったよ。「声が裏返る」が辞書に載ってないのも知らなかったな。
 

「メカごころ落書き帖」山口晃《SF Magazine Gallary 第15回》
 やまと絵とSFを組み合わせた面白い作風。見れば見るほど面白い。
 

「MEDIA SHOW CASE」渡辺麻紀鷲巣義明・添野知生・福井健太・丸屋九兵衛・北原尚彦
渡辺麻紀氏が映画版『ブラザーズ・オブ・ヘッド』を紹介。だから文庫発売されたのか。ユマ・サーマンがB級ぽい『Gガール 破壊的な彼女』に主演。有名俳優がきっちりB級にも出演するところがアメリカのいいところっちゃあいいところなんだが。

鷲巣義明氏は映画『どろろ』を紹介。私的には漫画原作を安っぽいCGで実写化するのは基本的に嫌いなのだが(CG自体の出来がよくても実写と融合させるところで意外とできてないのが多い)、手塚作品をアニメ化すると、大抵は安っぽい似非ヒューマニズム垂れ流しになってしまうので、その呪縛から逃れるという意味では期待したい作品。

◆北原尚彦氏が竹中英太郎展を紹介。というだけなら他誌やネットでもさんざん目にしてきた。東京じゃあ見に行けねーよっ(`Д´ #)、画集を出してくれよぉと思っていたんだけれど、竹中英太郎記念館から画集(というかカタログorパンフレット的なもの?)竹中英太郎が刊行されているらしい。竹中英太郎記念館ホームページ。さっそく注文した。てゆうかもう届いた。早っ。一ページに何作も掲載されていて、画集というよりはやはりカタログなんだけれど、雑誌や文庫の復刻挿絵で見るのとは当たり前だけど全然違う。くっきり鮮やか。
 

「SF BOOK SCOPE」石堂藍千街晶之長山靖生・他
風野春樹氏が、大槻ケンヂ『縫製人間ヌイグルマー』を「ティム・バートンあたりに映画化してほしい」なんて書いてます。ぜひ見たい。桜庭一樹赤朽葉家の伝説を評して、「もうそろそろ明治時代を時代小説みたいに自由に扱ってもいいんじゃないか」と言った山田風太郎を引き合いに出して「今や戦後も神話になったか」と感慨に耽ったりしてるのも面白い視点。

◆林哲矢氏はグレッグ・イーガン『ひとりっ子』を紹介。田中光氏のカバーイラストが印象深い。買ってはいるのでそのうち読むつもりだ。

石堂藍氏の紹介文を読んで、ハワードの新訂コナン全集が刊行中であることを思い出す。基本くらいは押さえておきたいので、買うのを忘れないようにしないと。

笹川吉晴氏が山口雅也『ステーションの奥の奥』を紹介。考えてみると山口作品はどれも『SFマガジン』で紹介されていてもおかしくないんだよなー。
 

「魔京」朝松健(第五回)★★★☆☆
 ――文覚は遠隔視を発揮した。尼僧が二人。上西門院統子は「あきこ様」と呼びかけた。思わず心中で叫んだ文覚は、精神集中を乱してしまった。目の前に少女(少年?)が立っていた。閃光が闇に飛んだ。思念を火箭と化さしめたのだ。まさか上西門院の妹君八条院翮子様が『京魄』を奪った張本人とは……。

 せっかく文覚が出てきて面白そうになったのに、これにて退場してしまった。
 

「罪火大戦ジャン・ゴーレ」(第26回)田中啓文

「私家版20世紀文化選録」99 伊藤卓
 エッセイ『私の軽井沢物語』朝吹登水子、映画『大反撃』、小説『果しなき旅路』ゼナ・ヘンダースン

「SF挿絵画家の系譜」(連載12 山川惣治大橋博之
 

「サはサイエンスのサ」145 鹿野司
 今回は科学からはちょっと離れて(?)法律の話。島田荘司がつねづね言っていることを論理的に解説してくれたような内容。江戸時代のお上制度と変わりないってやつネ。
 

「センス・オブ・リアリティ」金子隆一香山リカ
◆「あま翔けるもの」金子隆一――怪獣に対するツッコミだけならよくあるのだが、それを(無理矢理でもなんでもなくたぶん自然に)進化に結びつけて考えちゃうところが素敵だ。

◆「「○○してくれない」というトラウマ」香山リカ――「親に○○された」ではなく、「してもらえなかったので傷ついた」という訴えが増えてきているそう。まあ香山氏は精神科医だからそんな訴えにも真面目に取り組んでますが。個人的にはそんなわがままなお馬鹿ちゃんにはいい加減にしてくれって感じです……。確かに「人格を尊重してくれない」場合は問題ですが。
 

「怠惰と勤勉」曽田修《リーダーズ・ストーリイ》
 

「近代日本奇想小説史」(第56回 漱石が認めた『猫』の続篇(後))横田順彌
 話の展開上しかたがないにしても、前篇→別のテーマを挟んで→後篇という連載もじゅうぶん奇想です。前篇のときにも書いたが、やはりよくできた『吾輩』ものは面白い。
 

「SF BOOK SCENE」小川隆
 書影も掲載されているM・リッカート(M. Rickert)『Map of Dreams』アンソロジー『Salon Fantastique』が読みたい。リッカートの方はともかく、アンソロジーの方は邦訳される可能性は低そうだから、amazonあたりで買って読んでみようかなあ。
 

「MAGAZINE REVIEW」〈アナログ〉誌《2006.7/8〜2006.11》東茅子
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